8-8話
7日目。基礎訓練最終日。
今日はいつもの行軍の後に各部隊ごとに誰が一番強いのか仕合を行う。
行軍を終えて少しの休憩中。ナナシは武器の準備をしていた。
ミウがその後ろでシャドーボクシング。
仕合には”魔物使い”は魔物を参加させてもよいのだ。ルール上ミウも参加が許される。
アイツも参加するのかとため息交じりに聞こえてくる。
ごめんなさい。僕はミウがいないといいとこ3流なのです。
ミウに乗って戦うなら剣よりも槍の方が良い。当てられなくても持っているだけで牽制になる。
真面目にやらないと怒られる。
「ついてこい」
木の槍を取って合うのを選んでいたナナシの襟首が掴まれた。
そのまま後ろに引っ張られる。
声の主は猛禽類女史である。そばにはコタローとコジローが控えていた。
「ウサネコも来てくれ」『みうみう?』
「あのっ?これから仕合じゃ?」
「あんなもの出なくていい。ウサネコが出るんじゃ意味がない。もっと有意義な時間を貴様にくれてやる」
触らぬ神に祟りなしとナナシを助ける人はいなかった。
ミウもナナシに危害を加える気が無いと分かっているのかついてくる。
転ばないようにするには後ろ歩きをする他ない。後ろ歩きのまま試合の行われる場所の裏手へと連れていかれた。
「何をするんでしょうか?」
「コタローとコジローの訓練に付き合え」
僕のではなく2匹の訓練?
「ウサネコと一緒に本気でかかってこい。こちらも本気で相手をする。貴様には少しばかり”魔物使い”の神髄を見せてやる…”融合・オルトロス”!!」
エルサが鞭で地面を叩くと2匹の足元に幾何学図形が現れた。
コタローとコジローが図形の中に沈んでいく。完全に飲み込まれた。
2匹のいた真ん中に新たな図形が現れる。
そこからナナシもミウにも見たことのない魔物が姿を現した。
「オルトロス。神話にも出てくる双頭の番犬だ」
向こうから歓声のような声が聞こえる。仕合が始まったらしい。
二つの首にはそれぞれコタローとコジローにあった傷がそのままだ。
毛の質からミウよりは小さく見える。しかしぴったりと密着するように生えた毛は引き締まった体を引き立たせていた。
「”融合”を見るのは初めてか?複数の魔物を1匹に集約して強化する方法だ。よく覚えておけ。これだけではないが”魔物使い”の力量を測れるものだからな。ウサネコに乗れ、乗ったら開始する。…ああ回復魔法を使うのに必要ならお面をかぶれ」
『みう!』
準備をしてもしなくても戦うことになるだろう。なら準備をする方が賢い。
命令に従うよう躾られてしまっている。
”ウサネコのお面”をかぶりたいところだが、かぶったらふざけているのかと叱られそうだ。まぁお面がかぶれるならいくらかマシか。
”女神の仮面”をかぶった。そして言われた通りにミウに乗って木の槍を構えた。
「行け!」
『『ヴァウ!!』』
応えるようにコタローとコジローが吠えた。
『みう!』
2匹の威嚇にミウが吠え返す。
昔”銀の牙”と戦ったあの時とは違って生命の危険はまで感じない。そのゆるみが心に隙間作っていた。ナナシは竦みあがった。その隙にオルトロスが駆け出した。
速い。
ミウもナナシも戸惑う。
自分より速さが上の相手は初めてだ。
目で追えないことは無い。
素早くミウは方向を変える。ナナシも振り落とされまいと必死だが相手から目は放さない。バニラのやったミウに乗って障害物を乗り越える訓練が活きていた。
オルトロスは攻めるタイミングをうかがいながら駆け回る。
一瞬死角へもぐりこむとその隙に距離を詰めてきた。
向きを変えたミウと助走をつけたオルトロスがぶつかり合った。
ミウも少々仰け反ったがこらえた。重さの分ミウが勝った。
衝撃を殺す為にオルトロスが大きく後ろへ飛んだ。再び駆け出す。
「がんばれミウ!」『みうー!』
ミウが跳ぶ。着地地点にはオルトロス。余裕を持ったまま回避された。
ミウが逃げるオルトロスを追う。
しばらくはお互いに追っかけっこが続いた。
距離が開いた。
「ミウ止まれ。追っかけなくていい」
『みう?』
「こう逃げ回るなら何か相手は企んでいるよ」
『みうみう』
ナナシはミウに回復魔法をかける。
焦れてくるのはコタローとコジローの方だった。
今のナナシは知る由もないが2匹の融合は魔法による一時的なものだ。
MPが切れれば解けてしまう。
速さは2匹、質量はミウ。速さと質量の掛け算の結果はミウの勝ち。
解けてしまえば2匹はまずミウには勝てない。
ナナシを乗せていても体力はミウに分がある。
不利なコタローとコジローが勝負にでた。
方向転換してミウへと向かう。
加速。
「ミウ構えて!」
ぶつかり合いに備えさせた。
コタローとコジローの狙ったのは組み合いだった。
双頭と目が合う。息が吹きかけられる。
(…狙いは僕か!)
木の槍で頭を狙う。
ガブッ!
「あ」
ナナシから間抜けな声が漏れた。
ミウの両耳が双頭に噛まれてしまった。
狙いはナナシじゃなかった。ミウの急所の方だった。
こうなってしまってはほとんど決まりだ。
回復魔法をかけてもジリ貧。
ミウが力を入れるのに合わせて嚙む力を強くされる。
ミウはもう動けない。
「ミウ降参しよう」
『みうみう!…みうー』
いやいやと首を振るが耳が引っ張られてしまい痛い。
「そこまでだ」
エルサはコタローとコジローの融合を解いた。
元の状態に戻った2匹は大きくハァハァと呼吸して地面にへたり込む。
相手もギリギリだったようだ。
ここまでやれたのなら満足だ。…やったのはミウだけど。
ナナシは回復魔法をかけ頬をなで慰める。
周りからは拍手がわく。仕合で敗退した兵士達がこちらの観戦に来ていた。向こうの声が聞こえないからみんなしてこっちに来たようだ。
コタローとコジローと指して地面をバンバン叩く。
『みうみう!』
2匹がかりでずるいと言っているようだ。
さっき僕もいたじゃんとほっぺた突いて抗議してやる。
あでも”魔物使い”としてエルサ大尉がいたなら2対3だろうか。
「ウサネコ、強くなりたいか?」
『みう~?』
「私の所に来れば強くしてやれるぞ?」
『みうみう』いやいやと首を振ってナナシの頭の上にあごを置いた。
「ふむ…やはり入隊させるほかないな」
「うちのを引き抜かんでくれませんかね」
ふらりとショワンを背負ったシクステンが現れた。
エルサ大尉の前に立つとショワンが背中から降りてミウの方へ駆け寄る。
降りる一瞬にショワンの背中にポーションを乗せた。
「ふん…こいつは貴様と違って根性がある。兵隊向きだ。私によこせ、いや預けていただけないでしょうか?シクステン”殿”?」
「いやまぁ私よか根性あるのは認めますがね?彼は優しすぎて兵士に向かないと思いますよ」
「なに?」
「まぁそうゆうわけで」
シクステンはエルサに背を向けナナシの方を向く。
「おい!」
「早く戻った方がいいですよ。今日はまだこれからやることが残ってるしお忙しいでしょ?」
「チッ…よく考えておけ。貴様ら!まだ仕合中だろう!とっとと戻れ!」
どやしつけられた兵士たちが慌てて散っていく。
「貴様もさっさとこい」
そう言って行ってしまった。
「ナナシ君お疲れさん。”融合”を使うあの猛禽類女史相手にあそこまでやれるなら大したもんだ」
「”融合”?」
「一流の”魔物使い”が使う奥義の一つで一時的に手持ちの魔物を混ぜ合わせて強化する技だ。例えば…ウサネコとショワンを融合させたら岩の鎧をまとったようになるんじゃないかな?」
『みう!?』ショワンを抱いて顔や頭や胸に押し付け始めた。
「ナナシ君に早くレベルアップしてもらえ」
『みう?みうみう?』
「…もうちょっと待ってね」
もうちょっとで足りるか分からないけど。
◆
食べることに訓練が要る。
休むことに訓練が要る。
眠ることに訓練が要る。
普段何気なくやっていることをどのような状況下でも行うには訓練が必要だ。
次の訓練は廃水が流れる流域にある草木の生い茂った離れ小島で行われる。
「課題を発表する!まず水の確保だ。人数分の水を確保しろ!そして夕食を用意しろ!食材はここにある!道具も渡してあるし、そこらに落ちている!難しいことは言っていない!必要なことは全て説明してある!以上だ!始め!!」
用意された食材は生の魚だ。生で食べるのには少々勇気がいる。
周辺の水は泥水だ。他にもゴミが混じっている。ちょっと上澄みだけすくっただけじゃダメそうだ。
渡された道具はナイフ1本とバケツ。期限は夕方の夕食の時刻まで。
「まぁどうとでもなるわよ」
普通なら水をろ過する時間を考えるとそんなに余裕はないがナナシ達にとっては楽勝だ。
”狩人”のセンスのあるアリスがいる。
火を簡単におこせるベファナがいる。
”浄化”と”料理”のできるナナシがいる。
「料理は任せてください」
ベファナとアリスが頷く。2人がナナシを信用している分野の中では断トツかもしれない。
アリスの指示に従って場所を選ぶ。
ミウとアリスとベファナが森の中へ果物を探しに行った。
先程の訓練で消費したMPを回復するためナナシはじっとお留守番だ。
しばらくしてみんなが帰ってきた。
薪になりそうな枝と香草。そして芋を掘り出してきたらしい。
『みうみう~♪』
「おやつに食べようか」
”料理”のスキルを持っているから作った料理を食べた方が回復が早い。
まず肉と魚を香草で包む。さらに泥で覆う。そして湿らせたを土をかぶせてその上で火を焚いてしばらく待てば出来上がり。サバイバルの蒸し焼きの作り方だ。昨日サバイバルの調理法の本で読んだ。
芋を木の枝に刺して焚き火の周りに並べる。
午前中の訓練で消耗してまだ回復しきっていない。
バケツ一杯の水を”浄化”するのにMPを2消費した。
ろ過するのとMPが回復するのはどちらが早いだろうか。
「ミウ犬に負けたの?」「ミウちゃんオルトロスと戦ったんだって?」
『みう~』
「こらミウ動かないの」
みんなでミウのブラッシング。ベファナへの猫パンチを阻止する。ぐでーっと寝そべって不機嫌そうに尻尾でのちょっかいに切り替えた。
焦ることは無いので気長に回復するのを待つことにした。
『みうみう』「おいも焼けた?」
割ってみると中は黄金色。
『みうみう』
「熱いから待っててね」
とりあえず半分こにして冷ましてあげる。
ナナシとミウは焼き芋を食べた。MPが1回復した。
「訓練中にウサネコの手入れをしているのは初めて見るな」
マーチン准佐だ。3人と1匹が敬礼する。
「ずっと見ていたが余裕そうだな」
「すみません…」
「謝ることは無い。取れるべき時に休息は取るべきだし油断は良くないが余裕はあるに越したことはないのだ。風向きから良い場所も選んでいる。”怪獣使い”殿が調理をしている間も警戒する人員は割いている。…それ食べ頃ではないか?」
「おひとついかがです?」「うむ頂こう」
再び”浄化”を使う。これで水が確保できた。
マナを使い切って軽い頭痛に襲われる。
焼き芋の欠片を口に入れた。
『みうみう?』
「食べごろ?」
蒸し焼きにしていた魚も焼きあがったようだ。
1つ試しに掘り出して泥をはがす。泥と一緒に鱗もはがれてくるのでこのままたべられそうだ。とりあえず一口。少し泥の癖があるけど悪くない。
「さすが、魔法を使えると早いな。すでに終わらせたところもあるがその者達と比べても炊煙に気を配っているしきちんと毒草を見分けて料理をしている。”賢者のフラスコ”諸君は合格だ」
ナナシ達は頭を下げる。
『みうみう?』
「うむ試験は終わった食べてよいぞ」
『みう~♪』
「明後日よりダンジョンでの本格的な訓練だ。活躍を期待しているぞ」
「はい」
厳しい訓練とはいえたった7日間の訓練で大きく変われるわけではない。
ただ少しは変われた。サバイバルの為の知識は覚えていて損はない。
魔法が使えるとそれだけでサバイバルは有利である。
「僕も結構活躍できるんだなぁ…」
「前々からずっと言ってるでしょ?」
怒気をはらんだアリスの視線は刺すようだった。
とりあえず自分の価値の理解が進んだのが今回の一番の収穫だった。
こうしてナナシ達の基礎訓練は終わった。




