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見習いナナシの仮面劇  作者: ころっけうどん
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1-17話

「げぶっ!?」


スリの男は地面を転がっていた。

咄嗟に腹を押さえスリは呻く。


(あのにいちゃん何しやがった!?)


腹に仕込んであった防具で痛みは防げても衝撃は殺せなかった。

スリは前蹴りでみぞおちを蹴り抜かれたことに気付けなかった。


ナナシにはスリの男が切りかかる姿がゆっくりに見えていた。

スリが僕を殺そうと剣を振り下ろす。

でも斬りかかる為に腕を振り上げたせいでスリの腹はがら空きだ。

剣で傷つけることにまだ抵抗があったナナシはそこを蹴り込んだ。


不思議な感覚だ。周りはゆっくりなのに自分だけがいつもと同じ速さなのだ。


”応援”…ミウのおかげだろう。冴えているせいかなんとなくわかった。


危険が脳を極限まで活性化させていた。

危機に陥った時に全てがスローモーションに感じる”タキサイキア現象”。


ナナシの脳はここ数日の間に身の危険を連続で感じたことによって、身の危険を感じると時間の流れがゆっくりと感じる癖がつきつつあった。


そこへ”応援”による肉体の活性。

ナナシは俗に”ゾーン”と呼ばれる極限の集中状態に近い状態に至っていた。


「てめぇ!」


スリは声だけは威勢よくなんとか立ち上がろうとしながら剣を拾いに行く。

よたよたと歩く姿がナナシの目にスリと餓鬼のイメージが重ね合わせていた。


…やろう。


冷たくそう覚悟を決めたナナシは剣を構え助走をつけ跳んだ。


「げぇっ!」


予想外の速さに反応の遅れたスリの男はなんとか剣を拾う。


防御の体勢を取るのがやっとであった。


上からの斬撃に備え剣の峰に手を当てる。


「あああああああああああああああああ!」


ナナシは叫ぶといつも餓鬼に振り下ろす様に躊躇うことなく振り下ろした。


金属同士のぶつかる音が響く。


そしてナナシの剣が床を叩いた。


床が赤く染まる。


炎の様に波打つ剣は真っ二つに折れた。


「ぐっ…ぎっ…がっ!」



スリの手は切り落とされていた。

勢いよく血を吹き出していた。ナナシにかかった。

ナナシは目を背けた。


濃い金属がさびたような臭い。

餓鬼やホーンラビットの時とは明らかに違う手ごたえに鳥肌が立っていた。


殺すつもりだった。


なのに踏み込みが甘かった。

どこか躊躇いがあったのが自分で分かった。


それよりもミウ!


そう気持ちを切り替えた。


駆け寄って抱き上げた。小さく痙攣していた。死んでいるのか生きているのか。

深々と刺さったナイフを引き抜こうと柄に触れた。


抜いたら血が噴き出してそれが止めになってしまうのではと気付いた。


どこかどこか治療をしてもらえる場所を。


咄嗟に思い付いたのはおばちゃん、孤児院、教会。


目的地を設定しました。


「いでぇよ…いっぎ…」


後ろから聞こえてくる声が餓鬼の様に不快に思えた。


罰だ。


そう切り捨てたナナシは振り返らず全力で駆けだした。


路地に迷い込んでいたがすぐ見覚えのある通りに出れたのは運が良かった。

ひと月通っていればいい加減覚える。

あとはこの通りを出てまっすぐ行けば孤児院だ。


途中目に入った教会はみな人が大勢並んでいた。


おばちゃんの所まで走るしかない。


「キャッ!?」


飛び出してきた下半身が馬のご婦人。失礼しました。


「おい!止まれ!」


兵士のお兄さん。お勤めご苦労様です。でも今は邪魔です。


ウサネコのお面をつけてナイフの刺さったウサネコを抱いていれば不審者か。


スリとは言え…手を切り落とせば過剰防衛になるのかな?


まぁいいや。ミウが助かったらいくらでも捕まえてくれ。


「あの方…大丈夫なのでしょうか…」


「あのにいちゃん…大丈夫か?」


出血により顔色は周りから不安がられるほどに青白くなっていた。


自分の手当を忘れていた。


自分のケガと浴びた返り血で点々と石畳に道しるべを作っている。


何で寒いのに汗が出るんだろう。


抱いているミウは寒くないだろうか。


震えながら少しだけ力を込めた。


壊れてしまうんじゃないかと思って力を抜く。


繰り返しナナシは走り続ける。


ミウとの思い出が走馬灯のように映っていた。


初めて会った時は餓鬼にミウが襲われていた時だった。


それからどこを気に入ってくれたのか懐いてくれて。


野生のウサネコで幸運の象徴。


朝は大体決まった時間にお腹が空いたと起こしに来る。


好き嫌いは無いけど特に魚が好き。


夜寝るときは子供たちと寝ていてもいつの間にか布団に潜り込んできた。


ベニちゃんのスラちゃんとはいいライバル。


僕の頭が定位置で帽子みたいにあったかい。


最近大きくなって重くなってきた。


いつも甘えてきて毛づくろいをしようとしてべたべたにされる。


周りに愛想を振りまいて誰からも好かれてる。


孤児院で子供たちのおもちゃ。


お面のおかげで話せるようになってからは色々お話ししてくれた。


ミウの”応援”のおかげでクレハさんから一本取れた。


狩りに出かけてからも鼻と耳で獲物を探してくれた。


ホーンラビットはいじめっ子みたいで追っかけられている。


時々吠えるのもスリも…嗅ぎ分けられてたんじゃないかなきっと。


気づいてあげられなくてごめん。


最初に出来た友達。もっと話しておけばよかった。


あれ?痛い?痛くない?


教会うっすら見える。


あともうちょっと少し。


柵蹴ったら壊れた。


もうダメ?


ドアぶつかた。


ゴール。


なんか聞こえた。


教会の扉に飛び込んだ瞬間ナナシは気を失った。

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