2-10話
「お前さん最近ソゥルの森で狩りをしているのか?」
ギルドで仕事の掲示板を見ているとどすどすと足音を立ててギルドマスターがやってきた。
「そうですよ」『みうみう』
ミウが入って来てしまったので怒られると思ったけどどうやら違うようだ。
「お前さんの腕であそこを一人でってのはちょっと危険すぎやしないかい?」
「一人じゃないですよ」
『みうみう!』ミウが怒った様子で自分を指す。
「わかった!わかった!悪かった!お前さんが一緒だな!お前さんと一緒なら心強いなぁうん!」
そう言って宥めたがミウは目を細めてじっと睨んでいる。
特にユナさんがいるとは言わなかった。
「お前さんにちょっと頼みがある。あの森には魔法使いのばあさんが住んでいるんだ。最近あの森で魔物が増えているという情報が多く寄せられていてな。森の様子を聞きたいんでこの手紙を届けてきてくれんか?場所はここだ」
ナナシは”おばあさんへの手紙”と”ソゥルの森の地図”を受け取った。宛名のところにはキリエと書かれている。地図はユナさんに見せてもらったものと大体同じで森の中の道の中心辺りから北の方へ行ったところに赤く丸がしてある。
『みう~』
ミウを見るとわざとらしく唸りながらギルドマスターをにらんだままだった。相変わらず迫力はない。
「…ねぇママ?なんであの怖いおじちゃんウサネコちゃんに睨まれているの?」
「あのおじちゃん悪い人?」
ミウのにらみつけるによって起こったあらぬ疑いをかける子供たちの声と職員たちの忍び笑いが確実にギルドマスターの心にダメージを与えていた。
「…じゃあ頼んだぞ。人嫌いなばあさんだから追っ払われたらしょうがねぇ。報酬は何か飯をごちそうで勘弁してくれな」
『みう~♪』
飯というキーワードに反応したミウがポンと胸を叩いた。ミウも了承したので早速届けることに決まった。
門の前に行くとユナさんが待っていた。
「今日もまた森へ行きますか?」
「ええ。さっきギルドマスターから森に住むおばあさんへ手紙を渡すように頼まれたんですけど…キリエさんって方ご存知です?」
「ソゥルの森に住むおばあさんですか?…いいえ。知らないです。あの森におばあさんが住んでいそうな場所あったかしら…?」
とりあえず地図を見せてみる。おばあさんが住んでいるあたりはあまり獲物も生息していなくて行ったことのない場所だそうだ。
それで知らないだけかもしれない。
森に着くとコンパスで方角を見ながらミウの鼻と耳で探して進む。
「あれじゃないかしら」
古い小屋が見えてきた。
「…私はここで待っているわ」
そう言ってユナさんはミウから降りた。
ナナシは頷いた。ミウと一緒に配達員のぼうしを装備。
歩いて近づいていく。
戸はボロボロだ。ミウがノックをすれば戸が壊れてしまうだろう。
「ごめんくださーい」『みう~』
魔女の住む家だ。とんがり帽子にわし鼻のおばあさんがしわがれた声とともに現れるだろうと予想。
…しばらくしても返事がない。もう一度呼び掛けても返事は帰ってこなかった。
辺りを調べてみる。
裏には井戸があった。…水は枯れているようだ。
その隣に土が小さく盛り上がっている。そこに枯れ木が十字ではなく×の字に組み合わされて地面に植えられている。
留守どころか人が住んでいる形跡がなさそうだ。ここじゃないのだろうか?
『みうみう』
ミウの声に振り向くと自分と同じくらいの背の人がふらふらと歩いてくる。
ユナさんじゃない。黒いローブにとんがり帽子を被った人だ。少ない木の枝の束を重そうに持っている。
とりあえず手伝った方がいいだろうとナナシは駆け足で近寄った。
「こんにちは」
近づいてみると僕やユナさんと同じくらいの年の女の人だった。
見た目は若くても魔法使い。きっとおばあさんなのかもしれない。
色白で不健康そうに目の下にクマができている。
「知らない人?…シロクマ?」
『みうみうー(ウサネコだよー)』
急に持っていた枝の束を下に捨ててミウに抱き着いた。
「シロクマ…ふかふか…」
ミウがみうみうと必死にシロクマではないことを訴えている間にとりあえずナナシは枝を拾って集める。
「あの…キリエさんでしょうか?」
「ベファナ」
振り向いてキッとナナシを見据える。
「え?」
「あいあむベファナ」
そう言って魔女はナナシのあごを掴み引き寄せ口づけをした。
「――――――――ッッ」
咄嗟のことに反応ができず拾い集めた木の枝を落とした。
…何秒立ったのだろう。
魔女がナナシを軽く突き飛ばし口でつながっていた糸が切れた。
「お客さん?」
しばらくして我に返ったナナシは何ともつかない声をだす。
「あっ?えっ?」
「お客さんなら?上がって?シロクマもだよ?」
『みうみうー!』
怒るミウと戸惑うナナシ。ベファナと名乗る魔女は何事もなかったかのようにゆっくりと小屋へと歩いていき小屋の戸を開けた。
「…早く」
…怒られてしまったので小屋の中に入った。
小屋の中はミウが入ればいっぱいだ。そんな小屋の中は真ん中に囲炉裏があるだけだ。生活に必要な道具が見当たらず全く生活感がない。
「座る。お客さんごめん。床座ってシロクマも」
『みうみう~』
不満そうにペタンと丸くなるようにナナシの後ろに座った。
「えっと…キリエさんは?」
「おばあちゃん」
それだけ言うとわかるでしょと言わんばかりに黙ってしまった。
どうやらベファナさんはキリエさんの孫らしい。
「キリエさんは…どちらに?」
「わからない。…この間死んじゃった」
それから少し黙ってからベファナは話し出す。
「おばあちゃん死んじゃってからお客さん初めて。どう?ベファナちゃんと挨拶できた?」
無表情だがワクワクしているように聞こえた。
先程のキスはあいさつのつもりだったらしい。
「えっと…さっきみたいな挨拶はあんまり…?」
思い出して顔が赤くなったの感じていた。
「おばあちゃんよくしてた。…ちがった?」
ゆっくりと頷いた。
「そう…?挨拶どうする?」
「『こんにちは』って頭を下げるだけで…」
「こんにちはシロクマ。こんにちは…あなた誰?」
ベファナは頭を下げて言った。
「ナナシです。こっちがウサネコのミウです」『みう!』
「こんにちはナナシ。ミウ。ベファナの方がいい名前。おばあちゃんそう言ってくれた」
そう言って胸を張った。
キリエさんが亡くなってしまったらしい。
とりあえず孫のベファナさんに手紙を渡して早く帰ろう。
「えっとベファナさん」
「ベファナ。あい・あむ・べ・ファ・ナ」
「…ベファナ」
「何ナナシ」
「これキリエさん宛ての手紙ですが…」
「いただきます」
「食べないでくださいね」手を合わせて言ったのでそう釘を刺した。
『みう~?』余計な突込みを増やさないでくれ。
ベファナが首をかしげながらつまむように封を開けて手紙を取り出す。
指先で手紙を広げてしばらく眺めて首をかしげる。
「…どうかしましたか?」
「読めない読んでナナシ」
突きつけられた手紙を受け取りナナシは読んだ。
「えーと…”キリエ様。近頃ソゥルの森にて多くの魔物の目撃情報があり町への物資の運搬にも影響が出始めております。お過ごしの森で何か変わったことはございますでしょうか。何かございましたら手紙の配達人へお伝えください”」
「…どういうこと?意味わかんない」
「最近何か変わったことはなかったですか?」
「いつも通り」
『みう、みうみう』
ミウがつついてきたので帽子を脱いでお面をかぶった。
『ご主人、お外に蜂』「いつもの?」『うん』「何匹?」『一匹』
「ナナシそれかわいい。どうしたシロクマ?」
「外に兵隊ミツバチが出たみたいで」
「はち?」
「外にいるみたいで…」
「焼いてくる」
ベファナは立ち上がると袖に手を入れて杖を取り出した。
杖は真ん中あたりで折れてひん曲がっている。
戸を開けると羽音がナナシの耳にも聞こえた。
折れたのを戻して蜂に先を向けて唱えた。
「”ファイアアロー”」
弾ける音と共に杖の先から火の矢が飛び出した。衝撃で杖がまた折れた形に戻る。
『ギッ!』
蜂はぼっと音を立てて火の玉へと変わり、地面に落ちる前に燃え尽きた。
「おばあちゃんから教わった。落ちる前に焼き切る。火事にしない」
ベファナはナナシに杖を突き付ける。
「私…強いよ?”魔法使いLv2”だよ?”火魔法Lv2”だよ?」
杖を向けられたナナシは両手を上げ降参の意を示す。
「ベファナえらい?」
ああやって魔物を退治しておばあちゃんに褒められてたんだろう。
「えらいと思います」
魔法が使えるのだから素直にそう思った。
「最近蜂は多いですか?」
「あと狼もだよ。トレントも芋虫も餓鬼もいる。シロクマも出た。あとあとえっと…」
森の魔物を上げていく。シロクマは今のところ見たことないからミウのことだろう。最近が魔物は増えているのだろうとナナシは受け取った。
…もうそろそろ帰ろう。
ユナさんも待たせたままだ。
「分りました。じゃあそろそろ帰りますので…」
一礼して背を向けると袖をつかまれた。
「ナナシとシロクマ」
もうミウは否定もしない。
「何です?」
「明日も来る?」
「明日はたぶん…来ないです」
「そう…」
「今度は遊びに来ますね」
「待ってる」
お見送り。ベファナが家の中に入ったところでユナが姿を現した。
「どうでした?」
「キリエさんは…亡くなられたみたいです」
「あら?手紙はどうしたの?」
「代わりに孫のベファナさんに渡してきました。ギルドマスターから変わったことないか聞いてくれというものでしたが…よく分からないですけど魔物が増えているようです」
「やっぱり…。魔物狩りとしては獲物が増えるのはうれしいけど蕃殖の時期でもないのに何かあるのかしらね」
『みう~』ミウがため息をついた。
「どうしたのミウ?」「ミウちゃんどうしたの?」
『ご主人…ぼく…シロクマ?』
「ウサネコだよ」ナナシはミウを撫でてやる。
「どうしたの?」
ナナシはユナに先程のやり取りを説明した。
「ミウちゃんは立派なウサネコだよ」「そうだよミウ」
((…たぶん))
二人はそう心の中で付け加えるのだった。




