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 調査隊をすべて復活させるのは思っていたよりも大幅に時間がかかるものであった。


 復活魔法というものは魔法使いが一人いれば完結するというものではない。復活させるには対象の魂が冥府へと旅立っていないことが前提だし、6割以上の肉片が存在していないと肉体を完全に復元することは難しい。そのため、対象者が魔物に体を食べられただとか、火炎に雷撃によって灰や塵となれば霧散してしまえば通常の復活魔法ではほぼ不可能である。


 今回の場合は残念なことに、毛むくじゃら獣は肉食の生き物であったたのである。そのため手分けして魔物を解体し、未消化の肉体を探す羽目となってしまったのである。


 「魔物専門の解体業者でもいればいいのだけど」


 「ははは、肉を解体するような奴はいないだろ。種類によっては値が付く毛皮や骨等の解体であればその辺の冒険者でも行うことだが、内蔵の分別をする奴なんていないだろう」


 「いやいや、世の中には魔物を食べるような偏食家も存在すると聞いたことがある。なら解体を専門とする者もいてもおかしくないと思うが。 ……まぁ、いたとしてもよほどの奇人変人の類だと思うがね」


 魔物を食べる者がいるという俺の言葉にヴォルフは驚いた表情を浮かべた。それから先ほど自分で解体した魔物の死骸に視線を移すと渋い表情を浮かべて首を横に振った。どうやらヴォルフではそれを想像できなかったようだ。そしてそれについては俺も同意見である。緑や紫色の肉片や内臓を見てしまうととてもではないが、それを口に入れたいとは微塵も思わなない。


 「ははは、奇人変人であってもそんな奴がいるのであれば、計画に組み込みたいものだな。迷宮内で生かすことのできる希少な技術を持った人材が一人でも多く集めて規模を大きくする必要もあるしな」


 「規模を広げる?」


 「ああ、せっかく広大な空き地を手を入れるのだ。そこに建屋が数件しかないのであればあまりに寂しいだろう。 いっそのこと十数店舗の商店を作り商店街でも作り上げるのも悪くないかもしれん」


 商店街という言葉がヴォルフの口から出たことに少々驚く。もともと有力商会の支店を迷宮内に誘致し商売をさせるのが目的だとは聞いていたが、せいぜい数件程度の商店を作るだけだと思っていた。


 ヴォルフに質問をしようとしたが、それよりもわずかに早く負傷者の救護に当たっていた副隊長が俺たちに声をかけた。

 

 「調査隊の負傷者の救護が完了しました。自力で歩けないものも何名かおりますが、治療が完了したものが背負えば移動は可能です」


 副隊長は素早く現状を伝える。その言葉に俺とヴォルフは視線で会話しうなずきかえした。


 「とりあえず仕事の半分は完了、と」


  ヴォルフが腰を上げて立ち上がりながら言った。それから腰をこぶしでポンポンと叩き、腕を突き上げて伸びをした。

 

 「思っていたよりは時間はかからなかったけど、意外と苦労した」


 「救出対象が文字どおりバラバラになっていたからかな。鑑定魔法を使ってこれが誰の部品か探しながらだったのだから、仕方ないさ」


 ヴォルフは懐から細巻袋を取り出す。そこから細牧を一本取りだしてくわえると。細牧袋を俺の元へと差し出した。


 「まぁ、何にせよ。ひとつの区切りはついたんだ。チハヤ、一服つけるのも悪くない」


 「一服つけるなら、細巻よりも酒のほうがいい。……さっきの約束は忘れるなよ」


 「何の話……。ああ、もう睨むな睨むな。もちろん覚えている。スコッチなんていくらでも奢ってやるから」


 苦笑を浮かべるヴォルフを尻目に、魔法で指先に微粒な炎を浮かべるとヴォルフの細巻に火を点ける。 


 「副隊長さん。帰りについては俺たちが護衛で突く手はずとなっている。機関の準備ができたら声をかけてくれ。そんなに急がなくてもいいぞ。一服して待っているから」

 

 その言葉に副隊長は了解しましたと敬礼をすると隊列を組むべく動き出した。急がなくてもよいとヴォルフは言ったが、さすがは軍隊というべきかあっという間に支度を整えていく。せっかく火をつけたばかりの細巻は無駄になりそうだ。


 「やれやれ、のんびりやれと言ったのに」


 ヴォルフは紫煙とため息の混じったものを大量に吹き上げた。


 「しかし、これで終わりだと思うと少しばかりもったいないような気がしないか? チハヤ」


 「もったいない?」


 「せっかく、あれほどの部隊を率いて迷宮を探索しているんだぞ。その結果が第七階層は最精鋭の軍人でも突破できない危険地帯ということと毛むくじゃらのよくわからない魔物しかいない。これでは支払った費用に対して成果なんてほとんどないものと言っていい」


 ヴォルフが面白そうに唇の上で細巻を転がす。その表情はいたずらを考えた少年のような無邪気さがあった。


 「もったいないといえばそうだけど、調査なんて行えば必ず成果なんて出るものじゃない。珍しくもない話さ」


 「うん、確かにそうだ。しかしそう言われて、虎の子の舞台を出した軍隊や税金を出してくれる市民は納得してくれるか?」

 

 「仕方ないだろう。それを納得させるのも役人の仕事の内だし」


 「そうだな。しかし、命じられるまま真面目に頑張って仕事をこなしたというのに周囲からの声が賛美ではなく罵声というのはあまりにかわいそうな話でもある」


 確かに同情するべきではあると思った。文字どおり死ぬような目にあったというのに何も得るものがないどころかマイナスというのはあんまりといえばあんまりである。しかし、だからと言って、彼らが第七階層で壊滅し、撤退を余儀なくされたという事実津はどうやっても変えることができない。せいぜいできることは今回の出来事を反省し、対策を考えて次回の探索で生かして更に最奥へと進めるように努力するしかない。


 「で、結局お前は何が言いたい? さっさとお前さんの考えを教えてくれ」


 調査隊の期間準備はすでに完了しているようだった。あとは副隊長が部隊を確認しこちらへ報告すれば帰還が始まるだけである。


 「簡単な話だ。 帰還のための護衛は、一人いれば十分だとは思わんか」


 「十分だろうな。この階層の魔物の強さはたいしたことなかったし、足手まといがいなくとも問題はないだろう」

  

 俺はヴォルフの質問に眉を寄せながら答える。護衛が一人で十分であるということは間違いはないが、それが今の状況と何の関係があるのだろうか。、ヴォルフの言いたいことがいまひとつ理解できない。一人が護衛を頑張り一人が休みながら帰還するという提案だろうかとも思ったが、目の前にいる男がそんなつまらない提案をするような男ではないことは十分に理解している。


 そんな俺を尻目にヴォルフはにやりと笑みを浮かべて、汚い顔を近づける。周囲にいる兵士たちに聞かれるとまずいことらしい。


 「役人連中に恩を売りたい」

 

 ヴォルフが小声で言った。


 「引き上げを行う調査隊に代わって俺たちが迷宮の下層に降りる。 迷宮の最下層に何が存在するのかを調べたい」

 

 突然の言葉に少々驚いたが、ああなるほどねとヴォルフの言いたいことは理解出来た。成果を上げることの出来ず這う這うの体で逃げ帰るはずだった連中に、後ろ指をさされない程度の花を持たせたいということか。

 

 しかし、そんなことをしてしまうことは我々の立場が悪くなることにつながらないだろうか。冒険者として許諾を受けてすらいない流れ者や不法滞在者が未踏破である迷宮の最奥に土足で踏み込むことは、頭の固い役人連中を怒らせることになるのではなりはしないか。


 「だからこそ秘密裏に実行する。隊列の前衛と後衛を二人で勤め、六階層にたどり着いたら後衛は反転して下層に進む。多少は怪しまれるだろうが、後方から魔物を抑えるために残ったとでも言えば、十分にごまかせる」


 「まぁ、出来るだろうね」

 

 兵士たちの姿を横目に見ながらヴォルフの言葉に賛同した。兵士どもの過半数は顔面蒼白で気力というものが一切感じられない状態である。死という状態からの復活によるダメージが抜け切れていないのもあるのだろうが、それ以上に強者であるという自負を見事に叩き潰されたている。この状態なら確かに後方にいる人間がいなくなっても追及しようとはしないだろう。


 「それにこの迷宮の最下層に興味はないのか? 誰も到達したことのない未踏の地に何が居るのか、何があるのか。冒険者でなくても知りたいと思える内容だとは思うのだが」


 「それは、まぁ、確かにそう思うけど……」


 この街に滞在してから数か月になるが、一介の冒険者に最下層への探索許可が下りたという話は聞いたことがない。今回の失敗を考えると今後もその許可が発給されることはないだろう。つまりこの機会を逃すと次にこの場所にたどり着くことが出来るようになるのはいつのことにになるやら。

 

 「しかし、あまり自信ないな」


 「何がだ?」


 ヴォルフは俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべる。


 「俺は嘘はつけない性分だから上手に説得できるかどうか」


 「ははは、面白い冗談だ。 しかし、その点を心配する必要はないぞ。説明するのは俺の役目だからな」

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