2-13話
ミウに揺られ不安定ながらも放った矢はボスと思わしき狼の前足に当たった。
急所にとはいかずともこちらに注意を引き付けることには成功した。
遠眼鏡でナナシが見た先には馬車が狼に囲まれていた。
応戦しているのには見たことのある人たち。確かなんとかの狼ってクラン。
「群狼は数は多いけど一匹一匹は大したことないわ。軍隊ミツバチに勝てるミウちゃんなら楽勝よ」
頷いてナナシはミウの力を引き出すために”ウサネコのお面”を装備した。
群れのうちの3匹がこちらに向かってくる。
「ミウ!降りるからストップ!降りたら突っ込め!」
『あーい』
二人が降りて身軽になったミウはさらに加速する。
『どけー!』
向かってきた狼は跳ね飛ばされるか踏みつぶされる。勢いのままミウは囲いに突入した。さらに駆けずり回り狼たちを蹴散らしていく。ボスが指示の雄たけびを上げる。しかし下級の狼では立ち向かってもミウに跳ね飛ばされるだけであった。
「今だ!逃げて!」
「悪い!助かった!おい!馬車を出せ!」
ループスが発破をかけると森の出口へ向かい馬車がのろのろと動き出した。
追おうとする狼は後ろから木に登り、場所を確保したユナに射抜かれていった。
残った下級の狼が全匹ミウに襲い掛かっていく。
撤退か追撃かボスは迷う。どちらかに決め雄たけびを上げようとしたその時ナナシが切りかかった。
「やぁっ!」
前足に傷を負い多少よろめいているが、ボスは斬撃を回避した。
ナナシはさらに追撃を加えるも回避される。
剣はかすったが丈夫な体毛はかすった程度では傷を負わせられない。
ボスのバックステップ。そしてナナシに飛び掛かった。まっすぐナナシの首を狙っていた。ナナシの景色がスローモーションに切り替わった。
『ご主人!頑張って!』
そこへ狼を蹴散らしながらの”応援”にナナシは体に力がみなぎるのを感じた。
ナナシが体をずらすとボスが空を噛んだ。
真横にある狼の顔に盾を叩きつける。
ギャンと悲鳴を上げた狼が落下を始める。
ボスが落ちる間の刹那にナナシは体制を直して剣を下に向ける。
どすっ。
狼は落ちて小さく跳ねたところを急所を一突きにされた。
ウォーーーーーーーーーーーーーーーーン!
断末魔の雄たけびを上げた。
予想外の大きさにナナシもユナも驚いた。
…完全に息絶えたようだ。
手ごたえを感じたナナシの景色が元に戻る。
剣に付いた血を払い鞘に納めた。
ミウは最後の一匹の頭に肉球を叩きつけた。
「…終ったようね」
「あの人たちは逃げ切れたかな」
「さぁ…?採取は軽くにしてナナシ君早くここから離れましょう。このままじゃ血の匂いが他の魔物を呼び寄せるわ」
『くさい~』
辺りは狼の死骸だらけだった。
なるべく状態のいいものだけを採取して採取に取り掛かった。
群狼の毛皮×10
群狼の肉×15㎏
群狼の爪×24
群狼の牙×30
下位の狼と比べてボスは丈夫で解体が難しい。
”解体”のスキルを持っているユナが解体している間、ナナシは素材の取れなかった狼たちを丁重に埋めていった。
群狼(長)の毛皮×1
群狼(長)の爪×2
群狼(長)の牙×2
仕留めたボスを丁重に葬った時だった。
ウォーーーーーーーーーーーーーーーーン!
先程の雄たけびのこだまが帰ってきた。
「…えっ!?」ユナがこだまのした方を向いた。
木が倒されているのかパキパキと木の倒れるか割れる音がする。
何かがこちらへ向かってきている。
『ヴォーーーーン!』
雄たけびと同時に巨大な狼が飛び出してきた。
「銀の牙…!なんでこの森に!?」
ユナが言った。
”銀の牙”
その名の通り銀色の体毛を持つ狼だ。鋭い牙と爪。
そしてその大きさはミウと同じくらい。巨大な狼だ。
迫力が違った。
名乗らずとも狼たちの王と認識させられるに十分だった。
鼻を二度ならし銀の牙はナナシの方を向いた。
『ヴォォォォォォォォォン!』
威厳を含む唸り声。ナナシとユナが竦む。
王者の雄たけびは強制的に竦んだ者の膝をつかせる。
突然ナナシの景色がまたスローモーションに切り替わった。
狼の習性として最も弱いと判断したのか先程の群れのボスの仇として狙ったのかナナシへと襲い掛かって来たのだ。
竦んでいても何が起きているのかは理解できた。
噛み砕かれる。この盾では受けきれず一緒に噛み砕かれるだろう。
『このお!』
ミウの声と共にスローモーションが元に戻った。
ミウには我慢できないことがある。
ヒゲを引っ張られること。
ご飯とおやつを取られること。
そしてご主人に危害を加えようとすることである。
渾身のウサネコパンチが狼の頬を殴り飛ばし、主人を救った。
怒りに震えるミウには雄叫びが効かなかった。
いやミウも大きさならウサネコの王だろうからか。
オヤジに殴られたことがあるか分からないがウサネコに殴られる経験は初めてだろう。困惑しながらも銀の牙はミウを睨みつける。
ナナシは膝をついたままだった。
「ナナシ君!大丈夫!?」
ユナの手を借りてナナシは立ち上がった。
「逃げましょう!」
ナナシの手がひかれる。
銀の牙が逃がさないとばかりに小さく唸った。
銀の牙の突進。
間に入ったミウが頭突きで受け止めた。
そしてそのまま組み合った。どうやら力は互角の様だ。
銀の牙はミウの顔に噛みつこうとした。
すんでのところで前足を間に入れて防いだが前足が噛まれた。
『ご~の~!』
食い千切ろうとする顎に対抗して前足に力を込める。
牙はこれ以上食い込めない。膠着状態に入った。
ユナが銀の牙の背に矢を放つも刺さらない。
ナナシが後ろから切りかかるのも尾で打ち払われた。
防御力もミウに引けを取らないようだ。
…逃げるのは無理だ。隠れても無駄だ。ミウが負けたらそれで終わり。
膠着が破られる。お返しとばかりにミウが銀の牙の鼻先に噛みついた。
『ギャン!』
たまらず銀の牙はミウから離れた。
血をしたたせるその顔には獲物に裏切られた怒りが現れていた。
『ヴォォォォォォォォォン!』
『みううーーーーーーーん!』
銀の牙が放った咆哮に負けじとミウも咆哮を放った。
咆哮のぶつかり合いが木々の葉を揺らす。
「ミウ!頑張れ!」
生死をかけた戦いの中で何とも間抜けだがそれでもナナシは必死で声を上げた。
千載一遇の好機を得た。
『ガ…ガ…!?』
ぶつけ合った咆哮に銀の牙の方が押し負け怯んだ。
「ミウ!体当たりだ!」『あい!』
怯んだ銀の牙に勢いをつけたミウの突進が決まった。
まともに受け体勢が崩れ急所が無防備になる。
「ミウ!お前も爪を使うんだ!ひっかく!」
『うん!』
ジョージで研いだ爪が煌めいた。大きく振りかぶる。それが鉈のごとく振るわれ銀の牙の喉笛を切り裂いた。急所に当たった。
銀の牙は倒れた。美しい銀の体毛が赤く染まっていった。




