3-7レオン、初めての冒険6
それにとって地中はゆりかごで牢獄だった。
暗く程よい温かさと湿り気の居心地の良さと狭く身動きの取れない空間。
身体中をかきむしりたくなるような衝動が押さえつけられていた。
体の外側から内側から襲い来る痒みと痛みと疲労感と悲愴感と怒り。
総じて飢餓感。
質の悪い腫瘍の様に膨らんでいき破裂するのは時間の問題だった。
眠ることでしか押さえつけ方を知らないそれの本能が求めている何かを感じ取って鬱とした眠りから覚める。
何かがある。
何かは分からないが手を伸ばせば届く先にある。
爪で地面を掻き分け少しずつ手を伸ばす。
光を求め自身の体躯と同じだけの長さの腕を伸ばし牢獄に穴を開けた。
外気が穴に入り込んだ瞬間、匂いが脳の奥へとつうんとしみわたっていく。
脳に電流が走り火花がはじける。
舌に唾が湧いて来て胃液が逆流してきた。
匂いの粒子のひとかけらも逃すまいと息を吸う。
どこだ?どこだ?
触れたものがあった。
きっとコレが求めていた物に違いない。
指に温かいものがふれ芳醇な香りがさらに増したからだ。
逃がすものか。
ギュッと掴んだ。
…辺りから自分と似たようなものの雰囲気を感じる。
匂いに釣られそいつらもコレを求めているに違いない。
これにうるさくまとわりついてくる。
じゃまだ!どけ!これはおれのものだ!
もう限界だ。
穴をこじ開ける。
遂に牢獄から脱獄した。
遂に飢餓感から解放されるのだと歓声をあげる。
コレを口に放り込んだ。
絶叫。
香りのせいで味が膨らんで何とも豊かな満足感が口の中一杯に広がる。
求めていたのは確かにコレだった。
ボンと腹鼓を打った。
しかしほんの一瞬だ。
腹を満たすコレがこぼれてしまった。
…勿体ない。
慌てて掬ってみたものの雑味が混じってしまっていた。
わずかばかり気分が落ち着いた。
なんてことはない。
すぐそばにソレがいて次にはアレがいる。
次のコレに向かって肺いっぱいに空気を吸込み腹の虫と共に吠えた。
◆
ヒダルヒダルの絶叫を聞いたレオンとアポロは腰を抜かしていた。
声量におぞましさが加わった。
飢えたるもの達の王ヒダルヒダル。
大人よりは大きく森の木々よりは低い背丈。
死人の様に白けた肌。
丸々と極度に突き出た腹。
動くのは面倒だという風に地面に飛んだ血を勿体ないと土ごと貪っている。
流行り病を患い、気の触れた余命いくばくもない老人のようだ。
おこぼれにあずかれなかった餓鬼たちはトレントの死骸を喰いつくしていく。
それにすらあずかれなかったものは土を貪り木の根を齧っている。
腐った内臓が発酵してしまったような強烈な臭いが血の臭いを塗りつぶした。
餓鬼達は共食いはしない。
本能で互いが食うに堪えない存在だと知っている
飢えた者たちは次の獲物を探す。
二人は腰が抜けながらも後ずさりで少しでも距離を取る。
「にっ逃げよう!」「う、うん」
レオンがアポロを立たせる。
餓鬼達は一斉にアポロとレオンの方を向いた。
二人が駆けだそうと吸った空気の臭いに朝食が逆流してきた。
恐怖と悪臭に涙腺が刺激され涙が出てくる。
アポロに肩を貸しながら歩く。
普段なら歩けば抜かせそうな速さだ。
ただ相手も生れ落ちた瞬間から自分で立ち上がる野生の魔物とはいえ、走るまでは進歩していない。
よろよろと餓鬼たちが近寄ってくる。
ヒダルヒダルも這いずりながら二人を追う。
「アポロ…大丈夫か」
「レオン…お前こそ…」
腰を抜かした二人が励まし合って魔物から逃げる。
ガリッ。
「ぎゃあ!」
アポロの脚に餓鬼の爪が刺さった。
転倒するアポロ。喰らい付こうとする餓鬼。
レオンが餓鬼の顔面を蹴り飛ばした。
1匹蹴とばしているその間にも餓鬼の群れが近寄って来ていた。
「レオン…僕を置いて逃げろ」
アポロは決心した。
最後のプライドを振り絞って言った。
捕まったら食べられて死ぬ。
怖い。
それでもレオンにただ負けたままでいたくなかった。
レオンは振り返り剣を抜いた。
理非を考えず、むやみやたらに発揮した勇気だった。
「バカ!」
「バカはお前だ!…このままじゃ二人とも死んじゃうじゃないか!」
「僕に勝てないお前じゃ勝てない!」
アポロの指摘にレオンの決意が揺らぐ。
二人は追いつめられた獣のような姿になっていた。
遠くで声が聞こえた。
餓鬼たちのうめき声ではなく優しい声と鳴き声だ。
『みうー!みうみうー!』
「レオン!アポロ!大丈夫か!」
白の鎧姿のナナシは先程と打って変わって凛々しかった。
レオンとアポロのこらえていたものが決壊しズボンを濡らしていた。




