3-11小さな王女の冒険(前編)
スメラミは王国なので無論王がいる。
城の中ではどんな生活が送られているのか覗いてみるとしよう。
今日は週に一度定めた一家そろっての食事の日である。
王家の一家が団欒を過ごす部屋に細長い体躯のモノクルを付けた執事とエプロンをつけた少々ふくよかな体型の女性が料理を運ぶ。
このエプロンをつけたこの女性こそ王妃のソフィア・スメラミである。一流の”採取師”であり趣味は料理と畑仕事。
「ほらごはんだよ~!」
料理を作った王妃が夫と子供たちを呼ぶ。
「うむ」
王冠を被り立派な服を着た筋骨隆々の男が部屋に入ってくる。
今代の王で15代目。その名はウィレム・スメラミである。齢四十五。王族でありながらも元冒険者である。冒険者は王を継ぐために引退した。執事はこの時からの仲間である。
この2人の間には3人の子宝に恵まれた。
「お父様お母様ごきげんよう」
簡素なワンピースドレスの凛とした佇まいの淑女が入ってくる。
第一王女のクラリス・スメラミ。普段は白銀の鎧を身にまとう”戦天使”とまで呼ばれる剣と魔法の才に優れた才女である。この度食卓に並ぶ食材も彼女が討ち取ってきたものばかりだ。
「…今日の夕飯は何だい?」
続いて欠伸をしてぼさぼさの髪をかきながら優男が入ってくる。第一王子であるヨハン・スメラミである。鍛冶と錬金術の才に優れたアイテムクリエイターである。つい先ほどまで工房にこもっていたので最低限の身だしなみを整えてやって来た。
「…」『みゅー!』
そして大きいぬいぐるみの様にウサネコを抱いた女の子が俯きがちに入ってくる。
第二王女のメリッサとその愛兎猫のミケである。
”魔物使い”の才に溢れ、幼いながらも魔物と心を通わせている。気が弱く引っ込み思案であるが心優しい子である。
ウサネコの方は三毛ウサネコの雄で非常に珍しい。
ミケはウサネコの中では大きい部類の大きさだ。
料理は各自取り分ける。メリッサの分はソフィアが用意をし、メリッサはミケの分のご飯を用意する。
円卓には王から時計回りに王妃、クラリス、メリッサ、ヨハン。メリッサの足元にはミケ。少し離れたところで執事が直立不動の姿勢を取っている。
いただきますの挨拶の後、食器のぶつかる音と足元でミケのご飯を食べる音が部屋に響く。
「なぁ…お前たちのうちだれが私の跡を継ぐんだ?」
「まぁあなた…またその話?」
週に一度の食事の時に必ずする話題である。
「私は嫌…」「僕もごめんだね」
「そうか…」
王は溜息をついた。この王家代々相続で揉めるのである。出来ることなら己の道を究めたいと王など誰も継ぎたがらないのだ。自分がこの年の頃は先代から同じ質問をされ兄弟たちもみな似たような反応だった。今代の王も決まり方はクジだったのである。王としては早く隠居してまた冒険に出たくてしょうがないのである。
「…わたし」
第二王女がおどおどとした動きで手をあげる。
「やはりメリッサが継ぐべきですわ」「ああ!メリッサ!頑張れ!僕らは全力で応援するよ!」
二人がメリッサの頭を撫でる。兄も姉も年の離れた妹が可愛くて仕方ない。王位を継ぐと言ってくれることがうれしくて仕方なかった。…ただ王位については少々本気で継いでもらおうと計画はしている。
「まったくお前たちは…」王はやれやれと溜息をついた。
王も半ばこの子が継ぐのだろうと予感を持っていた。ただその為にもう少し活発であって欲しいとも思っている。才能のある”魔物使い”についていても子犬の”遠吠え犬”にも怖がって近寄れないのである。
この兄と姉の十分の一、いや百分の一程の活発さをもってくれれば…。
引っ込み思案を直そうとあれこれ考えているのだが中々良い手が浮かばない。
まぁ兄と姉がいるし人にも魔物にも好かれる子ので何とかなるだろうとそこまで深くは考えていないのだが。
「ねぇ…」
消え入りそうな声とはまさにこのことだと言わんばかりの小声だった。
しかしそれでも部屋にいる皆が聞き逃しはしなかった。
何を言うのかなとじっと耳を澄ませ視線が集まる。
「おねえちゃん…おにいちゃん…なにかたのしいことあった…?」
メリッサはみんながお話をしてくれるこの時を楽しみにしていた。
みんなもメリッサを楽しませようとネタを準備している。
王の冒険者の頃の話。ヨハンの今作っている道具作りの話。王妃の畑の様子。
最後にクラリス。クラリスは妹を楽しませるこの時の為にとっておきの話を用意していた。
「私最近大きなウサネコを見ましたわ」
「!?」
ウサネコと聞いてハッと姉を見る次女。
「もしかして…町で噂になっている幸運のウサネコかい?」ヨハンが言った。
「まぁそんなウサネコがいるの?私も見てみたいわね」
「どこで見かけたんだい?」
「あれは…ギルドと城との間の通りだったわ。風呂敷を背負っていたわね」
「ミケよりおっきい?」『みゅ?』
「うん。ミケよりもずっと大きかったわ」
「ど…………どんなの?こ…こーんくらい?」
必死て手を広げ大きさを表す。
「ううん…もっともっと父様よりも大きかったよ」
「!?」
「ほう?ということはグリズリー…まさかドラゴンほどもあるのか」
「ドラゴンとまではいかないけど…うんグリズリーぐらいかしら。クラリスが背中に乗っても全然大丈夫なくらい大きかったわよ」
「!?」
「ほらあんた達、おしゃべりもいいけどそろそろ食べてしまいなさい。いい加減執事たちが休まらないでしょ」
「「はーい」」「うん…」
各々の残っていた物を食べきり夕食はお開きとなった。
王は執務へと戻り、王妃は後片付け、クラリスは風呂へと向かい、ヨハンは工房へ戻っていった。
メリッサは読み書きの勉強の時間。
この頃の姉と兄はいかに逃げ出すかについて頭を働かせていたのと比べると真面目で優秀である。
しかし今日はどこか上の空だった。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
叱るでもなく穏やかに言った。
「…ねぇひつじ?」執事とうまく言えないのである。
「はいなんでしょう?」
「グリズリーってどんなまもの?…おっきいの?」
「グリズリーですか?そうですなぁ…お待ちください」
普通のひとなら脚立がいる程上の方にある図鑑を取る。パラパラと探して目的のページを開いた。本の向きを変えて丁重にクラリスに見せる。
メリッサが狂暴そうなクマの絵に怯えて小さく悲鳴を上げ目をそらす。
そして手で顔を覆いその隙間からグリズリーの絵を見る。
「グリズリーって…おっきいの?」
「そうですな…大きさが2.5-3.0mですから…背の高さならワタクシと同じくらいですね」執事はモノクルの位置を直し指で文章をなぞりながら言った。
「ひつじと!?」
足元で寝ていたミケを抱き上げ図鑑のグリズリーとミケを交互に見る。
小さな口をポカンと開けて何かを考えているようだ。
きっと大きいミケを想像しているのだろう。
この子の姉と兄の教育係を務めた執事には考えていることは読めていた。
「探しに行ってみたいのですか?」
優しく言ったのだが目をギュッと閉じフルフルと首を横に振る。
メリッサにとってお外はまだ怖い場所。
姉と兄そして時々父を見る限り勝手に行っては怒られる場所なのである。
そして一週間後、城の子供部屋。
『どうしたの?』
愛兎猫のミケが主人がお出かけ用の服に着替えいるのを見て首を傾げる。
「お外…いく」
か細くもはっきりとした声で言った。
町へ行ってみたい。ただ町へ降りていこうとするとおにいちゃんもおねえちゃんもときどきおとうさんも怒られている。
わがままを言い出すことはできなかった。
お父さんもお母さんもおにいちゃんもおねえちゃんもひつじのおじいちゃんも忙しいからこっそり行くしかない。
でも表から出たら兵士のお兄さんに怒られてしまう。
おにいちゃんとおねえちゃんから抜け出そうとして何回も怒られたと聞いた。
柱に規則正しく触れ仕掛けを作動させる。床に子供が通れる大きさの穴が開いた。
姉と兄から教わった仕掛けだ。
子ども部屋には外へ出かける抜け穴がある。
非常時の為…ではなくお忍びで出かける為の仕掛けで初代王が城を建てた際の遊び心の一つである。
もし外へ遊びに行きたいときはここを使うんだよとお兄ちゃんとお姉ちゃんから教わった。
これは王家では絶対内緒と代々伝えられているのである。
「…いってきます」
『いってらっしゃい~』
バイバイと手を振って見送るミケ。
…。
……。
………。
「…ミケも来てくれる?」
『うん!』
一人はやっぱりちょっと…ホントはかなり怖いのである。




