8
シアンたちに別れを告げてから、迷宮内へと足を進め、第一階層の中央部分に存在する部屋へとたどり着いた。その部屋の広さは体格のよい大人が数人ほど立ち入れば身動きが取れなくなるほどの規模でしかない。一見すればただの行き止まりであり、宝箱どころか魔物すら立ち入らないハズレ部屋とでも呼ぶべき場所である。
俺自身この部屋には特に何かの用事があるというわけではない。商店街と迷宮下層をつなぐ出入り扉から迷宮の中央部分にもっとも近かったのがこの小部屋であるというだけであった。そう、重要なのは迷宮中心部の、迷宮立坑軸と呼ばれる部分に接しているというのが重要なのだ。
「迷宮変動は迷宮立坑軸を中心に行われている。だからどんなに迷宮の姿が変わろうとも、中心部の位置はは変わらない……か」
独り言をつぶやく。この情報を知っているのはおそらく俺だけだろう。迷宮に中心となる部分が存在することは商店街や管理局の人間ですら知らないことだ。その理由は定期的に発生する迷宮変動と、東西南北に不規則に広がっている構造のせいなのだが。
「この情報って金にはならないかな」
迷宮の探索に有用な情報でなかったとしても、迷宮に関する事項の新発見があれば、それを管理局の報告することで報奨金が与えられる制度が存在している。
新発見の魔物や魔石などの資源鉱脈について、特定の冒険者が情報を独占し、健全な競争の妨げとならないようにするため、管理局が情報を把握し、すべての冒険者に情報共有を行い公平な探索を行わせることを目的として制定された制度だと聞いているので、ならばとこの情報もと考えるが、首を横に振る。
迷宮の中心部がわかった所で、それが何か役に立つのかと問われた場合に答えに困るからだ。最下層には最短でたどり着くことができるが、上から下への一方通行の通り道であるため、新鮮な犠牲者を最下層の魔物たちに速達で配送することしかできないだろう。
それでも、迷宮の新発見ということに変わりはないのだから、報告することもできるが。
「俺も教えてもらって、初めて知ったことだからなぁ……」
この情報は自力で発見したものではない。迷宮の主と呼ぶべき存在が、みんなには内緒だよと言いながら、聞いてもいないのに勝手に押し付けがましく教えてくれたことであった。そのため、誰かに伝えても問題はないのではないかと思うのだが。
額を人差し指で掻く。少し悩み、やっぱりやめておくかと気持ちになった、変に管理局を刺激して、調査に巻き込まれると面倒である。
考えを打ち切るため大きく息を吐く。それから小部屋の中に入ると、魔法で照明用の光球をいくつか創り出し、土壁の細かい割れ目を確認できるように明るく照らし、迷宮の地下へとつながる通路を開けるための仕掛けを探す。
「……どこだったかなぁ。案の定見つからん。容易に見つけられないようにする必要があるとはいえ、ここまで成功に偽装する必要はないだろうに」
記憶をたよりに杖で壁を叩き続ける。特定の波長を帯びた状態で仕掛けに触れると作動する仕組みなのだが、目印になるようなものはなく、土壁と同じ見た目と質感に偽装されているため、忘れると発見が非常に困難である。
ここに入ってきた冒険者に容易に見つからないように偽装する必要があるのは理解できるのだが、ここまで厳重に偽装する必要があるのかと思う。最下層まで一本道に行くことのできる設備であるとはいえ。
「ただの換気口なのになぁ」
迷宮という施設は、東西南北のように水平方向に広がっているだけではなく、地中の奥深くへと立体方向にも広がっているものである。
そんな構造では、内部に滞留した空気は自然に抜けていくことなく留まり続けてしまう。迷宮内部と外界の気温の差による自然換気も多少はあるのだが、地中深くに存在する下層の空気を交換するには役不足であり、迷宮下層では酸素が極端に少ない状態になりがちである。
子の迷宮を作り上げた存在が、侵入者を最下層に通さないというつもりであれば、その構造はおそらく正解なのだろう。しかし、この迷宮を作った存在は、迷宮内に存在する魔物を打ち倒し突破できる実力を有している者を必要としている事情がある。
そのため、この迷宮にはいわゆる換気口というものが存在する。
いわゆる立坑と呼ばれる空気の通り道で、最下層から地上までを一本の空洞が通り抜けており、魔力によって稼働する送風装置によって迷宮内の空気を入れ換える機能が存在する。
これにより、常に新鮮な空気を立坑からまとめて吸入し、掘削作業などで発生した粉じんなどが含まれる汚染された空気を排出することで、迷宮内で生物が酸欠などといった危険にさらされることなく活動することができるのである。
手当たり次第に壁を叩き始めてから数分が経過したころ、ようやく開閉の仕掛けに触れることができたらしく、魔力で創り出された土壁がドロリと溶けて消え、ぽっかりと穴が開き、外界から取り込まれた空気が音を立てて勢いよく小部屋へと流れ込む。
その風に抗うようにして、穴の中をのぞき込む。当然、明かりなんてものは何もなく、真っ暗な闇がどこまでも続いていた。
「迷宮変動で立坑が塞がっていたらどうしようかと思ったが、……杞憂だったな」
目視では確認することはできなくても、この穴が最下層につながっているのは間違いないと実感できる。
地下から湧き上がるマグマのように強大な魔力の波動を感じることができるからだ。
「この様子だと、おそらくアイツは健在……か、はぁ……」
ため息を吐く。察しはしていたものの、少しぐらいは弱っていてほしかった。
どんよりとした気分になりながら、俺は一歩踏み出して、暗闇の中へと飛び込んだ。




