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5

 カリンが自分の雇い主の戦い方を見たのはこれで二度目となる。


 雇い主の強さを疑ってなどいない。迷宮で自分を死の淵から助けてくれた者が自信たっぷり大丈夫だというのだから、どんな魔物が大群で押し寄せてきたとしても力負けすることはないだろう。心配など皆無といってよかった。


 そして実際に彼女の雇い主は一個中隊を超える規模の群集団を、落ち葉掃除でもするような涼しげな顔つきで片付けている。





 「本当に馬鹿らしくなってくるわね」


 カリンが意地の悪い笑みを浮かべながらいった。その言葉に、高値で売れそうな部位はないものかと物色していた手を止めて、カリンの方へと視線を送る。


 「何かあったのか?」


 「大したことじゃない。チハヤさんの強さに改めて驚いただけ。同じ人間という種族なのに、どうしてこんなに違うのかなって」


 「ははは、まぁ、多少の才能は必要だろうけど、それなりに努力し研鑽を積めば誰だってこのぐらいの強さなら到達できるよ。商店街に住む住人だって生まれた時から強かったわけじゃない。それなりに修練し、下積みを行ってきたからこそ迷宮に住むことができる実力を得た」


 その言葉にカリンが何か言いたそうにしたが、それよりも早く言葉を付け加える。


 「カリン、お前さんだって強くなる素質は十分にあると思うぜ」


 「はぁ、そうは思えないけど……、努力はしてみる。わたしだって商店街の住民だもの、自分の身は自分で守れるぐらいにはならなきゃね」


 その言葉に首を縦に振る。実力差を見せつけられて折れるようなやつではないことは十分に理解しているが、言葉にしてもらえるとやはり安心する。


 再び、魔物の死骸を物色する。時間的余裕はあまりないのでのんびりと漁ることはできないのだが、倒した魔物の群れの中にカーバンクルが何体が紛れ込んでいるのを見たたため、その額にある宝玉が残っていれば回収しておきたい。


 「爆炎で薙ぎ払わなければよかったのに」


 カーバンクルの死骸捜索を手伝いながらカリンが言った。

 

 「そうは言ってもな、通路の形状に合わせて一直線に向かってくる魔物がいたら、まとめて効率よく片づけたいと思うだろう。 まぁ、もう一つ二つは低位の爆裂魔法を使っえばよかったなと思うけど……」


  鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん、という故事成語を思い出しながら反省する。これから迷宮変動続くのかわからないのに、必要以上の体力を使うのは間抜けと言われ手も仕方がないことだと思う。しかし、久しぶりに全力が出せる状況になったのだから、少しだけだけはしゃぎたくなるのは、仕方のないことではないか。


 「月からは気を付けてね。……それにしても、チハヤさんはどうやってその魔法を学んだの? 詳しくはわからないけどさっきの魔法って、すごい高位魔法だよね。何かの魔導書の教本で、至高とか究極って書かれていたような……」


 カリンが先ほど使った魔法について尋ねた。 『噴き上がる彩層』それが、先ほど魔物の一群を吹き飛ばした魔法の名称である。炎系の魔法はいくつかの系統が存在するが、太陽に関する名称が点けられた魔法が究極とされている。太古の時代から、太陽は世界の多くの神話・伝承などで最高神などとして描かれることが多く、崇拝の対象となってきたという背景もあってのことだろうと思うが、所以はよくわからない

 

 「魔法ね……。それについては学んだというよりも貰ったという方が正しいかな」


 「貰った?」


 カリンが首を傾げた。その疑問は当然のことであった。魔法は魔法使いに師事し、魔導書を読み込み、自分の中で世界を作ることで世界に干渉して発動できるものであって、その構築には大変な努力が必要となるもので、他人から貰うことでどうにかなるようなものではない。


 「まぁ、昔にね……。 おおっ! やった、見つけた! カーバンクルの頭部だ!!」


 がれきの中からカーバンクルの頭部を見つける。いくらか焼けこげてはいるものの、猫に似た頭部は健在で額にある宝玉も目立った欠けや傷などが存在していない。


 「いやぁ~。 頭まるごと見つかったのは僥倖だな」


 あまりの嬉しさにカリンにカーバンクルの頭を見せつける。それに対してカリンは首を横に振る。うれしさのあまりに額の宝石を見せたいとと思った行為だったが、よくよく考えてみれば、半分焦げて爛れた死骸など見せつけられて喜ぶ女の子などいるはずもない。

 

 「あんまり見たくない。早く額の宝石を外して片付けて」


 「そうは言ってもな。カーバンクルの宝玉は頭部付きの状態だと値段が跳ね上がるんだ。何せ見ただけで本物と判別ができるからな」


 カーバンクルの宝玉には、この石を手に入れた者は幸運や富を得るとの言い伝えがある。そのため、金持ちや好事家にはとても人気のある宝なのだが、それゆえにただのルビーやガーネットをカーバンクルの宝玉とする騙りが非常に多く、偽物の代名詞となってしまっている。そのため、頭付きのものは本物であることを証明したものとして非常に人気があるのだ。

 

 「なるほどね。 事情は分かったけど……」


 カーバンクルの頭部を渋い顔でカリンが見つめた。


 「そんな状態で売れるの? 私はそんなの飾りたくないけどね」


 「ははは、さすがにこの状態では市場に出ないだろう。この状態は仲買人に引き渡すまでだと思う」


 さすがに、溶けかけた魔物の死骸をはく製や防腐処理をして飾るようなやつはいないと思う。いたとしたらよほど趣味の悪い奴だ。そんなのはこの世界広しといえども、薬屋のノイマンぐらいだろう。あいつならこの頭部をホムンクルスの合体させて不気味な合成獣を作りかねない……。


 カーバンクルの頭部を予備の麻袋に入れる。このまま運搬するのであればこれ以上、傷がつかないように厳重に根本するべきなのだが、今回は運が良いことに傷つきやすい荷物の運搬を得意としている者が近くに存在している。


 「カリン、回復の水薬を一本出しといてくれ。 ノイマン謹製の徹夜で働いてもねむkならないお薬、な」

 

 「あれを? いいけど、何で……」


 「配達人に飲ませるためだよ」


 そう言って通路の壁に手をかける。先ほど探索魔法を使用した際に異様な反応を示した場所である。手が触れた部分は壁とは思えないような柔らかさと温かさがある。思ったとおりだ。


 「よっこいしょ!」


 壁を力任せに剥がす。すると物質同化の魔法が解けたらしく、黒いコートを着込んだ小柄な男性が姿を表し、地面にごろんと転がった。地面に倒されても何も反応がないため、死んでいるかと思ったが、幸いなことに呼吸はしている。しかし顔彩は悪く目の下には真っ黒な隈ができていた。


 「誰なの?」


 カリンが薬瓶を手に持ったまま、倒れこんだ人の顔を覗き込む。そういえばカリンがこの商店街に居付くようになってから、まだ挨拶はさせていなかったかもしれない。何せこの倒れている人は商店街住民の中でも非常に多忙な存在である。


 「おーい、寝るには早いぞ、アット」


 倒れている男性の頬をぺちぺちと叩く。しかし、反応がない。仕方なく少しだけ強めに叩く。見た目は中世的な顔立ちをしているが男性であるため、顔に赤く腫れあがる程度の力で叩くことにする。これで起きなければ水薬を無理やりにでも流し込めば飛び起きるだろう。


 「……なんすか」

 

 どうやら起きたらしい。気だるげ声とともに、首から上を起こしてこちらをにらむ。


 「仕事だよ。運んでほしい郵便物がある。運び先は俺の店で、内容はこの麻袋一つだ」


 「嫌です……。 今は休憩中なので……、後で……、し……」 


 そこまで言って力尽きた。 カリンが


 「誰なの、この人? だいぶ疲れているみたいだけど」


 「逓信局の配達人だよ。名前はアット。迷宮内支局で働く唯一の小役人。一応商店街の住民かな。配達業務でほとんど商店街にいることはないけど」


 どうやらだいぶお疲れらしい。仕方のないことだとは思う。彼女は普段から迷宮内で働く冒険者たちを探して、手紙や小包の配達・回収を行うため彷徨うことを仕事としている。時には魔物の巣の中に突っ込むこともあるし、危険な罠を潜り抜けなきゃならないこともある。一言でいえば激務であった。そして最近はその業務に加えて変動前からの調査と、伝令、小物資の運搬などで忙しそうにしていた。


 「ここ最近休めていなかったのだろうね。普段から働きすぎなんだよなぁ」


 金のために馬鹿真面目に職務をこなす性格は仕方ないとしても、倒れるほど働くことはないだろうと思う。数少ない空間収納系魔法の使い手であるため、便利さを買われて役人になったはいいものだが、このままだと役所に使い潰されて過労死してしまわないかと不安になる。

  

 役所に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄しつつあるその姿は、一般市民でありながら旧体制の奴隷と呼べる状態ではないかとは思う。


 しかし、奴隷との大きな違い彼に払われる報酬は一般市民の収入に比べて何十倍もの額であるため、商店街で同情する人間は極めて少ない。迷宮内で過労死していたら復活魔法でも有料で掛けてやるかという扱いである。


 「起きそうにないわね」


 カリンがアットの体を大きくゆすりながら言った。アットはそれをものともせずに幸せそうな表情で寝ている。平時であれば商店街まで引き摺って運搬してやるのだが、幸いなことに今日は別の手段があった。そう、ノイマンの水薬だ。


 「カリン、水薬をくれ。こいつに飲ませる」

 

 「わかった。 ところで何なの、これ?」

 

 「さてね。俺にもわからん。ただ、世間に大きな声で言うと、官憲が飛んでくるようなが貴重な材料を使用したものであることは街違いない」


 「それって、違法やくそ……」


 「はい! 流し込むから暴れないように手足を抑えてくれ」

 

 「暴れないように?」


 カリンが手足を抑えてことを確認するとアットの口に薬瓶を押し込む。


 原料は詳しく知らないが、今まで飲んだ人間からは、劇薬、犬の糞と泥水を混ぜた汁のほうがマシ、人間を辞める時に飲む飲み物などといった大絶賛を受けている代物である。


 アットが目を見開区と同時に迷宮内に悲愴な絶叫が響いた。 

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