3-5レオン、初めての冒険4
「おいアポロ!一人で先に行くな」
「うるさいなぁ…。君が僕に指図するなよ」
試験監督のいる休憩小屋が見えなくなったところで早速二人は喧嘩をしていた。
「魔物もほとんど僕が狩って君は何の役にも立っていないじゃないか」
「アポロが解体しない魔物を全部僕がやっている!」
「…解体しか能の無い君に仕事を用意してやってるんだよ」
「なんだ!?…と」
レオンが怒りに思わず剣に手がいった。
抜くのは寸前でこらえた。殿中ではないが抜いたら引き返せないところだった。
アポロも若干威圧され思わず柄に手をかけていた。
睨み合う二人。
「ふん…」
先に剣から手を離したのはアポロだった。
「なぁレオン?これ以上は時間の無駄だ」
「はあ」
「ここからはそれぞれ一人で狩りを開始するというのはどうだい?」
「なんだって?試験は二人で受けなきゃダメじゃないか」
「怖いのかい?」
「なんだって?」
「昨日までの結果が怪獣使いにやってもらったんじゃないなら君一人でもやれるだろう?」
レオンは黙っている。
「怖いのかい?」
レオンは黙ったままだ。
「怖いのかい」
「怖くない!」
ああ怖いねと言い返すだけの度量はレオンにはまだ備わっていなかった。
冒険者であるなら単独行動がどれほど危険かわかっているはずだった。
「ならいいじゃないか」
十秒ほどの沈黙。
「…もうそれでいいよ」
「じゃあなレオン。せいぜい死なない様にな」
アポロは歩き始めた。アポロとは反対の方向を向きレオンも歩を進めていった。
◆
どうしよう…。
レオンはあたりを見回す。
餓鬼がこちらを向いているが気付いていない様だ。
見える範囲で遠いがトレントも徘徊している。
目に見える範囲でも魔物が目に入る。
パトリアの街に近いところとはいえ野盗の類が現れる可能性もある。
まだそういう人との戦いは試合でしか経験したことがなかった。
一人だとやはり不安に襲われる。色々不吉なイメージが頭に浮かぶ。
(でも今すぐナナシにいちゃんたちのところへ行くのも…)
アポロが勝手に行ってしまったと告げ口をするようで癪だ。
(…いざとなったらさっさと逃げよう)
アポロ一人で試験を合格されてしまうのも悔しい。
今回ダメでもまた受けて別の誰かと行けばいいかと思い直す。
レオンは少しばかり腰が引けながらも先程見つけた餓鬼の背後を取るように移動し始めた。
◆
アポロは名のある教会騎士団の家に一人息子として生まれた。
少々歳がいってからの息子にマクスウェル夫妻は喜んだ。
待望の息子。さらに喜ばしいことにその息子は紛れもない天才だ。
生まれたときから”剣術”のスキルがステータスに記されていた。
アポロは物事ついた時から剣に興味を示し、5歳の頃から本格的に剣の修行に打ち込んだ。
厳しくはあったがある程度の精神的な成長に合わせての訓練であった。訓練の甲斐もあってめきめきと腕を上げていった。
アポロには3人の姉がいる。3人の姉は年の離れた弟をかわいがった。
使用人達からちやほやとされて過ごした。
両親も一人息子を厳しく育てたつもりでもどこかに甘さが出てしまっていた。
その結果アポロは将来有望だが、少々才能と地位を鼻にかける傲慢さを持った剣士として育っていった。
アポロが10歳になり、経験を積む為にギルドでも授業を受けることとなった。
”剣術”の才をいかんなく発揮し同世代の相手とは負けなしであった。
そんなアポロに転機が訪れる。
ギルドでのレオンとの試合だった。
三本勝負のその試合はレオンが先取した。
後の二試合をアポロが取り勝利した。
レオンの先取。
実戦では負けたら次はないと教わってきたアポロにとって同世代の者と戦っての初めての敗北だった。
その夜は悔しさに枕を濡らした。
本人にとって初めて感じた敗北はアポロを少しばかり歪めてしまうこととなった。
アポロの通ってきた跡には魔物の死骸が転がっていた。
『ギャア!』
また八つ当たり気味に真正面から餓鬼を真っ二つにした。
剣を拭うことなく鞘に納める。剣は血を浴びてはいなかった。
ナナシの推察通り装備にはタネがある。
ここらへんでの魔物では傷をつけられない防御力の鎧。
そして特筆すべきは剣にある。
”魔剣ウィンドミール”。
風の属性を持った鉱石から打たれたその剣は、切れ味は無論の事、一振りで鎌風を巻き起こす。
レオンを超える狩りの結果を出せたのはこの剣によるものだった。
遠距離からの風の刃による攻撃は並大抵の防御では受けられない。
才があるとはいえ見習いの冒険者が待つには分不相応の剣だ。
荒い息を吐いて奥歯を噛み締める。
アポロはレオンが嫌い、いや苦手だった。
あの時の事を思い出すと身悶えしてしまう。
なぜ負けたのか分からなかった。
アポロの油断かレオンのまぐれかたまたまそこに石があって蹴躓いたのか。
その後のレオンとの試合はアポロの全勝。
しかし何度レオンと試合で勝っても心の中の何かに入ったヒビが埋まらなかった。
アポロは心理的なスランプに陥っていった。
孤児院の生まれであることを蔑みの目で見て、ヒビが埋まらずとも定期的な試合の勝利で精神の安定を図っていた。
それはいずれは教会騎士団へ入ることを目標にしている者にとっては有らぬことだと頭は理解していた。理解しているがゆえにアポロは悩み焦るのである。
そして前回のギルドでの試合がアポロの悩みと焦りを大きくする。
レオンの腕が前回にやった時と比べて大きく上がっていた。
剣と鎧はギルドの貸与品。貧乏なレオンに能力を上げる装備が買えるはずはない。
調べさせると怪獣使いがその孤児院に訪れるようになったとうわさを掴んだ。
最近使用人たちの間でも噂に上がっている幸運を呼ぶウサネコ。
そしてそのウサネコを連れた謎の”怪獣使い”と呼ばれる冒険者。
どうやらそいつに稽古をつけてもらっているようだ。
卑怯だ。
お抱えの剣の師匠がいる自分を棚にあげながらアポロはそう思った。
レオンが今回の講習に参加するのは聞いていた。
この講習が終われば各々で冒険に出て行くこととなる。
自分も教会騎士団の学校への入学が決まっていた。
…レオンと顔を合わすのもこれで最後だろう。
アポロにとってレオンを屈服させる最後のチャンスだった。
両親は一級の装備が欲しい跡継ぎのわがままを叶えた。
手を回してお抱えの剣の師匠を教官として潜り込ませた。
これで完璧なはずだった。
レオンの教官に”怪獣使い”が付くとは思わなかった。
怪獣の方もレオンに懐いているようで仲の良いという噂が事実と証明された。
どんな卑怯な手を使ったのかと調べてさせたら結果はただの偶然。
まだ”聖職者”には就けてはいないが信心はある。レオンの方が天に愛されているのではないかという思いがアポロの心の亀裂を広げた。
”怪獣使い”は噂の割には貧弱な装備だった。
なら金で釣れるのではないかとの目論見は失敗した。
教会に出入りしているのなら家の威光も通じるかと思いきや効果がなかった。
ザイドス先生もレオンには才能があると言っていた。
もう後がない。
ここで一人で試験に合格すればレオンの鼻を明かしてやれる。
あいつは臆病だからきっと言いつけに戻っている頃だろう。
結果さえ出せば怒られたってどうってことない。
整った装備さえあれば一人で魔物を狩るなんて訳もない。
レオンにまた負けることが恐ろしかった。
貧弱な装備でも結果を出すレオン。
家柄と金で装備を手にした自分。
解体を易々とこなすレオン。
解体の苦手な自分。
噂の人物と知り合いというだけでちやほやされるレオン。
友人と呼べる者のいない自分。
どことなく余裕と風格を出し始めたレオン。
先程威圧された自分。
何もかもが気に入らなかった。
「アポロ」
アポロはそこでするはずの無い声を聞いて振り向いた。
「ザイドスせんせ…?」
なぜここにいるのか聞こうとする前にアポロの視界が暗転した。
アポロの口元にはザイドスによって布が当てられていた。




