3-14ループスの憂鬱1
アタイの名はループス。今年で22だ。
”戦士Lv3”と”狩人Lv2”の職に就いている。
生まれはスメラミの北の方にある、人狼と呼ばれる狼の獣人の里だ。
人狼の里の中でもうちの里は女系の里。
大体14~16ぐらいで里を出て結婚相手を探す。
祖母ちゃんも曽祖母ちゃんも曽曽祖母ちゃんもそうやってきた。
母ちゃんは珍しく里にやってきた父ちゃんと結ばれたけどな。
母ちゃんは職人肌だが私は父ちゃんに似たらしい。正確に言えば父ちゃんは重騎士だから軽装で素手で殴り合うのが性に合うアタイは祖母ちゃんに似た。
うちの里には結婚相手は出来るだけ強い者がいいという考えがある。
強いってのは別に殴り合いが強いヤツだけじゃない。
傷を治す魔法が使えるヤツ、良い武器が作れるヤツ、美味い飯が作れるヤツ。
何か秀でたものがあれば強いと評価してやる。
アタイは友達たちと14の時に里を出た。
腕には自信があったから冒険者になることにした。
絶対ではないがつがいはケンカの強いヤツが良かったのもあった。
とりあえずここらで一番人の多いパトリアを目指した。
それなりに強い魔物と戦い盗賊団のアジトに乗り込んだり無茶をやった。
三ツ星まで順調に位を上げていったが一緒に里を出た友人たちも一人一人と減っていった。自分に合った相手を連れ里へ帰っていった。
その間に…アタイも何人かと関係を持ったが(うちの里はそこらへんおおらか)なかなかうまくいかなかった。
最初は盗賊の討伐隊の団長だった。ドワーフの鍛冶師にエルフの魔導士にヒューマンの錬金術師。ヴィークの狩人に獣人の少年剣士。うまい飯屋のおっちゃんと食費替わりになんてのもあったなぁ。
◆
里を出てから5年。
その日は親友が裏切った日だった。
アタイは行きつけの酒場で親友と二人飲んでいた。
「ねぇ?ループスそんなに飲んだら体に毒よ?」
「うるさ~い」
アタイの知らないところで相手を見つけていた親友に八つ当たりをする。
「うう…アタイのしらないところで…」
「いや…だって…あの時ループスも一緒だったじゃん」
「なんで…ヒック…アタイが…ひとり…」
「アンタの好みのタイプも分からないでもないけどちょっと高望みしすぎじゃない?」
「うるさ~い…」
「こんばんわ」
やって来たのはヒューマンの男性だ。
年齢はアタイたちより1つ下。童顔だが背は割と高めで体は仕事で鍛え上げられたがっちりとしている。
この人はアタイのクランの行きつけの武器屋の見習いだった。
先日修業を終え一人前と認められたその日に親友に思いを伝え結ばれた。
「迎えが来たから行くね。じゃあねループス」
「ループスさんもあまり遅くならないうちに…」
ヒューマンの男性が言い終える前に親友はさっと立ち上がって恋人の腕を取って酒場から出て行った。
「うう…」
後ろから追いかけてどついてやろうかと思ったがそれをやったら負けな気がした。
以前であれば一晩中付き合ってくれたのに…冷たくなったもんだ。
アタイはジョッキの残りを飲み干してそのまま眠りに落ちた。
そして明け方、居酒屋のおっちゃんに追い出される。
でも追い出す前にスープをごちそうしてくれた。
あのおっちゃんもあと30年若ければ…。
二日酔いで頭痛がしながら一人寂しく寝床へと戻るのだった。
目を覚ますと昼を過ぎたあたりだった。
仕事などする気も起きずにだらだらと宿の部屋で一人酒を飲む。
酔えるような酔えないようなだった。
今まで一緒にやってきた同じ里のやつがいなくて正直に寂しかった。
狼は群れを大切にする生き物だ。一匹狼なんて言葉があるがうちの里じゃはぐれ者って意味になる。
ひとりぼっちのクラン。
今から里に帰れば笑いものだろうな。
そう思った時、とうとう体が限界を迎えた。
そして次の日。
気付けば朝で体は床の上だった。
銭湯で汗流して酒を抜いてギルドへ向かう。
流石にそろそろ宿代がまずいのでフリーで仕事に登録した。
「ループスさん、猶予期間のうちに新しいメンバーを加えてくださいね」
「…分っているよ」
忠告が三日酔いの頭に響いた。
クランには3人以上の人員がいる。猶予期間はしばらくあるが見つけられなかったらクランの星は減り最悪クランは除籍されてしまう。そのうちまた里から誰か出てくるだろうからそいつらを…。
(はぐれ者のアタイのところに来てくれるか?)
不安な気持ちを切り替えて今は仕事だ。
早速魔物の討伐の協力依頼があった。駆除が目的で素材は二の次。
丁度いい。機嫌が悪いから暴れてやろう。
宿に戻って装備を整える。
こういったことは一昨日までいた友人が手慣れていた。
そう思った瞬間また寂しさがこみあげてくる。
…。
アタイは首をゴキゴキと鳴らし手をもきゅっと鳴らして気を引き締めると集合場所へと向かった。
戦闘用の装備を整えている連中がいる。
こいつらが今回のメンバーか。しけた顔した連中ばかりだ。
ん?
一人後ろ姿だが雰囲気が違うやつがいる。
何となくオーラがあるというか光が漏れているというかそんな風に見える。
こいつもメンバーだろう。挨拶だけしてみるか。
「こんちわー」
「はい、こんにちわ」
お日様は照ってるし一応ちゃんと酒は抜いてきたはずだ。
自分の顔を傷ができない程度の強さでぶん殴った。
…痛い。
アタイは今、完璧に、疑う余地無く、目覚めている。
天使がいた。
あらやだ素敵…。天使は背はアタイよりも少し低い。セミロングの白髪、パッチリとした二重の瞳に右目の泣きぼくろ。やたらと庇護欲をそそる中性的な顔立ち…。
「あの…」
「はいっ!?」
「あの?僕もなんですけど今日の討伐隊の方ですか?」
「はい!アタイ…自分はループスと言いまふっ!」
「ループスさんですか。今日はよろしくお願いします」
天使はアタイの手をそっと握ってくれた…。
天使はスッとお辞儀をして行ってしまった。
「ようループスか?何をそんなところで突っ立っているんだ?」
「おっちゃん…」
「なんだよ?そう睨むことはねぇじゃねえか」
天使の手の感触の余韻に浸るアタイを邪魔したのは馴染みの熟練の冒険者のおっちゃんだ。
ブタの獣人で鍛えられた体が合わさってブタゴリラと呼ぶのがしっくりくる。白の体毛で見かけはごろんと横になって怠けてる仕草が似合うが強さと性格の良さは折り紙つきだ。
あっしまった!天使の名前聞くの忘れてた…。
「なんだ?お前も討伐隊に参加するのか?」
「…そうだよ」
「二日酔いかお前?今日は俺がリーダーだ。またよろしく頼むな」
…おっちゃんがリーダーということは…あの天使がどこの誰か知っているかも!
「おっちゃんおっちゃん!あの!あの天使はどこのどなたっ!?」
アタイはおっちゃんに掴みかかっていた。
「おい!まて!ちょっとまて!何のことだ?」
「さっきのセミロングの白髪!パッチリとした二重の瞳!左目の泣きぼくろ…」
「あん?うちの息子のことか?」
「おっちゃんの息子ぉ!?」
思わず手を離して後ずさる。
…おっちゃんが世迷い言を言い始めた。
記憶の中の天使と目の前のブタゴリラ…似ているのは毛の色だけじゃないか!
「なんでブタゴリラから天使が産まれんだよ!?」
「誰がブタゴリラだ!産んだのは俺じゃねぇ!アイツは母ちゃん似だよ!うちの母ちゃんはそりゃあ美人で…」
「父ちゃん何やってるの?」
後光を携えた天使が現れた!ブタゴリラを父ちゃんと呼んだ!
聞き違え…いや天使の声を聞き違うはずがない!
…いや!よく考えてみろ。おっちゃんは見た目はアレだが腕っぷしが強くて性格も良くて稼ぎもあるはずだ。美女と野獣。うちの里でもたまに見かけた。ありえない話じゃない。
「おお、アラン。こいつが今日一緒に討伐に行くループスだ」
「こんにちわ。さっき挨拶は済ませたよ?」
「そうか。じゃあ他の連中にも一通り挨拶してこい」
「うん」
「こらお前は少し説明を聞いていけ」ふらふらと吸い寄せられていくループスの頭をおっちゃんが掴む。
ああ…天使が行ってしまう…。
「ループス。聞いていると思うが今日は西のエリアで餓鬼とササガニの駆除だ。厄介なことにジキトリや土蜘蛛。さらにはその上位種が発生している可能性が…おい?聞いてるか?」
「はいお義父さん!」
「…お前まだ昨日の酒が抜けていないんじゃないか?」
その後全体で簡単に討伐隊の面々と顔合わせをしたが他の連中の顔なんて目に入らなかった。変わった連中がいたような気がしなくもないが…まぁ覚えてないのだからどうでもいいことだろう。
あっ天使と目が合った。
笑いかけてくれた…。
それだけで今日が乗り切れそうだ。
天使はお義父さんの”戦士”とお義母さんの”聖職者”を受け継いでいた。圧倒的だった。自分に強化魔法をかけて正に羽の生えたかのような速度で魔物を狩っていく。隙あらば魔物からかばってというアタイの目論見は崩れた。どころか油断していたアタイがかばわれる始末だった。…こればかりは昨日の酒のせいにしたい。
結局、大物はおっちゃんと天使がヒダルヒダルと土蜘蛛の大型をそれぞれ一匹ずつ討ち取った。
狩りを終えて今日は村で一泊だ。
小さな村で食料は分けてもらえたがみんなが泊まる余裕はないので敷地内で各々テントに泊まることになった。
アタイは近くの川で体を水に浸していた。
冷たい川の水を被っても体の火照りが取れなかった。
独り身の寂しさと戦いの興奮。
もう限界だ。
天使も一人寝は寂しいだろう。
そう思って2回ほど念入りに水浴びをした。
いい月が出ている。
足音を立てずにスキップをして天使のテントへ向かう。
テントの中に飛び込める間合いに踏み込んだ瞬間ただならぬ気配を感じた。
…。
「そこかっ!」
小さく声をあげ投げナイフを放つ。
標的目掛けて真っ直ぐ飛んでいくナイフは減速し命中する直前に空中で止まった。
「危ないわね」
陰から姿を現した声の主がナイフが地に落ちる前に拾う。
「…ダークエルフ?」
褐色の肌に長い耳がその種族の特徴を表していた。
排他的で滅多に里を下りない種族を見てアタイは驚きで小さく声をあげた。
「人狼…名前はループスだったかしら?」
「…あんたは?」
問いには答えずに相手が詠唱を始めた。
ダークエルフはエルフよりも身体能力は劣るが魔法の扱いに長ける種族だ。
「させるか!」「ッ!?」
詠唱を止めようと叩きこんだ拳が見えない何かに弾かれた。
相手は魔法使い。火の熱さも水の冷たさも土の硬さもない。
風属性の使い手か。
空気砲でアタイの拳を止めるところ相手もなかなかの実力者のようだ。
ダークエルフは露出の多いローブ姿。肌を覆う面積だけが装備の強さではないにせよその装備の用途が戦闘用ではないと分かった。
相手から同族の臭いが漂ってくる。
狙いは天使か!
「天使に近づく悪い虫は…アタイが追い払う!」
今度はこちらの番だ。
低く構えて駆け出した。
拳が届く距離まで後2歩。
しかしそこまで近づいたところでアタイは慌てて飛びのいた。
踏み込もうとした場所にここから先立ち入り禁止だとばかりに線が入る。
向こうもやる気だ。
空気を圧縮した弾から殺傷力を高めた風の刃に切り替えやがった。
殺すつもりはないが手加減のできる相手ではなさそうだ。
こちらも強く拳を握りしめた。
互いに強めの牽制を繰り出し合う。
埒が明かないでいた。
長く感じる一刻が経過した。
「「ハアハア…」」
焦れたループスが行動に移す。
両腕で防ぐ姿勢をとり脚は全力で駆けだす為に構えた。
その姿勢のまま全力で駆けだした。
アタイは自分の血に誇りを持っている。
人狼族の毛皮の丈夫さを信じ、受けきる覚悟を決めた。
「!?」
ダークエルフは風の刃を放ってきた。
この作戦が功を奏した。
予想外な行動だったようで風の刃が揺らいでいた。
痛いで済んだ。斬れていない。
そして拳を叩きこめる距離を詰め切った。
「もらった!「わよ」」
閃光が目を襲った。
このアマ”聖職者”にも就いていやがったか!
油断していた。たが狼を舐め過ぎだ!
目を閉じていたとしても鼻で位置が分かる。
本気で叩き込んでやろうと大きく振りかぶった。
相手も風を貯めているのを感じる…。
「!?」「!?」
アタイがナイフ、ダークエルフが風の刃を同時に放った。
しかし互いの位置の場所とは全く違う場所を狙っていた。
はじけるような音がした。そして地面に矢が刺さる。
「失敗…」
闖入者の声のする方から嫌な臭いがする。コイツも同族の臭いだ。
「イタチ女…やっぱり邪魔しに来ると思ったわ」
視界の利くダークエルフが言った。
イタチ女?獣人のにおいとは違う。となればヴィークだ。小柄でイタズラ好きで手先が器用な種族だ。ダークエルフほどではないがあまりここいらじゃ見かけない。
「…いいえ。あなたたちの揉め事に首を突っ込む気はないよ」
「あんたはここへ何しに?」
「いや、天使が一人で寂しいだろうと思って…」
「「お前もか!」」
「アンタたち泥棒猫…いや犬とエルフ」
「「!?」」
矢が放たれた。ダークエルフは風ではじいたようだが視界の利かないアタイは大きく飛んで物陰に隠れた。
「犬一匹でも面倒なのに全く!」
ダークエルフが再び魔法を放ったようだ。
イタチ女がそれを回避しながら矢を打っている。
ダークエルフとイタチ女がやりあっている間に身を伏せながらじっとしていると視界が徐々に回復してきた。
物陰から伺うと…煽情的な下着を着たイタチ女がダークエルフと矢と魔法を打ち合っている。
…チャンス!
アタイは一人テントに向かった。
一応用心してテントの後ろから行こう。
物音を立てない様に歩いていると足が何かに触れた。
ひゅん
矢が頭を掠めた。
まさかと思い鼻を研ぎ澄ますと木々に紛れて金属の臭いが混じっている。
目を凝らすと見える足元にワイヤーあった。切ってみると少し離れたところに矢が刺さった。
あのバカはコトの最中に邪魔が入らないようにか天使のテントの周りに罠を仕掛けていたようだ。
敵ながらよくやる。人狼の鼻をもってしても感知のしづらいレベルの罠の設置は見事と言う他ない。
嫌らしい位置に仕掛けてあって性格の悪さがにじみ出ている。
だがアタイも一応”狩人”だ。多少の罠の知識はある。投げナイフと爪を使って罠を無効化していく。
まだ戦闘音は聞こえてくる。
大丈夫だろう。一歩を踏み出した。問題ない。
一気に距離を詰めようと駆けだした。
どかん!
地雷。
流石に村の中で音と風圧だけのものだ。
発動してアタイは吹き飛ばされた。
空中でアタイは体勢を整え着地。
音を聞きつけヴィークとダークエルフが駆けつけてきた。
二人と対峙する。
テントまではすぐそこだ。
「天使は私がもらう…」「あの子は私のだよ!」「アタイの獲物だぁ!」
ここまで来たらもう誰が一番早いかだ。
3人がテントに飛び込んだ。
「うるさいぞ!お前ら!」
アタイたち3人はテントから出てきた団長の拳を頭に受けるのだった。
◆
翌晩行きつけの酒場にて
「うう…」「ヒック」「…」
アタイはジョッキを片手に机につっぷしていた。ダークエルフはワインをあおり、ヴィークは焦点の合わない目で度数の高いアルコールに口をつけていた。
昨晩の結末だが後々おっちゃんには叱られ、村長からも叱られ、他の面々からゲラゲラと笑わた。騒ぎを起こしたということで報酬も減額。今日の飲み代で飛んでしまうだろう。
天使の前で恥をかいてしまった。いやあの子はもう天使なんかじゃない。
あの子には故郷に幼馴染がいて近々式を挙げるそうだ。
「なんでイイ男にぁ相手が~相手がいるんだぁ~」
「そうよ~」「…」
「お前らはなしわかるなぁ~名前は?」
「ヒュプノよん」「ジニ」
「なんでおまえら…。ひとりでフリーでやってるんだ?」
「あなただって…人狼でしょ?人のこと言えないじゃない」「…一匹狼?」
「うるさい~!アタイはクランの団長だったんだけどみんな相手ができて里へ帰っちゃったんだ~」
「あはは!」「ふふふ…」
「わらうな~」ジョッキを飲み干し強く置いた。
「…そういうおまえらだってなんで~?」
「…あたしは里でつがいがみつからなかったから」
「団長に手を出して奥さんから追い出された」
今度はループスが大声で笑いだした。
酒場で乱闘は日常茶飯事だ。ただ女同士の乱闘は珍しく他の客からヤジが飛ぶ。
夜も更け。観客たちも帰り3人はテーブルに戻っていた。
「なぁ~そうだ?」
「うん?」「(顔を向ける)」
「おまえらうちのクランに来ないか~?」
「…あなたの?」「(目を細めている)」
「せっかくさぁ~立ち上げたクランを畳んじまうのは勿体ないからさ」
二人はちびちびと飲みながら考える。
「そうね…これも何かの縁かもね」「いいよ…」
「よーし!じゃあ~団結式だ」
「盛り上がっているところ悪いが先にツケ払ってくれないか?」
飲み食いした分を払わされ有り金がほとんど消えた。
おっちゃんのおごりで安酒を3つテーブルに置かれる。
「アタイらさんにん~」「うまれしひ、ときは違えども」「おなじにに死せん事をねがわん…」
3つのグラスが鈴のように鳴った。
この安酒は今まで飲んだどんな酒よりもうまかった。




