4-21話
「ごめん…大丈夫…?」
「何…ですか?」
締められていた喉が徐々に開いて空気が入ってきてせき込んだ。
ガーキがナナシの頬に触れ指先を見せる。
血だ。
自分でも触れてみて頬が切れているのに気づいた。
「ごめん…シンさんには黙ってて…多分殺されると思うから…」
ちょっと切られたぐらいどうってことない。
「すぐ治り…治せますから…大丈夫です」
「そう?秘密にしといて」
それからしばらくしてぜえぜえ言いながらシクステンさんがやってきた。
ジャージにコートを羽織るという珍妙な格好だった。
「うちのはみんな無事か…」
「早かったね」
「ドーピングだそんなもん…。帰ったら筋肉痛で動けねぇ…それでその物騒なのはなんだい?」
「あ、これ?討ち取ったの。”投石のブリッジ”…賞金額1000万だったかな」
ガーキは無邪気な笑みを浮かべた。
「こんな雑魚に1000万も出すんだから…国も太っ腹だよね?」
「ギルドで”生死を問わず”なんて賞金掛けられているやつが雑魚なわけないだろ…」
「逃げ足早いから名をあげたんでしょこいつ?」
シクステンは屈んで遺体を検分し始めた。
「…”戦士”で筋力と”狩人”で敏捷を強化させてるんだな。投石で弾はほぼ無尽蔵。生まれつきの生命力とこの巨体で”隠密”のスキルを持って突然襲い掛かってくるなら厄介だよ」
「そう?たぶんシンさんでも楽にやれたよ?」
「無理だよ」薄ら笑いで答えた。
「こいつギルドマスターに似てない?」
「…言うな」
惨劇のあった後で二人は平然と話していた。
その光景にナナシは茫然としていたがアリスたちに声をかけられて我に返った。
「シクステンさん…見てもらいたいものが…」
「ああ聞きたかった。そのカメは大陸ガメじゃないのかい?いったいどこで…」
「そうじゃなくて…それもええと…」
ナナシは震える指で指した。
「人を素材にしたゴーレムようだけど…」
流石一流の錬金術師である。少し見ただけでそれが何であるのかを把握していた。
「だいぶ年季が入っているね…。やってることは外道そのものだが中々手が込んでいるよ。こいつに襲われたのかい?よく無事だった」
ピリッと耳に静電気が飛んだような気がした。
ノイズのような電気のような…もしかして。
”ウサネコのお面”をかぶった。
『オ…ニ…イ…チ…ャ…ン…』
ノイズはさらに酷くなり聞き取れているのか不安になるくらいだ。
お面をかぶった像の顔の口が動いていた。
『ネ…エ…オ……ニイ………チャ…オ…トッテ…ド…ンナ…トコ…ロロロ…?』
「楽しいよ。いろんなものがあるよ。だから…一緒に…」
『ツ…レ…テ…イ…ッ…テ…』
カランと音を立ててお面は地面に落ちた。
「シクステンさん…」
「うん?」
「このゴーレム…直せますか…?」
それができないことはわかっていたが一応聞いてみた。
「無理だね…経年劣化が激しすぎる」
もし劣化してなかったら直せたんですか?
そう聞くことはできなかった。
無茶苦茶だと分かっている。
ナナシは下に落ちたお面を手に取った。
ビリっと電流の流れるような感覚。
間違いなかった。
そっとお面をかぶって”ステータス”を唱えた。
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名前:
年齢:15
職業:魔法使いLv0
スキル:剣術Lv1、盾Lv1、料理、弓Lv1、水魔法Lv0
HP 49/49
MP 1/1+6
STR 12
VIT 12
SPI 9+1
MND 10+1
AGI 13
DEX 9
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◆
後始末だ。
ガーキさんは賞金の催促の為に必要な処理をしていた。
埋めてやる必要もないと盗賊たちは一か所にまとめた。
シクステンさんが”良く燃える液体”をかけて焼き払った。
数分の間煙が天まで上っていった。
骨まで燃え尽きた後は地面に焦げ跡だけが残っていた。
「終わったかい?」
シクステンさんがハリエットに乗ってやってきた。
見立てではやはり大陸ガメのようだ。
ジョージとの付き合いが僕より長いせいか割と懐かれている。
ここまで急いでくるのに使った薬の副作用で動くと痛いらしい。
さびれた墓地の奥のところに武器の破片や像の部品や…中身を出来るだけ集めた。
シクステンがその調査に取り掛かった。
「中身が質の悪いものに変わってるな。そのせいで構文もおかしくなっていた。人を襲うんだか守るんだかあれじゃ分からん。…この手の人形は変質しないように定期的にマナを抜かなきゃならないんだがその仕掛けが全く無かったよ。つめの甘い三流が一流の真似事をしようとしたんだろう」
「…」
「それからこの武器やら鎧の金属片だけど…これはなかなかの素材だよ。これだけで何か作ったら仕込まれていた”再生”の効果が出ると思うよ」
長年使い込まれた武器には仕留めた分だけマナが溜まり良い素材となるそうだ。
ナナシは素材を受け取った。
”気狂い人形の金属片×10”を手に入れた。
そして。
錆びたスコップを使って集めた中身を丁重に葬った。
隣には研究室と思われる建物の地下で見つけた白骨も葬った。
「こんなもんでいいか」
ガーキさんが岩を切り出して墓標を作ってくれた。
墓標は刻まれた名前もない。まっさらだ。
「なんて刻む?」
あの子の名前らしき表記は”264番目の素材”だけだった。
あの時名づけてあげればよかった。本来の名前があったかもしれないのに分からないのが心苦しかった。迷った末にナナシは首を横に振って返事をした。
ガーキが墓標を設置した。墓標の前でナナシは手を合わせる。
「…」
「お面の着け心地はどうだった?」
「…何とも」
ナナシは俯きながらお面をかぶった。
「…!」
顔を上げた。はたから見るとまるで頭のてっぺんに紐がついて引っ張られたような動きだった。
体が動く。
腕やら肘やら膝やら上の方から軽く糸で引っ張られるような感じがする。引っ張られた場所を順々に動かしていく。最初はトントンと軽くステップを踏む。手を回したり一回転したり導かれるままにナナシは体を動かす。最初のうちは不器用だったが洗練されていく。まるで忘れていたのを徐々に思い出しているようだった。
ナナシが死者に捧げる舞を始めて5分程が経った。
「…雨だ」
パラパラと音がし始めた。
シクステンはコートを脱いで頭からかぶった。
他のみんなはギルド跡へ雨宿りしに入っていった。
ナナシは踊り続けていた。
シクステンはハリエットから降りじっとそれを見守っていた。
ナナシは倒れるまで踊っていた。
その間小雨は振り続けていた。
仮面に隠れたナナシの表情は誰にも見えなかった。




