2-21話
さっきまで化け物と戦っていたはずだ
それともみんなに料理をふるまっていたんだっけ?
勝手に記憶が遡られていく
犯罪者を捕まえて
仮面を手に入れて
ユナさんが死んじゃって
銀の牙と戦った
ベファナにお手紙届けて
ソゥルの森で蜂の巣を駆除して
ユナさんに出会って
配達の仕事を初めて
ダンジョンで誰かに呼ばれたような気がして…
『ぴよ?』
その声がすぐそこで聞こえる。
「…えっ?」
『ぴよ?』
走馬灯でも幻覚でもなく目の前にいたのは何かの雛だった。
二頭身の白と灰色…眠そうな目をしたペンギン?
「たまご…か…え…ったの…?」
ナナシの乾いた喉からは擦れた声しか出なかった。
『ぴよ』
雛は頷いた。じっとナナシを見つめている。
その後ろに巨大な火球がゆっくりと迫ってきていた。本当にゆっくりなのか生命の危機に瀕してスローモーションに切り替わってなのか判断がもうつかない。
『ぴーよ?』
雛がナナシに寄ってきた。
体を擦り付けて甘えているようだ。
すりこみって言うんだったっけ?
初めて見たものを親と思い込むこと。
僕を親と思っているのだろうか。
ならせめて親として雛を守ろうとナナシは覆いかぶさってお腹にしまい込んだ。
『ぴよ!ぴよ!』
雛は必死でもがいている。
「こら…でてい…っちゃ…だめ…らって…」
衰弱して力も入らない。小さな雛は抜け出してしまった。
迫る火球に立ちふさがる雛。
手を伸ばしても届かない。
HPは残り5。イメージの中で赤く点滅していた。
ぼん。
突如ダンジョンの中の空気が冷えた。何が起きたのかわからなかった。
『けぷっ♪』
足元から呑気なげっぷ。雛の膨れたお腹。もしゃもしゃくちばしを動かしている。
ごっくん。
「『はぁー!?はぁー!?はぁー!?はぁー!?』」
ベファナが倒れる。
繋がっている悪霊は苦しそうに声をあげている。
悪霊にも寄生しているベファナにももうマナが残っていない。
ナナシは朦朧とする意識の中最後のポーションを口に含んだ。
HPは1だけ回復した。
その1で立てるかどうかが大きく変わった。
重い。
鎧の留め具を外した。
剣を杖に立ち上がるついでに脱ぎ捨てる。
『が!?あっ!?えっ!?』
のたうち回る悪霊。
少しだけの後ろに回り込むために歩いたせいで体力が消耗。
…到着。
狙うは悪霊とベファナの境。
「ああ…ああ…」
擦れた雄たけびを上げてナナシは剣を突き立てた。
『ぎゃああああああああああああああああああ!!?』
なまくらの切れ味の悪い剣だ。傷はついても斬ることができない。何度も何度も突き立てる。
『あーっ!ああーっ!あああー』
悪霊の手に小さな火の玉が弱々しく灯る。それがふわふわと飛んできた。
かわす体力はもうない。
断ち切るのが早いか喰らうのが早いか。
ぶちっと切れる音がした。
火の玉との距離1m。
最後の力を振り絞って半分ほどになった境に再び剣を突き立てた。
「『ぎゃあ!』」
断ち切った。そして火の玉が背中に直撃した。動かなくなった悪霊と地肌を焼かれ痙攣するように悶えるナナシ。服に燃え広がって行くが倒れたおかげで床で押しつぶされて背中のは消えた。
『ぴよ♪ぴよ♪』
…こんなときに。雛はうれしそうな声をあげて近寄ってきた。危ない。腕で払おうとした。
「あ?ああ…」
すーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
服に移った火が雛に吸い込まれていく。
熱いのが消えて急に涼しく感じる。
助けてくれるつもりだったのかただ単にお腹が空いていただけだったのか。
ありがとうが声にできないので頭を撫でてやった。
羽をパタパタとさせているのがうれしいのかどうなのか。
名前…どうしよう?
『う…う…う…』
恨めしそうにこちらを睨み、悪霊がこちらに手を伸ばしていた。
何か言っているようだがわからない。
ナナシは舌打ちをした。
「…なけるぜ?」
確かこんな時に使う言葉のはずだ。
悪霊の体が膨らんでいく。
ダメだ。
せめて…。
そう思っているうちに今度は雛の方から潜り込んでくる。
すぴすぴ。
…おやすみ。
ナナシは雛を守るように腹にしまい込んだ。
ナナシの感じているのは熱さでも寒さでもなく温かさだった。
もぞもぞと動いている。ミウが小さい時に布団に潜り込んできたのかな。
手をお腹のあたりに持っていくとフカフカな…。
…小屋に火が回ったようだ。
赤が迫ってくる。
…僕も寝よう。
ナナシは目を閉じた。
どかん!
ダンジョン化が解けた小屋が爆発した。




