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 「それで、話の続きは?」


 お茶で来客の用件が中断していたことを思い出し、ヴォルフに改めて訊ねる。


 「うん?ああ、そうだったな」


 ヴォルフが答える。


 「お前さんにしか頼めない仕事が迷宮管理局からあった」


 「え、嫌だけど」


 笑顔を浮かべて断った。役所からの依頼事というものは基本的に厄介ごとばかりだ。書類手続きもそうだし、何よりも完了確認に時間がかる。お役所だから、複数の人間がしっかりと完了確認し、書類に決裁印を押してと、手続きが煩雑になる。


 さらに役所がこの商店街に依頼することは、表に出せない案件であることが多い。自分たちの手には負うことのできないほど厄介な案件か、それとも自分たちの手を汚したくない案件か。

 

 「面倒事は御免だよ。 それに、割に合わない仕事をするほど馬鹿じゃない」


 「そうかぁ、お前さんにぴったりの良い案件なんだが……。俺たちに依頼したものでは珍しく、すぐに仕事を行ってほしいそうだ。内容も単純な調査だし、今回の件は優良案件と言ってもいい。依頼主も迷宮管理局の調査課だしな」


 「調査課? 管理課じゃなくて?」


 この商店街の運営について直接やり取りをしているのは管理課と呼ばれる部署である。そこは迷宮及び冒険者の管理が主務で、迷宮管理局の中でも一番多き部署である。そして普段から俺たちにも無理難題を言ってくる面倒くさいところだ。しかし、今回は調査課だという。調査課は文字どおり迷宮内の調査が主務であり、俺たちとのかかわりは一番少ない部署であった。


 珍しいところからの依頼と言うことで興味がふつふつと湧いたため、ヴォルフに頷いて続きを促す。


 「迷宮内部の生態系が変化している兆候を感知したらしい。上層に下層から湧き出た魔物が出現しているという目撃例もある。それらが事実かどうかを確認したいとのことらしい」


 「久しぶりに、迷宮の変動があるのかな?」


 「さてね、そこまではわからん。だからこそお上は調査したいのだろう。しかし、不確かな情報で調査団を派遣すれば、調査期間の採掘や冒険者たちからの税金が取れなくなる。それをなるべく避けるために、前段階の調査として俺たちに依頼が来たというわけだ」


 大規模な調査団を送り込んで、何もないとなると調査課の立場が無くなるのだろう。調査課と管理課は仲が悪いというのを以前に聞いたことがあるのを思い出した。迷宮を利用して利益を上げための管理課と、迷宮を調査して謎を解明する調査課では目的が全く違うためお互い反目し合っている。


 なるほどと思った。依頼が回ってきた理由については理解した。


 「しかし、なんで俺がそれをやる必要がある」


 理由はなんとなくわかるが、一応訊ねる。


 「え?お前暇だろう?いつもお客さんいないし、経済的に余裕ないだろうと思って話を持ってきたのだが」


 「……まぁ。そのとおりではあるけどさ」


 ヴォルフの言葉に反論しようと思ったが、言葉が続かず口を閉じる。店の営業時間だからとか、シアンの面倒を見ないといけないとか、作りかけのアーティファクトがとか考えたが、どれも断る理由にはならないと思った。


 そしてなによりも、今朝の商談が失敗した身分としては1枚の銅貨でもいいから貨幣が欲しい。


 「……ちなみに報酬はいくらだ」


 「初期調査だからな。超高額報酬というわけでもない。有用な情報が報告できればいくらかの出来高はあるだろうが……。まぁ10アウルぐらいは保証してくれると思うぞ」


 アウルというのはこの国の貨幣単位のことである。金貨一枚が1アウル、銀貨一枚が1アグル、銅貨一枚が1カウルと呼ばれこの国の基本通貨として流通している。


 「うーん。金貨10枚か」


 少しだけ悩む。役所からの依頼なのでもう少しばかり報酬額に色が付くかなと思ったのだが、肩透かしを食らった気分になる。いや、10アウルという金額は決して安いものではないのだが、市場で一週間分の食料と必要雑貨を購入すればほとんど手元に残らない額である。ヴォルフに言っても仕方のないことかもしれないが、もう少し駄々をこねて報酬を増やせないものだろうか。


 俺の態度を見透かしたのかヴォルフ苦笑を浮かべた。


 「頼むよ。成功したら、俺からおまけもついてやるから」


 「おまけ?」


 ヴォルフが楽しそうに笑う。


 「南部トスカル地方のワインだ」


 「マジか!!そいつはすごいな」


 トスカル地方というのはこの国の北方に位置する高山地方の総称で、ワインが名産である。その中でも比較的に温暖な気候である南部トスカル地方は、高級ワインの産地として知られている。


 今より数年前に多少の資産があったころは好んで飲んでいたのだが、ここ数年の金欠状態では口にしたくてもできないものだった。正直なところそれだけが報酬でも受けてしまいたくなる。


 「あの、危険はないのですか。調査だけで大金をもらえるということはそれだけ危ないということでは?」


 心揺らぐ俺を見て唐突にシアンが言った。心配したような声だった。確かにシアンの前で剣を振ったり魔法を使ったり、腕っぷしを見せることは今までなかったけど、迷宮の見回りぐらいで心配されるほど、そんなに弱く見えるのだろうかと心配になる。


 「はっはっは。危険なんてほとんどないぞ。特にこいつかぎっては、な。ひょっとしてお嬢ちゃんはこいつから何も聞いていないのか?こいつは……」


 「ヴォルフ! ……受けるよ。その話」


 言葉を遮るため、少し強めの声を上げた。二人が驚いて俺に視線を向けた。シアンはどうしたのだろうと心配そうな顔で俺とヴォルフを交互に見る。


 「ごめんな。 ……とにかく、その仕事を受けるよ」


 驚かしたことを詫びて、シアンの頭を心配するなと撫でる。シアンは心地よさそうな表情を浮かべた。久しぶりに頭を撫でたなということに気が付く。こいつがここに来たばかりの時は落ち着かせるためによく行っていた。


 ヴォルフも察してくれたようで、ばつの悪そうな表情を浮かべた。それから頭を下げた。


 「申し訳ない。よろしく頼む」


 その言葉に頷く。それからシアンのほうに向き直る。


 「心配するな。この程度ことなんてたいしたことない。まぁ、そうだな……、夕飯までには帰ってくるさ」

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