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 誰も来ないだろうと思っていた店に入ってきたのは、40代ぐらいの恰幅の良い男性だった。深緑色の帽子に、自分と同じような白色のシャツ、店の屋号が刺繍された前掛けをかけている。先ほどの冒険者と違い何処にでもいる職人風の姿見をしている。


 「おはよう。景気はどうだ? まぁ、聞くまでもないことかもしれないが」


 男は微笑みを浮かべつつ言った。顔面に複数の傷があり、強面ではあるものの、笑顔を浮かべるとどことなく親しみを感じることが出来る。


 「ぼちぼちですよ」


 「やはりいつもどおりか。閑古鳥しか店に来ない、と」


 男は笑いを浮かべた。


 店内の隅に置いてある。腰かけに勢いよく座る。ギシギシと椅子が甲高い悲鳴を上げて揺れた。古い椅子なので乱暴に扱いすぎると壊れるのではないかと思ったが、なんとか耐えているらしい。ボロボロの椅子であっても大事な資産ではあるので、後で様子を見ておこう。


 「何か御用ですか?営業時間中なので、お客様以外はお引き取り願いたいのですが」


 「用事ならあるさ。しかし、用事がなかったとしても、商店街にある店の様子を見に来てはダメと言うことはないだろう。一応、商店街の長をやっているのだから」


 笑いながら男は言った。帰れという言葉が通じなかったことにため息を吐く。この男が店に来るときなんて、町内会費の取り立てや、役場からの依頼された仕事を押し付けに来るぐらいなものである。


 男はヴォルフと言う名前で、このあたりに存在する商店の取りまとめ役である商店組合の組合長を担っている人物である。


 「組合長なら、この店の状況をどうにかする手助けをしてください。経営状況をご存知なら、そろそろ夜逃げしそうな頃合いだとか心配にならないですか?」


 「ああ、もちろん心配だとも」


 ヴォルフは頷いた。


 「だったら、もう少し販売できるものを増やす許可をくれないか。 地上の市場で売られているものを店頭に並べても、駆け出しの冒険者か、よほどの間抜けしか買ってくれる人がいない」


 「買い手がいるのであればまだマシな方だと思うがね。それとも、何か新しい商売でも始めたいのか?」


 「ええ、まあ」


 ダメもとで聞いてみる。


 「商品の目録に自作の薬を入れたい」


 「なるほど」


 ヴォルフは少し考えるようなそぶりを見せてから口を開く。


 「駄目だな。ノイマンの店と商品が被る。こんな狭い場所で競合店が出現すると競争になる」


 「はぁ、そう言うと思った」


 ため息交じりに言った。俺の店が存在するこの街にはいくつかのルールが存在する。ルールは住民集会で多数決により決定するもので、この街の唯一にして絶対的な法律と言ってもいい。その法律の中に一業種一店舗までと言う決まりがあるため、自由に業種を変更することや、販売する品物を変えることが出来ない。


 消費者にとっては優しくないだろうなと思いつつも、商機が少ないこの場所で生きていくためには必要なことではあるため、しぶしぶとだが俺も納得はしていた。


 「そんなことよりも、もっと商品が売れるように接客する努力をしなさい。この店からお客さんが怒りながら出て行くのを見たぞ」


 「うるさいな。無理だって。どんなに上手く接客しても、相手に金が無ければ売るなんかできやしない。もっと安く販売できれば、お客さんに満面の笑みで出て行ってもらえるよ」


 商売の不満を口にする。その言葉にヴォルフは首を横に振った。


 「そいつは違うな。商売人なら、その価格でしか売れないことを納得してもらえるように努力するべきだ。巧みな話術と交渉術を身に着けることが、一人前の商人の必要条件だ」


 「はいはい。わかったよ。努力するよ」


 そういって組合長の言葉を流す。昔はこんな格言みたいな偉そうなことは言わなかったのに、最近はいつも小言ばかりだ。立場がそうさせたのか、年齢がそうさせたのかはわからないがおそらく両者だろう。


 「それで?まさか、そんな店の状況を聞くためだけに来たわけではないだろう」


 「ああ、そうだ。仕事を依頼しに来たのだった」


 そう言いながら、ヴォルフ懐から筒状に丸められた羊皮紙を取り出す。羊皮紙には市長印が押印されており、市が発行した公文書であることを意味している。


 「お上からの通知書だ。いろいろと税金の変更とか、月報の提出命令とか、出入口の使用の苦情とかどうでもいいことばかり書いてあるのはいつものことだが……」


 この商店街が闇市として摘発されずに黙認される条件として、迷宮内の難航案件を住民で解決するという決まりがある。依頼といってもたいしたものではなく、迷宮内の探索依頼か、冒険者の探索を阻害する危険度の高い魔物の討伐依頼が多い。


 ヴォルフが書類を俺に渡そうとした時に、シアンがティーセットを乗せたお盆を持って、店内に戻ってきた。


 「あれ、おはようございます。組合長さん」


「ああ、おはよう。シアンちゃん」


「珍しいですね。組合長さんが朝から来るなんて……。今日も飲み会のお誘いですか」


 シアンはジト目で俺と組合長を睨みながら言った。組合長が店に来るときは飲みの誘いが多いため、朝から見かけるのが珍しいと思ったのだろう。シアンはあまり外に出ないため商店街の住人との交友はあまりないが組合長夫婦と、隣にある肉屋の奥さんだけとは親しくしている。


「はっはっは。今日は違うぞ。ちゃんと組合長の仕事でここにきている。しかし、いつも飲んでばかりだと思われているのか。……たまには仕事をしているところを見せなきゃならんかな。威厳がなくなってしまう」


「無理だろ。組合長の威厳なんて元からないのだから」


「おう、喧嘩なら買ってやるよ」


「金貨三枚で」


「金を取るのか!?」


「売れるものはなんでも売りたいからな」


 冗談めかしていうが、売り物を増やしたいという気持ちは本心からのものである。喧嘩でもなんでも買値が付くのであれば何でも売りたい。


 「それじゃあ買えないな。ノイマンの店と商品が被る」


 ヴォルフが残念そうに首を振った。ノイマンの店では喧嘩を売っているのか。そういえば最近顔を見てはいない。死んでなければ良いのだが、今度暇なときに一度顔を出してみようかな。


 「あはは、……それよりも。飲み会ばかり開催しないでくださいね。ご主人様は最近いつもお酒ばかり飲んで困っていますので」


 馬鹿どもの会話に苦笑しながらシアンはお茶の準備をする。来客の存在に気が付いていたらしく、三人分のカップが準備されていた。


 それを丁寧テーブルに並べ、ティーポッドのふたを開けてスプーンで中で適度にじっくりと蒸らししたお茶を軽く混ぜる。それから茶漉しで濃さが均一になるように、丁寧に人数分のカップにまわし注ぎを行った。部屋にお茶の良い香りが広がる。


 「組合長の分なんて用意しなくていいのに」


 店を冷やかしに来るような奴に歓迎なんてする必要はない。しかしシアンはそう思わないらしく窘めるように言った。


 「そんなことを言ってはダメです。どんな方であってもお客様はお客様ですから」


 「やさしいなぁ、シアンちゃんは。この無愛想野郎に爪の垢でも飲ませてやりたいぜ」


 ヴォルフは腕を目に当てて泣いたふりをする。いい年をした筋骨隆々としたおっさんがそんな真似をしても気持ちわるいと思った。


 それを無視してお茶に口をつける。相変わらずうまい。シアンは料理については全く駄目だが、お茶を淹れることに関しては一級品の腕を持っている。

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