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見習いナナシの仮面劇  作者: ころっけうどん
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8-4話

「いってらっしゃいませ」

「いってくるよ」


以上兵士達との訓練に出発する日の朝のシクステンとバニラの会話である。


どこへ行くのか?いつ戻るのか?


何か話をするかと思いきやナナシ達の見ている前ではしていなかった。

掲示板に詳細は書いてある。本当に必要最低限のやり取りしかないようだ。先日よりギクシャクしているのをまだ引きずり続けている。


家の居心地が少し悪かった。

食事の時など顔を合わせると空気が張り詰める。


「気をつけてな。アリス殿ベファナ殿、ナナシ殿を頼むぞ」

「任せて」

「私がいるときは守ってやれるが今回のような場合はミウ殿が頼りだぞ」

『みう~』


「ナナシ殿」

「はい」

「無茶はしないでくれ」

「…僕そんな頼りないです?」

「ナナシ殿は私に不敬を働けと?」

「そこまで」


まぁ振り返ってみればお察しである。

戦闘は3人任せである。

一応ナナシも剣に盾に弓に槍と武器を扱えるが自分の身を守るのがやっと、良い装備のおかげでどうにか食らいついてる程度だ。

食らいつくために良い装備を手に入れるのもそれはそれで重要なのだが、装備も大抵他の人頼りである。言われて気分の良いものではないが、否定できるほどの材料は持ち合わせてなかった。


ナナシ達は町の集合場所へと向かった。


『みう~』「zzz…」


ミウが不機嫌である。シクステンがミウの背中で眠っていた。


「ひさしぶり~!!」


誰かに駆け寄ってきた。


『みう!』「むぎゅ!?」「あだっ!?」


ナナシを慕う狼の獣人のループスだ。

ナナシに飛びつこうとしたループスの顔にミウの肉球。

肉球に勢いを吸収されたループスは地面に落下。

ついでにシクステンも落下した。


「何すんだ!デブネコ!」「いてて…何やってんだウサネコ」


「「ん?」」ループスとシクステンが顔を見合わせる。


「おじさん誰だ?」「知り合いかウサネコ?」


『みうみう!みうみうみう!』


あれあれ!やっつけて!とシクステンに言うくらいミウはループスが嫌いらしい。

ループスは一瞬ミウに威嚇をした後シクステンに向き直る。


「おじさん?あんたこのウサネコに乗ってたのか?」


「うん」


「おじさんナナシのクランのメンバーなのか?」


「そうだよ」


「新入りか?」


「いや?だいぶ前から入ってるなぁ」


「おじさんみたいな人いたっけかなぁ…」


ガン!


追い付いてきたループスの同僚であるダークエルフのヒュプノがループスの頭を杖で思いっきりひっぱたいた。


「申し訳ございませんうちのリーダーがとんだご無礼を…」


「何すんだよ!」


「バカ!この人がナナシ君のクランのマスターよ!」


「えっ?この人が祖父の七光りの?」


ゴン!


ヒュプノが青ざめた顔でさらに強めに殴った。

失言に気付いたのかループスの顔も青ざめていた。

ナナシもアリスも若干引き気味だ。その後ろでベファナが呑気に七光りってなに?とナナシ達の袖を引っ張っている。


「しっ失礼しました!」


「まぁ君たちの年からすれば私なんておじさんだろう。…別に怒る気にもならん」


本当に怒っていないのだろうか?


「ほら!あんたも謝る!」


頭を押さえつけて下げさせた。


「…七光りなんて失礼なこと言って悪かった」


「顔をあげてくれ。事実を言って謝るのも変な話だ」


七光りと言われたことについてはどうやら本当に気にしていないようである。

ただナナシはバニラさんがここにいなくてよかったと思った。もしいたのならループスさんはたぶん殺されていた。


「狼人にダークエルフか。確か”女狼の牙”って言ったかな。前に手紙をもらった覚えがある。ケガでも病気でもないのに私に会いたいなんて変わっているな」


「”女狼の牙”のヒュプノの申します。ご記憶下さり光栄です。手紙にも書かせていただきましたがなにとぞ”賢者のフラスコ”の傘下に加えていただきたく」


「リーダーはこちら?」


「ループスだ!よろしく」


握手に応じる。手はループスの方が大きい。


「おたくは4ツ星だ。うちは3ツ星、わざわざ星の劣るうちのクランの下なんかにつく必要はないでしょう」


「星など並ばれる、いえ抜かれるのも時間の問題かと考えております」


シクステンはわざとらしくナナシの方を見た。

ナナシはループスと何か話をしていた。


「さすがナナシ君モテるねぇ」


「ええ…まぁ…」


「ま、買ってくれるのはありがたいですがね。まだうちなんて傘下を付けるなんて身分じゃないよ」


「まだということはいずれは傘下を付けることもお考えで?」


「まぁ規模が大きくなる時が来れば考えることもあるだろうねぇ」


「その時は必ず”女狼の牙”を宜しくお願い致します」


「その時が来ればね」


「それはお認め頂いたと判断してもよろしいでしょうか」


シクステンは小さく舌打ちした。


「まぁいいだろう」


ある程度の有能さを見て取ったようだ。


「ありがとうございます」


シクステンとヒュプノの話はついた。


「ナナシ達は今日はどうしたんだ?」

「兵士たちの訓練に呼ばれたのでしばらくそれに参加するんですよ」

「おお!アタイ達もだ!」

「兵士になりたいんですか?」

「いや?訓練だからあいつらぶん殴れるじゃん。あいつら酒場で飲んでるといっつもつっかかってくるんだよ」


そういう理由で参加する人もいるのか。


(…よく面接通ったなぁ)


さすがのナナシもシクステンのコネや今までの付き合いがあって簡単な面談で済んだのは分かっている。


まぁ訓練の刺激にもループスさんみたいなのがいた方がいいのだろうか。


そういえば”女狼の牙”にはもう一人いたはずだ。


『みうみう』「うんうん」

『みうみう』「わかった。あのバカイヌにはよーく言っておく」

『みう』


ポンと頭の上に肉球が置かれる。

ちゃっかりミウににぼしをあげてポイントを稼いでいた。

どうやら無事子分として認められたようである。


あまり騒がないでくれと兵士さんに叱られてしまった。



「諸君、よく来てくれた。私はエルサ大尉である」


今回参加するクランを集め、壇上で軍服の女性はそう名乗った。


ナナシの背筋がピンと伸びる。声に聞き覚えがあった。訓練場で剣の修行をしていた時、兵士たちにはっぱをかけていた女性だ。


ブロンドの髪で猛禽類のような目。美人ではあるが冷たい印象を受ける。背はナナシと同じくらいで細身だ。だが華奢ではない。大尉ということは職業Lvが少なくとも1つは5以上。相応に鍛えられていると容易に想像できる。


「たるんどる兵士連中に刺激を与えられることを期待する。以上だ」


続いて壇上に登るのは瘦せこけた長身の男性だ。生気を感じさせない白い肌と濃いクマ。この場で紹介されなければ誰もこの人が軍人とは思わない。


「エドワルドだ。ケガをしたら早めに来てくれ、以上」


降りるときも咳き込んでいて果たして大丈夫なのかと不安になる。


マーチン准佐が今回の訓練の責任者。その補佐にエルサ大尉。

医療部隊の隊長のエドワルド准佐。その補佐にシクステン。


「今回医療班の副隊長のシクステンだ。以下同文」


エドワルド准佐と比べてまだ健康的な痩せ方だがやる気はエドワルド准佐の方が感じられる。冒険者と思わしき人をのぞいて軍服か白衣。シクステンは相変わらず丈の合っていない愛用のコート姿だった。眠そうにしている姿は威厳も何もあったものじゃない。


「シクステン殿、あなたも軍に此度は所属しているのですから身を引き締めていただきたいのですが」


「善処する」


壇から降りたシクステンをエルサ大尉が窘める。

年が下とはいえ今回は上官であるエルサに対してとる態度ではない。下手すれば規律違反で処罰の対象となる。

医療部隊のエドワルドは6ツ星。軍人のためシクステンより戦闘能力は上かもしれないが医術に関してはシクステンの方が上だ。医療部隊の講習があるので講師がそれ以上の星であることが求められる。


強硬な手段に出たきゃ出てみろ、他に講師をやるやつがいるならな

薄く目を細めるシクステンはそう言いたげに見えた。

夫婦喧嘩の八つ当たりだろうなぁとナナシはため息をついた。


「ふん…」


エルサ大尉は射貫くような視線をぶつけてそれ以上は言葉を発しなかった。


マーチン准佐が壇に登る。


「貴殿達の集まりに感謝する。貴殿達には8日後のサバイバル訓練に参加してもらう。サバイバル訓練の期間は7日間だ。代表者1名はこの印を装備すること。7日間生き残った組には印と引き換えに報奨金を渡す」


サバイバル訓練のルールが印刷された紙が回ってきた。


・回復薬については人数分を配布する

・武器や防具の装備類は各自用意すること

・食料及び水の持ち込みは禁止。最低限は支給する。その他はダンジョン内にて確保すること

・1日目は他のチームを襲ってはならない

・ダンジョンで手に入れた素材は訓練後持ち帰り自由

・棄権する場合は速やかに申し出ること

・サバイバル中の負傷、これに基づいた後遺症、あるいは死亡した場合、その原因を問わず責任の一切は自己責任とする。


「この中には入隊を希望してくれる者もいると期待している。これから1週間だが我々の生活を体験したい者については門戸を開かせてもらう。その場合は客人ではなく同胞として接させてもらうがな。参加者は30分後に外へ集合だ」


最後の締めくくりににやりと笑って見せた。

兵士達の訓練に参加する者は残り、参加しない者は各々の準備に取り掛かる為部屋を出ていった。


ナナシとアリスは先程もらった紙を眺めていた。

アリスは難しい顔をしている。


「どうしたんです?」


「いやこの”印と引き換えに報奨金を渡す”ってのが気になって…他の印を奪えば他の班の報奨金ももらえるってことじゃないかしら」


「…何でこんなことを?」


「賞金目当てで狙ってくる連中を入れて訓練の難易度を上げようってことかしら」


「半分正解」


後ろから声をかけられて飛び上がりそうになった。

シクステンだった。


「半分って言うのは?」


「兵士からしても質の悪い冒険者を合法的にボコれる機会なんだよ。治安維持なんてのは綺麗事じゃすまないからね。冒険者と兵士の両方の鬱憤晴らしってわけさ」


「うちなんか悪いことしました?」


「うちは恨みを買っては無いかもしれないけど妬みは買っている可能性があるからな。ヤバいと思ったらさっさと逃げてきなよ。負傷はそれぞれ気を付けてもらうしかないが後遺症と死亡を防ぐために私らがいる。逃げたからって賞金はもらえないが罰金を取られるわけじゃないんだ」


一応訓練に参加するクランのリーダーはナナシだ。

万が一の時は撤退という最終的な判断を下すことになる。


「…がんばります」

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