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 第二階層は第一階層に比べると迷宮変動の影響がだいぶ大きい。数日前までは確かに存在していたはずの小部屋や通路が、いつの間にか消失し見覚えのない通路や小部屋が敷設されている。


 「話には聞いていたけど……、こんなにもきれいになるのね」


 カリンが感心したような声を上げた。冒険者になりたての新米冒険者だった彼女にとって、上層は鉱物や魔石を採取する鉱床としての認識しかなかったのだから驚くのも無理はない。彼女にとって迷宮とは横坑が無秩序に存在し、縦横無尽に壁が削られている姿が普通の状態であるという認識であった。


 「本来であれば迷宮はもっとシンプルな構造をしているものだよ。分かれ道だって右か左かそれとも真っすぐか、程度の分岐でしかない。小部屋のほとんどが行き止まりでただの不正解でしかない」

 

 歩いた道を忘れないように簡略化した地図を作りながら歩く。


 「結局、迷宮が迷宮らしくなるのは人間が資源を求めに踏み込んで来てからだな。まったく人間の欲というものは際限がない。小部屋を大部屋に、三叉路を七辻に変えてしまうのだから、恐れ入る」


 「へぇ、そうなんだ。あれって人間が作ったんだ……」

  

 カリンが苦笑を浮かべながら呆れの混じった口調で言った。カリンもまた複雑な迷宮第二階層に惑わされた被害者の一人だったらしい。


 「道が整理された理由は分かったけど、壁の中はどうなっているの? ひょっとして中にある魔石とかって復活してるのかしら?」


 カリンの疑問に対して、手持ちサイズのスコップを取り出すと、そのあたりの土壁におもむろに突き立てる。小さなスコップで掘削するのは意見すると無茶にしか見えないが、このスコップにはルーン魔法で補強されており、岩盤でもなければ容易に掘ることができる代物であった。


 壁にスコップを突き立てる行為を二、三回を行うと、土に混じって鈍く輝く粒がぽろぽろと通路上に落ちた。


 「えっ、うそ! こんなに浅い層で魔石が出るの!?」


 「変動直後はこんなものだ。もっとも表層から出てくるのは微量すぎて値が付かないものだけど。この微量な魔石が含まれている土を追いかけて掘っていけば、いつかは魔石の鉱床にたどり着くことができる」


 通路にこぼれた土を通路脇に寄せた。せっかくきれいになった迷宮を汚したくはない。汚すのは冒険者の仕事であって、商店街の住人が勝手にっやっていい行為ではないのだ。


 「今見せたとおりに、取りつくされて消失した鉱物や魔石の類はすべて復活する」

 

 「やっぱりそうなんだ……。じゃあこの迷宮変動が終わって探索が再開されたら、冒険者たちはすごく儲かるのかな?」

 

 「市場価格が壊れないように持ち出し制限はかかると思うけど……。 それでも鉱脈を発見できれば一生遊んで暮らすことができるほどの金は得ることができると思う」


 あくまで発見できればの話ではあるが。何せ変動後の迷宮はいろいろと厄介なことが多い。未知の領域となるため危険が大きいし、迷宮管理局と迷宮探索に出資している大商人連中との折り合いがある。そのため、一般冒険者が一日で一攫千金にあたる発見をすることはまず難しい。


 「まぁ、難しいだけで、可能性はあるけどね。 どうする? お前さんも冒険者に戻ってみるか? ひょっとしたら俺への借金を全額返せるかもよ」


 その言葉は冗談半分、本気半分の感情をこめて言ったものだったが、カリンはすぐに首を横へと振った。

 

 「魅力的な提案だけど止めとくわ。 私には冒険者の才能はないもの。それに、あの時みたいに仲間が倒れていく姿を見るだけで何もできないというのは、もう二度と経験したくないから」


 場の空気が少しだけ重いものになった気がする。カリンがうちの店働くことになった原因について、やはり思うところがあるのだろう。自業自得なところがあるとはいえ、自分の判断ミスで仲間が死に、その仲間に裏切られているのだから。


 その空気を察したのかカリンは慌てたように言葉を続ける。


 「あっ、もちろん迷宮商店街にいるのが楽しいというのもあるけどね。チハヤさんにシアン、それにサシャさんを含めた皆にはよくしてもらっているし……、チハヤさんがお店にいるのを許してくれる限りはずっと居たいなって思う」


 「そうか、まぁ、ずっとはわからんが借金が残っている間は働いてもらうつもりだ。店が倒産しない限りは、な」


 「あはは、やっぱりそこが心配よね。迷宮変動が終わってお客さんがたくさん来てくれるといいのだけど」

 

 カリンの明るい言葉に場の空気が戻った。最後に言われたことについては急務の課題ではあるので、変動終了後に対策を講じることにしよう。まずは今の仕事を何とかしなければならない。


 「しかし、こうも地形が変わってしまうと観測班の連中を探すのに骨が折れるな……」


 第二階層にいる部隊は魔物の同行を報告するための観測班である。大型の魔物が出現したときや大規模な群体が地上に出そうなときに本部へと報告する任務を担当している。一応観測班の待機場所は事前に決まっており、第三階層につながる階段付近で待機することになっているのだが、その肝心の階段へ行く道がわからないという状態であった。


 「仕方ない。探索魔法でも使うか」

 

 「探索魔法?」


 「うん、本来であれば暗闇とかで動く物や障害物を感知するのに使うの魔法だけど、出力を強くすれば迷宮の形状ぐらいは把握できる」


 「へぇ、便利ね。どうして今まで使わなかったの?」


 「この魔法は魔力波を発射して壁や床からの反射波を受信し、反射音の方向と戻ってくるまでの時間から地形の形状や距離を測定するものだ。魔力波は生きている生物にぶつかると消えてしまうので、そこに魔物がいた場合はそれで把握できるという仕組みなのだけど……」


 実際に魔法を使用する。青白い光が自分の周囲に展開すると、それは一瞬で広がり迷宮の奥へと飛んで行った。それとほぼ同時に、カリンから小さな悲鳴が起きる。


 「大丈夫か?」

 

 「うん、平気……、ピリッとしただけだから」


 「今のがこの探知魔法の副作用だよ。魔力波はそれなりの出力があるので、触れたものには微弱な電流を浴びたような痛みを受けることになる」


 この魔法は自分周囲の状況を把握することができるが、副作用のせいで自分がいる場所を相手に知覚させることになってしまうのである。そのため、敵が自分の居所を把握していて、自分がわからなかった場合などには有効だが、お互いに居所わからないという場合に使用してしまうと、お互いの位置がそれぞれ把握できてしまうというデメリットがある。直さなければならない問題点だが、今のところ改良の目途はたっていない。


 魔法の発動が終わり、第二階層の状況が把握できた。やはりというか、案の定、俺の居場所が魔物連中に気付かれたようだ。魔物の群れがこちらに向けて駆け出してきている。幸いなことに第二階層の魔物はその集団しかいない。あとは階段手前でのんびりしている観測班と、後方の壁から変な反応があることぐらいか。


大きさから考えると人間か、壁に同化するような知り合いはそれほどいない。そして、俺たちと同じように迷宮内を歩き回っているとなるとおそらくはアイツだろう。


 「大丈夫なの?」


 俺の思考を遮るようにして、カリンが心配そうな口調で尋ねた。


 「ああ、問題はない。それほどの規模の集団ではないからすぐに片付く。 心配するな。ちゃんと守ってやるからな」


 その言葉を言い終わるのと同時に、迷宮の奥から魔物の集団が駆け出してくる姿が見えた。


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