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「はっ、もったいぶって何を言い出すかと思えば……、くだらない。魔と人、ましてやかつてはお前たちを滅ぼそうとしたいた奴にかける言葉では無いな! 寝言は寝てから言えってもんだ!」
ラベンタインの唐突な申し出を一蹴する。 昔ほど魔人に対する悪感情は無くなっているとはいえ、かつて宿敵たちと手を組むほど落ちぶれたつもりはない。
「ホホホ、これは手厳しい。まぁ仕方ないかもしれませんね。わたしは魔人で、貴方は人間。敵対するのは必然であり運命でもある。本来なら手を組むなどありえないことですが……」
ラベンタインが首を左右に振った。
「この状況で、その申し出を断るということは、自ら死を懇願しているようなものですよ。魔法の質、魔力の量は私の方が上の位階にある。現に私の攻撃を受けて貴方は惨めにも這いつくばっている」
ラベンタインの言っていることは間違ってはいない。少なくとも今の状況は俺にとって相当不利なものである。吹き飛ばされたときに受けた衝撃で何本かの骨にはひびが入っているし、臓物も幾ばくかの損傷を受けている。回復魔法を使用すれば立ち上がることは可能だが、その時間を与えてくれるという慈悲がこの魔人にあるとは思えない。
「貴方の力が落ちていなければこうはならなかったでしょう。ああ、本当に時間というものは残酷だ。少しバカラの歳月が過ぎただけで、人間は容易に劣化する。我々魔人であればそんなものは無いというのに」
「だからこそ、面白んだ。寿命があるから必死に生きるし、生きるためにも強くなれる。その面白さがお前達みたいなのにはわからないだろうね」
「ええ、わかりませんね。必死に生きるという言葉は私達には分かりかねる事象ですよ」
魔人の言葉は、自分たち魔人という生物に寿命という概念がないという事実から出たものであった。魔人は基本的に不老不死の存在である。外的要因で破壊されない限り永遠に活動を続けるのだ。
「さて、もう一度訊ねますが、同志となりませんか? 貴方の命は保証しますよ」
「何度聞かれても答えは同じだ! 断る!」
「……やれやれ、いったい何がそんなに貴方を強情にさせているのか。人類を救うために働いた救世主だったという事実が邪魔をしているのですかね」
ため息を吐きながらラベンタインは言った。駄々をこねる子供を説得する親のような、理を理解しない愚者を眺める賢者のような、そんな表情を浮かべている。
しかし、そんなことはどうでもいい。うすうすと思ってはいたが、やはりこの男は俺の過去を知っている。
「いくら救世主だったとしても、それは過去の出来事ですよ。今の貴方は救世主という役目を自ら放棄した落伍者。いや、造反者というべきかな。この場所に至るまでに貴方はかつての仲間を裏切り、傷つけ、そして、こ――」
「黙れ!!」
ラベンタインの言葉を遮るようにして叫んだ。魔人の言っていることは正確な事実ではない。少なくとも裏切ったのは俺では無いのだ。あの日の俺がやったことは何も間違っていない、そ、間違ってはいないはずなのだ。
「救世主、その名前で俺を呼ぶな!」
「なぜ呼んではいけないのですかな? 今の貴方がどうであれ、人類のために我々魔人と戦ったのは事実でしょう。現に貴方が守ったイザヴェリア法国では、今でも貴方の名前は救世主の一人として崇められていますよ。 お隣のノルン王国では、その正反対の扱いですがね」
ラベンタインの言葉で少しだけ驚く。どちらの国からも俺は裏切り物としてあつくぁれていると思っていた。法国と王国で扱われ方が違うとは思っていなかった。頭の中に一人の少女の顔が浮かんだ。おそらくアイツのおかげだろう。
ラベンタインは困ったような表情を浮かべ、額を掻いた。
「まったく、人間というものは本当に自分の都合しか考えない。貴方の噂はいろいろと聞いていますよ。救世主の中でも、魔人討伐を積極的に推し進める強硬派だったとか。どのような犠牲を払ってでも魔人討伐を推し進めようとする姿勢は、お優しい仲間たちからすれば異端に映ったのでしょうね」
「……」
「私はそれを責めるつもりない。むしろ、貴方の考えに賛同します。目的のために手段を択ばないという考えは大変に素晴らしいことだ」
だまされたと言えればよかったかもしれない。しかし、あの時は俺は何かを疑うということはなかった。魔人を倒せば、それで人々が幸せになると思っていた。現に魔人の手から解放された人たちはみんな笑顔になった。平和を取り戻せば、その過程で犠牲になるものは仕方ないと思っていた。
「俺は、間違ってなどいない」
絞り出すようにつぶやく。あの日から、あの出来事を思い出すたびに口にしている言葉であった。
それに対して、ラベンタインは静かに言った。
「はい、何も間違ってはいません。原因はすべて人間にあるのです。 平和のため、国のため、民のため、家族のため、そんな立派ななお題目を作り上げ、勝手な都合でそれを守るように押し付けたのは人間なのですから、責任は貴方だけではなく人類すべてにあります」
「……」
「だから、どうでしょうか? 貴方だって少しぐらい我儘を言ってもいいものだと、私は考えます。自分の人生なのですから、他人なんて気にせずに自分の欲望のために生きることは悪ではない」
「……具体的に何をするつもりだ?」
少しだけ態度を軟化させる。話ぐらいは聞いてもいいかもしれないと思った。この魔人は今まであってきた者たちと比べて、少しだけ考えが違う。少しだけなら話を聞いてもいい。その程度の時間くらいならあるだろう。
俺の言葉にラベンタインは微笑を浮かべ、口を開いた。
「ええ、ここにある門を開けるのを手伝ってほしいのです。そこの天井からぶら下がっている出来損ないの神を解析して、開け方を学んだのですが、私一人だと時間がかかりそうなのでね」
「門を開けるだって!? そんなことをして、この世界がどうなるのかわかっているのか!?」
「ははは、そんなことわかるわけないではないですか。 神代の頃から数千年、この世界と混沌世界の二つが完全に分けられ、神々の管理から独立して以来、一度達とも幽世が常世に近づくことなど無かった。さすがに私の生れるずっと以前のことなど分かる訳がない」
ラベンタインは面白そうな笑みを浮かべて言った。
「だからこそ、良いのですよ」
「そんなことをしたらこの世界の在り様が変わる! この世界に生きるすべての事象は再構築される……。お前だって無事にはいられないだろうに。なんでそんなことを……」
「ははは、そんなことなど決まっているではありませんか。この世界はつまらないのですよ。 神々の手を離れて、運営はすべて放棄されているというのに、神々が作り上げたシステムだけは残り続けている。
それを少し変更してみようと思ったわけで」
ラベンタインの顔を見上げた。顔は笑っているがその言葉は真剣なものであった。しかし、どこまでが本心から出たものなのかがわからない。混沌への扉を開けるそれを行えば、この世界が変わるのは間違いないだろうが、魔人とは言え。この男も無事でいられるかどうかの保障など無い。
「……狂人め」
「ええ、そのとおりですよ。今更ですか?」
ラベンタインの言葉に、自覚があることに驚く。
「しかし、扉を開けたからと言ってすぐに、世界の崩壊が始まるわけではない。混沌を侵食するための路が必要となります。幸いなことにここは迷宮ですから、それを転用すれば……、ほう、頑張りますね。まだ立ち上がる気力が残っていたと」
両足に力を入れて立ち上がる。切れた筋肉や折れた骨が悲鳴を上げた。口の中に血の匂いが広がった。喉か内臓か、そちらもダメージを受けているらしい。
しかし、それで十分だ。戦闘は続行できる。
「立っているだけで、それ以上のことはできそうもありませんね。無理はしない方がよいと思うのですが」
「その原因を作った奴がそれを言うのか?」
しかしラベンタインが言ったとおり力がうまく入らない。地面に片膝をつくようにして腰を下ろす。
「やはり限界のようですね。……あなたはそこでしばらく休んでいるといい。先ほどの質問の答えは門を開けた後に聞くといたしましょう」
そう言ってラベンタインは俺に背を向けた。すでに勝敗は決している、そんなつもりなのだろう。確かに魔法の撃ち合い、魔力の出力比較であれば救世主とはいえ人間が魔人に勝つことはできないだろう。
「……確かに人間は愚かだと思うことはある。……人類のために働いたのは失敗だったんじゃないかと思うこともある。しかし」
右腕に魔力を込めた。時間は十分に稼いだ。魔法式はすでに展開し終わっている。右腕を中心に赤色の魔法光が広がった。
「お前の提案は受けいれるわけにはいかない! アイツの思いを無駄にしないためにも。そして大切な家族のためにも!」




