4-23話
時刻は遡る。
ナナシが倒れシクステンたちが屋敷に戻ってきた。
魔力切れで命に別状はないナナシは、ミウの背中やおなかの上で眠っていた。
必要な処置を済ませるとその日は皆早々に休んだ。
翌朝。
バニラは朝食の準備中。ベファナとヤキトリは離れのベッドで、ジョージとハリエットは庭でまだ寝ている。
シクステンの部屋でアリスとシクステンは机越しに向かい合っていた。
シクステンの表情は筋肉痛もあって硬い。
「シクステン…様」
「無理に様をつけなくていいよ。別に敬われる理由もない。それで何の用だい?」
アリスは急に謝罪するように伏せた。
「ナナシ君の見張りと護衛ですが…私には少々荷が重いです」
「君自身それなりに場数を踏んだ暗殺者だろう?今回のは…そこまで厄介な相手だったのかい?」
「ヤキトリとベファナもいますので…」
「ヤキトリはともかく…アイツは放っておいてもいいだろうよ」そう事も無げにいった。
(…そう言うと思ったわ)
言い方から内容からアリスにとって予期していた内容のセリフだった。
ここからアリスは賭けに出た。勝算は悪くない。
うつむいてシクステンの表情は見ないようにした。
「あの子は…使えると判断しております」
シクステンは眉をひそめた。
沈黙。
アリスはそれが先を話せと促していると判断した。
「あの子は…どうやら普通の者には見えないものが見えているようです。フィアンマドーナに憑りつかれていた後遺症か魔女の血か…ともかくスキルとして開花するのも時間の問題かと…」
シクステンは人差し指で何度か机をたたいた。
「”第六感”か…」
アリスはシクステンが同じ結論にたどり着いたことに安堵した。
”第六感”とは大雑把に言えばマナを感じる能力である。
マナの感じ方は生き物によって違う。目で見るか、耳で聞くか、鼻で嗅ぎ分けるか、肌で感じるか、舌で味わうというのもある。マナはダンジョンのような濃い場所であれば常人にも見たりと認識することができる。第六感が開花した者であればその精度に優れ、マナの性質を識別することができる。
シクステンは考える。
アリスの言葉に説得力はあった。高名な魔女に連なる血。ダンジョンのようなマナの濃い場所での生活。さらには魔物に長期間の憑依を受けたりとその体質が変異する条件は十分だ。
事実なら育てる価値は十分にある。
開花の可能性を切り捨てるには惜しい。
「…下がっていいよ」
シクステンはこの場での返事をしなかった。
部屋を出た後の二人は何食わぬ顔で朝食を取った。
朝食後。
バニラは片づけを行い、アリスはそれを手伝っていた。
シクステンは診察道具を持って、ナナシの様子を見に渡り廊下に出た。
『みうみう?』「うん、そこだよ?」『ぴよ?』
『みうー?』『『きゅー!』』『みう?みゅーん…』
ジョージとハリエットとミウとヤキトリとベファナ。
中庭で集まって何かをやっている。
ほんの気まぐれだった。
何となくシクステンは降りてその集まりのところへ行った。
「どうしたんだい?」穏やかに声をかけた。
「あっ大家さん。あのね?ハリエットの背中に何かあるよ」
「どれ?」
腫れ物があるわけでも甲羅にヒビや欠けがあるわけでもない。
特に初めて見たときと変わりはなさそうだ。
「何もないんじゃないかい?」
「違う違う中だよ中こうらの中」
「…甲羅の中だって?」
「うん、こんなのがあるよ?」ベファナが両手の指で少し潰れた円を作る。
「卵か!?」思わずシクステンは驚きの声をあげた。
「そう!それだよきっと!」ベファナが笑った。
シクステンがジョージを見ると『きゅー』と照れくさそうに鳴いた。
言葉は通じなくとも付き合いの長さからそれを肯定したと受け取った。
「ちょっと失礼…」
シクステンはハリエットの甲羅に聴診器を当てた。
「…!」
伝わってくる鼓動がシクステンを確信させた。
シクステンは自分の部屋へと戻っていった。
落ち着きを取り戻そうとお茶を沸かす。
息を吹きかけ冷まして飲んだ。
やはり慌てていた。口の中の上の方を火傷した。
今度は水を口に含む。
(…ベファナがハリエットの甲羅の中を見通している)
あの子は下手なウソなどつけるタイプではない。ジョージがあの状況であのようなウソをつく理由がない。スキルとして開花しているかは別としてその才能は疑いようはなかった。
絶滅に瀕した魔物の保護。そしてその卵の孵化に成功。
これだけで”魔物使い”として一級の功績。二つ星のクランからすれば二階級特進もあり得る。もしもあの卵から新種の魔物が生まれるようなことがあればさらに功績はハネ上がる。
ジョージとハリエットとその子供からは定期的に超一級素材が採れるだろう。
ヤキトリもウサネコも然りだ。
ナナシの価値がシクステンの中でさらに上がった。
それらを踏まえて、才能があり手持ちの魔物たちとうまくやれているベファナの価値を見直さざるを得なかった。
その夜シクステンはアリスを呼び出した。
「何が要る?」アリスが部屋に入るなり早々に言った。
「何…?と言いますと?」
「ベファナもできるだけ守ってやりたいのだろう?」
アリスは膝をつき顔を伏せた。
「強力な武器を用意していただけると…」
「早急にいくつか暗器を用意する…それだけかい?」
アリスはしばらく考えるふりをして間を置いた。
「出来れば…ナナシ君の見張りか護衛にですが…どなたか…もう一人でもいいので人員を追加していただきたく…」
シクステンは小さく舌打ちをした。
予期の範疇とはいえ厄介な申しだった。
まぁいい…このままいけば人員も必要になるだろう。
遅いか早いかの問題だ。
そう前向きに考えることにした。
「…考えておこう」
その返事にアリスは見られないように用心して口の端をあげた。




