2-9話
ナナシとユナがソゥルの森での狩りを初めて一週間。
順調に稼ぐことができていた。
様々な装備を揃えたりしながらも今のところ貯まっているのは100万エン。
ナナシの装備は革の鎧を新調し、新たに短弓が加わった。
ユナに簡単な手ほどきを受けてから毎朝練習していた。
ただ腕はそう上達はしない。
今のところは動かない的には何とか当たるくらいで腕前はいいところ下の中。
本格的に教わった方が上達するだろうけどそこはお金を惜しんでいた。
卵はまだ孵らない。
おじさんに見せたところまだまだ時間がかかりそうとのこと。
色々と先は長そうだなと思いながらミウに乗り町へ行く。
待ち合わせの時間よりだいぶ早く来てしまった。
今日は先にギルドに行ってみることにした。
尋ね人の掲示板を見に行く。
相変わらず自分に関係ありそうなものはない。
仕事の掲示板の方にも適当な仕事はなかった。
「おい!」
声のした方をチラッと見ると美人のお姉さんがいた。
お姉さんと言っても少しナナシより一つか二つ上なくらいだろう。
目のやり場に困る露出の多い鎧姿だったのでナナシは慌てて目をそらした。
自分が呼ばれたのではない。
そう思って行こうとすると肩を叩かれた。肉球は柔らかい感触だった。
「おい!無視するな!」
振り返ると先程のお姉さん。
その後ろにはそのお姉さんの仲間と思われるお姉さんが2人。
用があるのは僕らしい。
お姉さんは背丈はナナシと同じくらいだが背伸びをしている姿勢のようで並ぶと少し見下ろす形になる。
首回りががっしりしている。
裸足に素手と武器の類は持っていない。
鎧も最低限で身軽さを重視した急所を守る為だけの俗にビキニアーマーと呼ばれるものだ。硬そうな毛で覆われて防具も必要がなさそうだ。
なめらかな鼻筋に野性的な目をしている勝気な美人。
そこに犬の耳がぴょこんと立っているのが可愛さを引き出していた。
犬ではなく狼の獣人だろう。犬より野性的な雰囲気が漂っている。
後ろのお姉さんは長身のダークエルフと小柄なヴィーク。
長身に眼鏡と理知的なダークエルフのお姉さんは緑色のローブに木製の杖と”魔法使い”か”聖職者”の装い。
見た目は子供でも雰囲気が大人のヴィークのお姉さんは軽装の鎧に弓とユナさんと同じ”狩人”の装備。白い毛並だ。猫とも犬とも違う。イタチ?
3人とも野生的と理知的と小動物的ととはタイプは違うが美人。
そして同様にどこかガラの悪い雰囲気があった。
(…なにかしただろうか?)
目のやり場に困ったナナシはとりあえず狼のお姉さんの顔に目をやった。
狼のお姉さんの顔がちょっと赤くなった。
悪いことはしていないのだ。堂々と目を見つめた。
「なんでしょうか?」
刺激しない様穏やかに言った。
「えっああ…えっと…その…あなたは…」
しどろもどろの狼のお姉さんの顔がちょっと赤くなった。
狼のお姉さんにダークエルフのお姉さんから頭へ手刀、ヴィークのお姉さんからは腿に蹴りが入った。
「ちょっとループス!しっかりしなさいよ」
「楽勝とか言っときながらこのざま…」
「しょうがないだろ…だって情報屋が言っていた以上に…」
「それはわかるけど…」「激しく同意」
ミウと一緒に過ごしているせいだろうか最近耳が良くなった気がする。
…お姉さんたちは特に問題はなさそうなので気にせず行こうとした。
「ああっ!ちょっと待って!………コホン。アタイは”女狼の牙”のループスってんだ」
「ヒュプノよ」
「ジニ」
狼のお姉さんが手を差し出された。エルフのお姉さんが微笑みながら名乗りヴィークのお姉さんは呟いただけだった。
「…ナナシです」
迷ったが自分も名乗って握手に応じた。
お姉さんの肉球に触れてみたい気持ちに負けた。
手のひらが肉球に触れた。何とも言えない幸せな気持ちになる。ミウにも負けないかもしれない。
「ナナシか。あんたソロの魔物狩りなんだろ?物は相談なんだが…うちのクランに入ってくれないかい?」
「えっ?」
「見ての通りうちは女だけのクランでね。女だけだと何かと厄介なこともあってね…悪いようには…しないからさ?」
「前衛の方がいてくれるとお姉さん心強いなぁ」「(コクコク)」
狼のお姉さんはナナシの両手を取り包むように合わせた。
お姉さんが獲物を狙う肉食動物の目になっていた。
…?
つい最近どこかで同じような目を見たことがあるような気がした。
後ろのお姉さんたちも妖艶に微笑んでいる。
「すいませんが今は組んでる人がいますので…」
微笑んで断りを入れた。
すると逃がすものかと腕をつかまれた。
「ちょっと!つれないじゃないかい」
「君みたいなかわいい子私のタイプなんだけどなぁ?」
「おにいちゃん」
突然女性に迫られて困惑するナナシ。
次ループスから発せられた言葉はナナシをさらに困惑させるものだった。
「おにーさんがキマイラでも…」
口に出した瞬間不味いと感じたのだろう。慌てて口を紡ぐが遅かった。
「バカ!ループス!」「デリカシー無さすぎ…」
キマイラ。
…何のことだろう?
気まずい空気が流れるがナナシには何のことだか分からないのでどんな顔をすればいいのだろうか。
『みうー?』
ご主人のピンチに相棒登場。本来大きな魔物の入場は許可がいるのだが特にもう誰もとがめはしない。
3人のお姉さんは突然現れた巨大なウサネコへと意識が向き戸惑っている。
『みうみう!みう!』
その隙にこれは僕のだよ!と言わんばかりに間に割って入りナナシを抱き寄せる。
「な!なんだいこいつは!」
狼のループスとは合わないのだろう嫌そうな顔をしたミウはフンと鼻息をループスに吹きかけた。
「キャッ!?」
『みうみう♪』
尻もちをついたループスを見て満足そうに鳴き声を上げた。
ナナシを咥えて上に放り投げて背中でキャッチ。
「このデブネコ!」
『みうみう~♪』
ループスが立ち上がった時にはもうミウは玄関へと逃げ出していた。
慌てて追おうとしたが騒がないでくださいとギルドの職員から叱責を受けることになり失敗したのだった。
「…何だったんだろうね?」『みうみう?』
いつもの様に待ち合わせ場所に行くとユナさんは待っていた。
ミウに乗って森へと移動。
「どうかしたのですかナナシさん?」
「え?ああ…いや…」
「キマイラって何のことだろうなって」
「!!」
「さっきギルドで絡まれたときに言われたんですけど…」
「なんてことを…」
「えっ?」『みう?』
どうやらひどいことを言われていたらしい。
「ユナさん?それ…どう意味なんです?」
「ナナシさん、キマイラって魔物は…ご存知ですか?」
頷いた。
初級魔物図鑑にもドラゴンなどと並び強い魔物の項に載っていた。
始まりは古代の”錬金術師”と”魔物使い”を極めた者が生み出した異質なものを合成させて生み出された魔物の総称だ。挿絵には角の生えたライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ獣の絵が描かれていた。
「キマイラは…異形と意味を込めたハーフの方への侮辱の言葉です」
「ああ…なるほど」
要は化け物呼ばわりされたってことか。あの人たちに悪気があったか分からないが言葉としてはものすごい侮辱なのだろう。
しかし今一つピンとこなかった。
化け物。化け物。化け物。
言われたのがこれが初めて。言われてみると中々新鮮だ。
何度頭の中で反芻させても何が?どこが?としか思い浮かばない。
記憶を失う前にはひょっとしたら言われていたのかもしれない。
その時僕はどう思っていたのだろうか。
「ナナシさん…その…大丈夫ですか?」『みーう?』
「…」
ふと気づいた。
ユナさんは化け物と言われ続けてきたんじゃないかと。
失礼な想像かもしれないと申し訳なく思ってもそれは確信だった。
子供の時からの火傷。周りの子供たち…下手すれば大人から。
想像がエスカレートしていく。
周りから石を投げつけられている小さな子が火傷を隠すために仮面をつける姿が浮かんだ。
それを想像なのか事実なのかはナナシ聞くことができなかった。
「僕は大丈夫です」
それだけはナナシは胸を張って答えるのだった。




