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「はぁ、これでようやく話を進めることができる」
ユクアリアを黙らせることは成功したものの、、いつ会話の腰を折に来るかわからないため、冗長におしゃべりしている暇はない。
それに、思っていた以上に最下層にいる時間が長くなってしまっている。これ以上、グダグダとした冗長な会話は続けて帰宅時間が遅くなるのも問題だ。商店街の住人がい頑張ってくれているとはいえ、いつまでも任せきりにするわけにもいかないし、何よりも早めに帰らないとシアン達に余計な心配をかけてしまう。
「話の腰を折って悪かったな。さて出会ってすぐにこんなことを言うのを申し訳ないが……」
右腕に持った相棒で地面を薙ぐ。そして切っ先をラベンタインへと突き付けた。
「お前を、殺す!」
ラベンタインは、にやにやとした笑いを止め、怪訝な顔を浮かべると俺の顔を覗き込んだ。いきなり殺意を向けられるとは思っていなかったらしい。
「それはそれで構いませんが……。 私の目的についての話はしなくてもよいので?」
「興味ない。それにアンタみたいな愉悦の感情があるタイプの魔人に尋ねたところで、煙に巻いたような適当な答えしか返さないだろう」
「ははっ、それは、随分な物言いですねぇ」
ラベンタインはどこからともなく、一本の刺突剣状の武器を取り出した。それが召喚魔法で呼び出したものなのか具現化魔法によって生み出されたものなのかはわからない。前者であれば接近戦闘型だし、後者であれば近接戦闘型に見せかけた後衛魔法型の可能性がある。
もっとわかりやすい体系をしていてくれればよかったのになと心の中でつぶやく。対峙してみると、ラベンタインは俺よりも頭一つ分は大きく、やや細身ではあるが華奢な体型とは言えない。むしろ、全身に均整の取れた筋肉が張り付いているようで、機能美を兼ね備えた細さと言うべきか。
「まぁ、貴方の言うとおりですね」
ラベンタインが両腕を上げて首を左右に振った。
「これから挽肉になってしまう下等生物なんかに答えを送る必要性なんてありませんから!」
ラベンタインはその言葉と同時に先ほど同じ魔法を放った。詠唱による術式の構築や魔力の充填よる呼吸は無い。やはり相当な使い手。
しかし、正面からの不意打ちなどいくらでも防ぐことができる。魔力防壁を展開して、魔力の一撃を受け流す。威力はそれほど高くはないが、見えない一撃というのは少しばかり厄介だ。
「やはり、防ぎますか。『幽鬼のこぶし』は不意打ちには向いていますが、いささか威力にかけるところがありますね。」
「そうだな。そんな豆鉄砲なんていくら撃たれてもはじき返せる」
「なるほど。それは素晴らしい!ならば実践してもらいましょうか!」
その言葉に合わせて、魔力がラベンタインの周囲に展開される。それを認識した瞬間、魔法が機関砲の打ち出される。ちょっと待ってくれ、一発ならいくらでもなんとかなるが、さすがに同じ位置に叩き込まれると、さすがにきつい。
「ッ!!」
舌打ちをする。今の俺には耐えられるような魔力の余裕はない。
ならば、ここは回避するしかないのだ。目くらましとして『澱みの渦巻く霧』を発動する、魔力を吸いとる効果を持つ白き濃霧が周囲に充満にする、真美の魔術師であれば、一瞬で昏倒するほどの魔力の吸収量を持つが、魔人の魔力を枯らすことはおそらくできないだろう。しかし、魔法を発動をさせにくくすることぐらいは期待できる。
合わせて、『死霧の車輪』を発動させる。この車輪は霧の中を縦横無尽に走り回り、霧にとらわれたすべての生き物を車輪で踏みつぶし引き裂く魔法である。車輪には実体が無く、物体と接触した時だけ実体化するため、物理攻撃で車輪を防ぐことができない
攻撃魔法で車輪部分を破壊するか、魔力防壁で攻撃を流し続けて、車輪の持つ魔力が減退するのが対処法だが、魔法が発動しづらいこの状況下では、ある程度の有効打は期待できるはず。
しかし、その淡い期待はすぐに打ち消される。
「その程度ですかね」
霧の奥からラベンタインの声が聞こえた。相変わらずの人を馬鹿にしたような口調であった。
「この程度で十分だろう。お前さんに近づくにはこれで十分!」
魔法によるダメージなど期待していない。近づくことさえできれば、相手の反撃よりも早く動ける自信はある。
ラベンタインに向かって駆けながら、右手に魔力を集中させる。自身の頭の中で武器の姿を思い浮かべる。
それは神話や古の物語の中に存在するもの。伝説として語り継がれる武器の一つ。
「アンサラー!!」
回答者という名前を持つこの剣は、鎧や魔法の防壁のすべてを無効とし、すべ手を切り裂くことができるとされている。所持者が鞘から抜こうと思っただけでひとりでに鞘から抜け、切ろうと思った瞬間に対象を切断している。
俺のように剣の道を中途半端にしか修めることができなかった半端者には最良の武器と言える。
「獲った!!」
アンサラーの刀身はラベンタインの防御を突き抜け、柔肌へと深々と突き刺さった。十分に致命傷と言える位置だ。
ラベンタインが再生能力もちの魔人であったとしても、アンサラーには、アンサラーから受けた傷はいかなる方法であっても治癒することができないという呪いを与える能力がある。
勝った。間違いなく俺は勝利した――はずだった。
「……血が吹き出ない?」
肉体は貫いたはずだ。現にラベンタインの胸にはアンサラーの刀身が飲み込まれるように刺さっている。
「……たかだか人間に分際で、神代の武器を創造することができるとは思いませんでしたよ。やはり、貴方が何者なのか、非常に気になりますね。……まぁ、それはあなたが這い蹲ってからゆっくりと聞くようにしましょうか」
その言葉と同時に、ラベンタインの体から鈍い光が放たれる。
とっさに魔力防壁を展開し防ぐが、間に合わない。強力な熱が俺の体を焼き、衝撃波が俺の体を吹き飛ばした。鈍い音と共に背中に激しい痛みを感じる。どうやら洞窟の壁似叩きつけられたらしい。
「あなたが霧を展開するのと同時に、私も魔法を発動させていたのですよ。どこから来るかわからないので、全身を覆うようにね」
ラベンタインが自身の体からアンサラーを引き抜き地面に投げ捨てた。アンサラーは乾いた音を立てて地面を転がった後初めから何もなかったようにふっと消えてしまった。神代の武器は顕現しておくだけでもバカみたいな魔力を必要とする。そのため、数十秒で自動的に消えてしまう。
立ち上がり反撃をしようとするが、痛みがひどく、また頭を打ったせいで、うまく体が動かない。
ゆっくりと自分に向かっていくラベンタインを這いつくばりながら見る。アンサラーが刺さっていた部分にはぽっかりとした穴が開いている。そう、傷口ではなく文字どおりの穴だ。
「なるほど『門の創造』か……」
「おや、ご存じで」
「……昔、その魔法を好んで使用した魔人と戦ったことがある。なかなか厄介な奴だったよ。こちらの攻撃はすべて回避するし、相手はこちらの死角に対していたるところから攻撃してくるんだぜ」
思い出したくもない記憶を呼び出しながら吐き出すように言った。
「一番厄介だったのは、深海やら、溶岩がうごめく地中に門を創った時だったな。 高高圧の場所と繋がった門を一瞬だけ身体に作り出すことで、高圧の水やら溶岩が門から砲撃みたいに噴出するんだぜ。近づけないし、近づいても攻撃できないしで大変だった」
「彼と戦ったのですか。 よく勝利することができましたね」
「その当時の仲間に頭のいい奴が居たんだ。 そのおかげで運良く勝つことができた」
「そうですか。 仲間がいたのですか……。 ホホホ、なんとなくですがあなたの正体がわかってきましたよ。貴方の正体というよりも過去というべきですかな」
ラベンタインが足を止める。それからゆっくりとなめ回すようにして俺を見た。
「私はかつての仲間をあなたに殺された。仲が良かったと呼べるような存在はいませんでしたが、それでも同じ魔人でしたから、同志という存在ではありましたね」
「ならば、復讐でもするかい?」
「くすくすくすくす」
ラベンタインは腕を横に振り、まさか、そんなことはしませんよと呟く。
「貴方が救世主として在り続けていればそれも考えたでしょう。 ですが今のあなたは救世主と袂を分かっております。理由まではさすがにわかりませんが、艱難辛苦を共にした仲間と敵対するというのはいろいろな事情があったのでしょう」
「……確かにそうだな。しかし、それがどうした? お前になんの関係がある!」
「確かに関係はありませんね。ですが、救世主ではない。考え方が違うという点が大いに意味があるのです」
ラベンタインはいたずらを思いついた子供のように、欲しかったものを見つけた子供のように、楽しそうな笑みを浮かべて言った。
「私の同志となりませんか?」




