5-13話
「…あいつを頼む」
「はい」
ナナシは槍を受け取った。
槍はシンプルなデザインの十字槍。長さ3mくらいだろう。重さも含め手にしっくりとなじむ。見た目はシンプル。しかし素材の効果で”再生”の効果を持っている。折れにくいしメンテナンスが少なくて済む一級品だ。欠点を上げるとするならば”再生”を持っているがゆえにこれ以上鍛えることが出来ないことだろう。
おじさんは無論クレハが捕まったことを知っていた。
その知らせを聞いて早急に仕上げてくれていた。
おじさんもナナシがここに来るだろうと予感があったのだろう。
鎧のメンテナンスもタダでしてもらった。
おじさんは少しの誤差も許さんとばかりに手を加えてくれた。
「ナナシさん、オレからもこれ…つかって下さいッス」
ナグリから差し出されたのは上手くできたものを厳選した投げナイフの束だった。
ナナシは丁重に受け取った。ナナシにはうまく扱えないのでアリスに渡した。
残念だがベファナに合うものは無かった。
何ももらってないとブーブー文句言う。
今晩の夕食のデザートにパンケーキでどうにか手を打ってもらった。
それからナナシはアリスとベファナと別行動をとることにした。
シクステンからお使いを頼まれたらしい。
今シクステンは家でナナシ達が冒険に出る為の支度をしてくれている。
ナナシはある場所へ向かった。
「やあ…元気だった…?」
牢屋だ。ここにクレハが収監されていると兵士の詰所で教えてもらった。
都合よく今日の見張りはガーキだった。
「お久しぶりです。あの面会をお願いしたいんですけど…」
「だれ?」
「鬼族のクレハという方です」
「だめ」
「どうしてです?」『みうー?』
「悪いけどその人には面会禁止令が出ているんだよ」
「どうしてですか?」『みうー?』
「さあ…?」
多分本当に知らないのだと思う。
「何…とかなりませんか?」
「だめ。悪いけど仕事だから…」
『みうみう!』
ミウが唸り始めた。ついでに首を横に振ったりベーっと舌を出したり。
お面をかぶって通訳した。
「『もう乗っけてあげないからね!』って…」
他にもいろいろ言っているが一番やわらかいのを抜いた。
「えっ!?」
急に狼狽え始めるガーキ。こうかはばつぐんだ。
「ウサネコ…困るよ…それは…」
ガーキが近寄るとプイと顔を背けてしまった。ガーキが顔の前に立とうとするがミウはそっぽを向いて合わせようとせずくるくるその場を回る。
「他のを通り過ぎた右側の最後の独房だよ。面会時間は10分だけ。格子には危ないから触れないで」
『みうー』
眉間の辺りにしわを寄せて、小さく唸りながらじっとガーキを見つめている。
ガーキが一歩近寄るとミウは一歩引いてしまった。
「………早く行って」
急に10歳は老けてしまった。
これからもお世話になるだろう。
後でちゃんとミウにフォローを入れておこう。
ナナシは地下への階段を降りはじめた。
足音がやけに反響する。出来るだけ音を立てないよう静かに足を運ぶ。
等間隔に設置されたランプの明かりだけとなり、自然の光はなくなった。
鉄格子が目に入った。特殊な魔術がかけられており、物理的な力では壊せない特注品だそうだ。
ナナシは首を動かさないようにして目線だけきょろきょろさせた。
「私は悪くない…私は悪くない…私は悪くない…」
部屋の隅でうずくまってブツブツと何かを呟く人。
ずいぶん男前が来たなとささやく声と低い笑い声が聞こえた。
地下の寒さとは違う悪寒が背中を走った。
一番奥の一つ前の牢屋。左右ともに誰もいない。
ナナシはそっと一番奥の牢屋を覗き込んでみた。
何も敷いていない床にクレハは仰向けに横たわっていた。
ナナシは屈んで床に触れてみた。
…つめたい。
手は祈るように指を組んでいる。
何かをお願い?
何か誰かに期待?
寝ているのかな?
声をかけていいのかな?
「何か用かな?ナナシ殿?」
クレハは目を閉じたままだった。
おかげで見られずに済んだ。
ナナシは泣いていた。
「…寒くないですか?」
「体は丈夫なんだ。野宿にも慣れている。これくらいなんともないさ」
「ごはん…おいしいですか…?」
「たぶんギルドの食堂のやつだよ、悪くない」
「僕…”料理”スキルが身についたんです」
「ほう?それでミウ殿も大きくなったのかな…」
顔は見れていないがきっと微笑んでくれた。
「クレハさん…いったい何が…?」
「もう聞いているのだろう?私は同僚を殺した。それだけのことだ。見苦しく足掻くつもりはない。きちんと刑を受け入れるだけさ」
「クレハさん…奴隷になったら…だって…」
「まぁ戦いだったら壁にはなれるだろう。あまり武骨なものでそっちには縁がないものだからね」
ナナシは鼻をすすった。
「私は…鬼だ。血の一滴まで何かの役に立つだろう。…願わくば少しは罪の償いになること願うよ」
「…これからカラドリウスの素材を取りに行ってきます」
「カラドリウス…?」
魔物狩りのクレハも知らない。つまりはそのくらい珍しい魔物だった。
”カラドリウス”
全体的に白っぽい鳥だが、首周り、尾の付け根、足は黒いという。目は極端に小さく、くちばしも堅く小さめだといわれている。首には黒い袋の器官がある。この鳥はある種の病を吸い取るのだ。吸い取った病はその袋に溜まる。溜まった病が最大量まで達すると卵を産む。
今回必要な素材はその病袋だった。
シクステンが言うには病を吸い取るのはある特定のマナを吸収する特性であり…と説明してくれた。
良く分からなかったが治るというのであれば賭けるに十分だった。
「ナナシ殿?それはどういう…?」
足音がした。見るとガーキがこいこいと手招きをしている。
「ごめんなさい…そろそろ行きますね」
「…そうか。最後に会えてうれしかった。ミウ殿にもよろしく言っておいてもらえるか。…この狭いところにミウ殿は入れないだろうからな」
「さっきだってクレハさんに会いたくて…入ろうとして入口でつまっちゃいましたよ」
クレハは笑った。乾いた笑いだった。
「ここから絶対に出します」
「…相当遠くないうちに『ここから』は出れるさ」
「出してみせます!」
クレハは一瞬驚いた表情を見せた後ため息をついた。
「ナナシ殿…お願いだ」
「…」
「私に希望を持たせないでくれ」
ナナシは何も言わず後にした。
さよならは言わないとグッと口を閉じていた。
出すと約束した。それだけだ。




