1-7話
ギルドで身分証を発行してもらいクランへの入団手続きを終えた。
身分証は銅の板。
"ステータス"と連動していて魔力を通すと名前や職業やスキルが浮かび上がる。
試しにやってみるとちゃんと表示された。
五ツ星以上が銀で七ツ星以上が金の身分証、それ以下が銅の身分証だそうだ。
爪も換金してシクステンさんの見立てた通り丁度2000エン。
屋台の値段とかを見るとちょっとしたおこづかいになりそうだ。
ナナシは満腹になりすぴすぴと寝息を立てるウサネコを抱いて中央から外れた通りを歩いていた。
きょろきょろと周りを見ているとときどきすれ違う人の視線がウサネコに集まるのを感じる。
子どもが手を振ってくれた時はウサネコの前足を振って返事をしてあげる。
ナナシは一ヶ月この町で生活する拠点を探していた。
イザというときの為に居場所は把握しておきたいとシクステンはナナシの後ろを歩きながら見張っている。
「すみません、本日は満員です」
財布と相談した結果しばらく食つなぐことを考えると安宿に滞在するのがベターだろうとナナシは考えていた。
しかしいくつかの宿屋を当たってみたが安宿はおろか少々高めの宿も全て満員だった。
「やっぱりこの時期は無理か」
「何かあるんですか?」
「ああ、これから種をまく時期だから豊穣の神に祈る祭りがもうすぐあるんだよ。準備やらなんやらでどこも人手が欲しいところだからちょうどいいと思っていたんだが…うーん…家から通うか?送り迎えはできないけど」
シクステンは冗談のつもりだったが一瞬ナナシの表情が曇った。
「まぁ泊めてくれそうな知り合いがいる。代わりにいくらか向こうの仕事を手伝うことになるだろうが…それでもいいかい?」
ナナシは大きく頷いた。
◆
二人と一匹は西南西の湖岸まで来ていた。外壁に向かって歩いている。
城壁に掛けられた魔法でいくらか光が入るようにはなっているらしいが、中央の地区と比べはっきりと壁の陰で薄暗い地区だ。
畑があるところは比較的日の当たる場所なのだろう。木製の一軒家が連なるように建てられている。地面にはゴミは散乱していない。治安のいい貧民街。そう呼ぶのがしっくりくる。そう口にしたらあそこら辺のガタイのいいおっちゃんに殴られるかもしれないが。
しばらく歩くとボロボロの建物が見えてきた。
「あれだ。知り合いがあそこの教会で孤児院をやっている」
「…あれですか?」
ナナシは思わず声を上げた。
…廃墟の間違えでは?
それが正直な感想だった。
案内と思われる看板があったが擦れて読めなかった。
木の柵は風雨に晒されて朽ち果てる寸前でほとんど意味を成していない。
建物の壁は所々にひびが入って薄汚れている。
教会なら屋根のてっぺんにはきっと十字架があったと思われる跡があった。
教会から男の子が出てきた。あの子は10歳くらいだろうか。
「あっ、お薬のおじちゃんだ!」
女の子の声だった。うっすらとヒゲが生えているからドワーフの女の子みたいだ。
女の子の声を合図に他の子ども達もぞろぞろと出てきた。
「お薬のおじちゃん?今日は誰もおなか痛くないよ?」
「おばちゃん呼んできてくれるかい?」
シクステンはちゃんとしゃがんで子ども達に目線を合わせて言った。
「はーい!!」
女の子が元気な返事とともに駆け出して行った。
残った子ども達がナナシを囲む。
子ども達はよく見ると傷やあざがある子が多い。
「にいちゃんはだれだ?」
まだ生えそろってないたてがみの獣人の男の子が言った。ライオンの獣人の男の子だろう。木刀を携えて頬に傷があるやんちゃそうな子だ。
誰なんだろうね。そうは言わずに曖昧にこんにちはとだけあいさつで返した。
少し離れて大人しそうなエルフの女の子じっとこちらを見つめている。
僕にではなくにウサネコの方に目が行っているのに気付いた。
「早く!早く!」
「はいはい、大丈夫よジル。アイツなら待たしときゃいいんだから」
子ども達に手を引かれてやってきたのは修道服を着たふくよかな女性。脇に聖書を抱えていた。
「やあ、おばちゃん…」
シクステンさんの頭に聖書が振り下ろされた。
「この罰当たりが!また悪さしに来たのか!」
背表紙の部分がヒット。軽い音がした。
「なぁおばちゃん?もう俺もいい歳なんだから勘弁してくれないかな…」
「私から見ればお前なんかいつまでも悪ガキだよ。久しぶりだねまったく。ここんところ顔も見せないで何してたんだい?」
おばちゃんはそうカラカラと笑う。
「まぁ色々と忙しくてね」
返すシクステンさんは苦笑いだか嫌そうな顔ではなかった。
「こちらは?」
おばちゃんと話す前に子ども達の視線の方が気になった。ウサネコに触りたくてうずうずしているようだ。
いい加減疲れてきたのでさっき目についたエルフの女の子に渡してあげた。
女の子は感動の声を上げた。お腹のあたりをなで肉球に触れ顔に頬ずり。
「クレアお姉ちゃん私もー」「僕もー」
『みうっ?みうっ?』
ウサネコがぬいぐるみの様におもちゃにされていく。目を覚まして困惑の鳴き声を上げていた。
「えーと僕はナナシといいます」
「うちのクランの新入りだよ」
「お前がクランねぇ…ただこの子の紹介に来たってわけじゃないんだろう?まぁ折角来たんだからお茶でも飲んできな」
案内され中に入ると礼拝堂。イスと台が不器用に修理されたものだった。
祭壇には石彫りの像が置かれている。倒しても起き上がってきそうに丸っこくデフォルメされていてる。手を合わせて祈っている姿の女性のようだ。羽らしきものもあるからきっと天使か女神の像だろう。
礼拝堂を通り台所へと移動。子ども達もぞろぞろとついてくる。
台所は古くて簡素だが広さだけはシクステンさんの屋敷のと同じくらいありそうだ。
テーブルでエルフの男の子が本を読んでいた。先程のウサネコを渡してあげたクレアと呼ばれた子のお兄ちゃんだろう。面影がある。こちらに気付くとこんにちはと丁寧だけど小さな声で挨拶すると奥へ行ってしまった。
「それで今日は何の用だい?子供たちにお土産もなく」
「おばちゃんひと月の間この子を泊めてやってくれないかな?これ宿代ね」
「まぁ別に構わないけど…。あら?こんなにいいのかい?」
おばちゃんはニヤリと笑った。
「釣りはお布施にしといてくれ」
受け取るおばちゃんの指の隙間から少なくとも金貨が見えた。
お金をポケットにしまうと僕に手を差し出した。
「ここの責任者のドロレスだ。かしこまらないであんたも気軽におばちゃんとでも呼んどくれよ。礼拝堂か子ども達の部屋で一緒に寝ることになるけどいいかい?」
頷いてナナシはがっちりと握手をした。
「さて私は暗くならないうちに帰るとするよ」
シクステンさんがよっこらと立ち上がると子ども達が囲った。
「あ、おじちゃんもう帰るの?」
「そうだ!おじちゃん薬草買ってってー」
「薪は?ちょっと割ってくる!」
「どっちもこないだのがまだ残ってる!…って行っちゃったよ」
「いいじゃないの。あんた稼いでいるんでしょ?子ども達にもちょっとくらい寄付しておやりよ」
聖書の角で軽くコンコンとシクステンさんの頭を叩く。
「…わかったよ」
脅しに屈したシクステンさんは渋々椅子に座りなおす。
クレアはウサネコに話しかけていた。
「ねぇウサネコちゃん?あなたのお名前は?」
『みう』
「ミウちゃんって言うの?」
『みうみう』
「そっかー♪」
頷いているけど本当かい?
「あの子は何て名前なんだい?」
「今日町の外で拾ったばかりでまだ何も…」
「へぇ野生のなのかい!”名付け”がまだなら…寄付ももらったしちょっと仕事するかね」
おばちゃんが女の子に抱かれたウサネコに手をかざす。かざす手に徐々に光が集まっていく。
「名前は”ミウ”で良いのかい?」
ウサネコはこくこくと頷いた。
本人がそう言うのだからそうなのだろう。
「【我は願う。この者が”ミウ”という名でこの世界に認められることを】」
おばちゃんの手から光が流れウサネコに集まっていく。
ウサネコが淡く一瞬光に包まれた。同じように唱えてみても何も起きなかった。
「これで”名付け”完了だ。この子のステータスを見れば名前にちゃんとミウと表示されてるはずだよ。私は”魔物使い”じゃないから見ることはできないけどね」
『みう!』
『よろしく』と鳴いている気がした。
これからはちゃんとミウと呼んであげよう。
「よろしくミウ」
ナナシは軽く鼻をつついてそう言った。
そうこうしているうちに女の子たちがかごに薬草を積んで持ってきた。
「「「おじちゃん!どぞー」」」
シクステンさんは差し出されたかごから薬草を一つつまんで齧った。
「…水やりさぼっただろ」
「「「なんでわかるの~?」」」
「大人は何でもわかるの。ほら、さぼったからこれだけだ」
「「「ぶーぶー」」」
お小遣いを子ども達一人一人にちゃんと渡す。
「「「おじちゃんこれー!」」」
息を切らせながら男の子たちが割った薪を抱えてきた。
一人が一抱えずつ持ってくればそれなりの山ができる。
「…少しは加減ってものを考えろ」
そう言いながらもシクステンさんは薪をコートの袖に1本1本差し込んでいく。
どんどん入っていく。最後の1本を入れて懐に手を入れる。
取り出した手から小銭の音が鳴った。
「ほら無駄遣いするんじゃないぞ」
立ち上がりコートのポケットに手を入れたシクステンさんが辺りを見回す。
ポケットから取り出した指でコインを弄びながらシクステンさんが言った。
元から全員分のおこづかいを用意していたんじゃないだろうか。
「ああ、そうだ。次来る時までに包帯を何本か縫っておいてくれないかい」
「うん!おじちゃん次はいつ来るの~?」
「七日か十日か…お祭りまでに一回顔を出すよ。それじゃあナナシ君。期待しているよ」
そう言ってシクステンさんは帰っていった。
「さぁあんたたち、今日からひと月ここで過ごすナナシお兄ちゃんだ。お客さんだからしっかりもてなすんだよ」
「「「おー!」」」
皆と自己紹介。
孤児院の子達は年長組の子達が6人。
リスのヴィークのレベッカ、ドワーフのジル、クリスとクリアはエルフの兄妹、ライオンの獣人のレオン、ヒューマンのバリー。
年少の子たちは次々に言っていくのでタローとハナコにシェリー、マリオにアリサあたりまでは何とか聞き取れた。…後はおいおい。
夕飯は昨日と打って変わって賑やかだった。
食べたのはオートミールだった。子ども達はまたかと不評だったがナナシには新鮮だった。味はノーコメント。
夕食の後はお風呂だ。教会にはお風呂がないので近所の銭湯へ皆で出かける。
女湯の方へはおばちゃんが行くので見てあげられるのだが、男の子たちはロクに洗わないで出てきてしまうので見てくれとのこと。
『みうみう~』
「洗ってくれるのかい?」
『みうー』
ナナシはミウに洗ってもらいながら男の子たちを洗った。
小さい子たちもミウに洗われるなら楽しそうにしている。
明日は女の子たちにミウが貸し出されることになった。
就寝までの団欒の時間。子ども達が日記を書いているのをナナシはぼんやりと眺めていた。
「ナナシにいちゃんは”戦士”なのか?」
そういえば袋にしまい忘れ、立てかけていた剣を見つめながらレオンが言った。
「シクステンさんの弟子だから”錬金術師”じゃないんですか?」
クリスが本から顔を上げて言った。
「ミウちゃん飼ってるから”魔物使い”じゃないのー?」
ミウをブラシで手入れしながらジルとクレアがじっとこちらを見ている。
子ども達が手を挙げてクイズに答えるように周りから次々に職業の名前を上げていく。
「いや僕はまだ”みならい”だよ」
立てかけて置いた剣を仕舞いながら言った。
「そっかじゃあ俺らとおんなじじゃん。にいちゃんは何になりたいんだ?俺は”戦士”だ!大きくなったら死んだ父ちゃんみたいに魔物狩りになるんだ!」
「僕は”鑑定”のスキルがあるので学者になりたいです」
今度は次々に自分のなりたいものを言っていく。
就きたい”職業”、やりたい仕事、身につけたい”スキル”。
ナナシは感心しながら聞いて考えていた。
…僕は何になりたいんだろう?
「なんだい?これだけいて”聖職者”になりたいってのはいないのかい?」
おばちゃんがみんなにお茶を持ってきた。
ジルがしずしずと手を上げる。
ナナシもとりあえず手を上げてみた。
「いいんだよ無理しなくて。お前は”裁縫師”になりたいんだろう?」
ナナシをスルーしておばちゃんがそっとジルの頭をなでる。
「…でもウサネコさんたちのお世話もやってみたいしおばちゃんみたいにもなりたい」
「お前たちはおばちゃんの子なんだ。”戦士”にだって”裁縫師”にだって”魔物使い”にだって何にだってなれるさ。でもそのためにはよく寝てよく遊んでお手伝いもしてしっかり勉強もするんだよ。ほら!もうそろそろ寝なさい!」
「「「「「はーい!」」」」」
子ども達が子ども部屋へと向かい、布団用に藁をあちこちに敷き始める。
「ナナシお兄ちゃん」
「ん?」
自分の分の藁とすぴすぴ寝息をたてるミウを抱え、どこで寝るかなと考えているとジルとクレアが袖を引っ張った。
「…ミウちゃんと寝てもいい?」
「いいよ、はい」
「あ!ナナシにいちゃんいっしょにねよーぜー!」
大声を出したレオンが聖書を食らった。
明かりを消してから数分で、子ども達はすぐに寝静まったようだった。
子ども達の寝息といびきの中、目をつぶってもナナシは寝付けずにいた。
ミウを飼うから飼い方も調べないと…。
明日から仕事も探さないと…。
”戦士”、”狩人”、”魔導士”、”聖職者”、”魔物使い”、”鍛冶師”、”裁縫師”、”採取師”、”錬金術師”…。
”魔導士”、”聖職者”は”魔力欠乏症”の僕には無理。
”鍛冶師””裁縫師””採取師””錬金術師”はきっと職人さんだろう。たった一か月の間に結果が出せるようになるとは思えない。
残るは”戦士””狩人””魔物使い”。
剣を学んでみようか。餓鬼に襲われて…またこんなこともないとも限らない。
…そろそろ寝よう。
眠れないときは羊を数えればいいんだっけか。
羊が1匹…2匹…3匹…。
『みう~』
寝ぼけたミウの鳴き声に数えるのを邪魔されながらも、なんとか眠りに落ちそうな瞬間物音がした。
目を開けて見ると台所の方でぼんやりと明かりが灯っていた。
「まだ起きているかい」
おばちゃんの声だ。たぶん僕だろう。
「…はい」
子ども達を起こさないようにゆっくりと起き上がる。
手招きに応じて台所へ行くとグラスが用意されていた。
「一杯どうだい」
返事をする前にグラスに注がれた。僕のがほんの一口か二口分でおばちゃんのが口いっぱい。たぶんアルコールだろう。飲んでみることにした。甘いのと苦いのが同時にきて軽く頭が揺さぶられた感じがする。…もういいや。
「なんでまたシクステンのクランに入ったんだい?」
おばちゃんは大きく一口飲んだ。
「昨日…ですけど僕はシクステンさんの家の前で倒れていたみたいなんです」
「みたいっていうと?」
「覚えていないんです。名前も何も全部…」
おばちゃんに正直に昨日から今日のことを話した。
時々相槌を打ちながらじっと聞いていてくれたおばちゃんは最後まで聞くと僕に十字を切って祈ってくれた。
「まぁ…何にも覚えてないってのは…つらいだろうけどあの子に拾われたんじゃ悪くはないんじゃないかね。あの子は子どものころから知ってるよ」
そう言っておばちゃんは自分のお代わりを注ぐ。
ナナシは勧められたおかわりを断った。
「…おじいちゃんのクランに入るんだってよく言ってたよ」
どこか遠くを見ながらそう言った。
「おじいさんが亡くなったあんときは見てて辛かった。何日も何日もただただずっと涙流し続けてて…とてもシャンとしななんてどやしつける気にもなれなかった。…下手をすると後を追うんじゃないかってひやひやしてたよ」
シクステンさんの言った夢は本当のようだ。
本人にとってはきっと夢という言葉で表しきれないものだろうけど。
「あんたにとっても悪い話じゃないだろう。私からも頼むよ、あの子を手伝ってやっとくれ」
軽々しくはいと返事をするのには少し重った。
…シクステンさんはどうして僕を手伝わせようと思ったんだろうか。
「まぁ…無理にとは言わないよ。さぁ付き合わせて悪かった。明日から忙しいだろうから早く寝な。そこのあんたもだよ」
振り向くとミウがそっとこちらを覗いていた。
『みう~?』
抱き上げてふうとミウの鼻に息を吹きかけてやった。
葡萄酒の臭いを含んだ息に鼻を抑え悶える。
ナナシとおばちゃんは小さく噴き出した。
「おやすみ」「おやすみなさい」『みう~』
ナナシが布団に入るとミウが潜り込んできた。
お腹のあたりの温かみと酒のおかげかそれから10を数える間もなく眠りについたのであった。