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 迷宮はいくつもの階層が存在しており、階層ごとに風景がまったく異なった造りとなっている。洞窟のように土と壁で構成されている階層もあれば、密林のようなに木々が複雑に入り組んで林道を思わせるようなっている階層や、氷雪が吹きすさぶ極寒の階層なども存在していた。これらの環境は魔法の力によって維持運営されていることは判明しているがどういう仕組みなのかは誰もわかっていない。


 また、そのような自然の風景だけかと思えば、城や砦のように、レンガやセメントなどの素材を用いて造られた人が作成したような階層も存在していたりする。


 以上のことからこの迷宮には一貫性と呼べるものは全くといっていいほど無く、製作者がその時々の気分適当に組み上げたではないかと思っている。


 もっとも、そんなことを気にしている人間は迷宮調査課の役人と一部の研究者ぐらいで、大多数の冒険者や市民は、資源を吐き出し続ける不思議で便利な巨大地下洞窟程度にしか捉えていなかった。


 「下手に勘繰る必要はない。真実を知ることが不利益につながる場合もあるし、……好奇心は猫を殺す、だったかな?」


 第一階層の扉をくぐりながら自分に言い聞かせるように呟く。


 過剰な好奇心は身を滅ぼす。冒険者の心得の一つだ。迷宮内では不用意な好奇心が原因で命を落とす事などよくある話である。そう言った先人たちの失敗を繰り返さないように冒険者たちは、過去の失敗事例から学び取った心得を持っている。


 第一階層の中に入り周囲の状態を確認する。第一階層はよくあるような普通の洞窟の姿をしている。


 もともと第一階層と呼ばれる部分は鉄鉱石の採掘のために掘削されていた坑道だった。鉄鉱石を採掘するために地下数百mに至る深さまで掘り進めた結果、鉄鉱石ではなく迷宮を掘りあててしまった。


 その結果、迷宮から送り込まれる魔力によって、坑道は迷宮に取り込まれてしまい、迷宮は地上までの出入り口を得ることになり、多くの冒険者が生まれることになった。


 その歴史が事実であることを裏付けるように、この階層の至る所につるはしやスコップなどの掘削道具を使用して掘り進めたような跡があるし、防腐処理のされた木製の柱や台車を押していたレールの残骸等を確認することが出来る。


 そんな歴史を感じさせてくれるフロアなのだが、実はこの階層がこの迷宮の中で一番複雑になっていると言われている。


 なにせ欲深い人間たちが鉄鉱石の鉱脈を見つけるために行動を東西南北の方向へ無秩序に掘り進めてしまったのだ。魔法を使用して支保工を立てることで、崩落がなく掘削ができたのだが、魔法という便利な力がこの世界に存在してなければ、こんな空洞だらけになった地層などは、とうの昔に崩落していただろう。


 しかし一番複雑だとはいっても、人間が掘り進んだ場所ではあるので土地勘は人間側にもある。下層に行くためのルートはすでに冒険者全体に知れ渡っており、時折出現する魔物にさえ気を付ければ、迷子で飢えて死ぬといったことはほとんどないのだが。


 迷宮内には商店街と違ってほとんど灯りはない。冒険者は自前で明かりを用意しなければならないため、俺も空間灯光の魔法を詠唱する。詠唱の完了とともに、俺の頭上にほんのりと温かみのある光を発する光球がふらふらと浮かびあがる。これで自身の周囲10mぐらいは視界に困ることは無い。


 どういうルートを歩こうかなと悩んだが、ひとまずはこの階層を見て回るだけでいいだろうと判断し、一番冒険者が通過する、いわゆる標準ルートを進むことにする。


 代わり映えのしない風景の道を左右にくねくねと曲がりながら進んだ。その道中で何組かのパーティーに出会ったので、そのたびに軽く挨拶だけして通り過ぎていく。


 それにしても、この恰好がまずかったかな。出会うたびにいちいちと驚かれている。一階層だけの見回りなので、近所の商店へ調味料を買いに行くような軽装に剣を一振り下げているだけという、冒険者たちにとってふざけているとしか思えない格好で迷宮を出歩いているためだった。


 しかし、驚かれはするものの、挨拶以外に会話が発生しないところを考えると迷宮内で特筆すべき異変は何も発生していないようだ。


 それから1時間ほど巡回し、冒険者たちの様子を観察したが、相変わらずだった。


 「このまま異常なしとして報告するのも悪くないけど……」


 これからどうしようかと思い、独り言をつぶやく。このまま報告してもいいのだが報酬の追加は望めそうもない。10アウルでも十分な収入だが、上澄みがあるのであれば取りこぼしたくないはない。


 幸いなことにまだ歩き回れる時間もある。少しの間、考えをめぐらしてから普段いかないルートでも、もう少し散策してから帰ることにするかと判断する。


 結論から言うとその判断は正解だった。


 冒険者が通行路として使用する大通りから少し外れた脇道へ足を進ませると、それまでとは違う空気がそこにあった。


 「獣臭?こんな場所で、……わずかだけど、血のにおい?」


 暗闇の先にある存在に警戒する。この場所で存在するのは鉱物系の魔物か死霊などの案デットぐらいである。エサを必要とする哺乳類や爬虫類等の動物系魔物はこの階層には存在しないはずだ。


 鞘から剣を抜きそれを左手で構えて進む。大丈夫だとは思うが万が一のことに備えて警戒だけはするべきだった。


 一歩前進するごとに獣臭は強くなる。何かがいるのは確実だった。


 唐突に叫び声が聞こえ、金属が打ち鳴らされる音が聞こえた。冒険者が目の前の脅威と接触したらしい。


 誰かが襲われているかもしれない。獣臭の原因を確認するべく、現場へと駆け出した。

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