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 -六年前、迷宮第七階層にて-


 気温が低下している。そう感じたのは周囲の雰囲気がそれまでの上層に比べて張り詰めたものになったからだと気が付いた。自分と同行者以外の息遣いは感じられないのに、侵入者を排除する強烈な敵意と殺意が周囲に充満している。


 「こんなところまで降りることができるなんて、迷宮管理局のお役人さんにしては、骨のある連中だな」


 「守備隊の最精鋭を借りたって言ってだろう。仮にも軍隊の精鋭なのだから、迷宮の深部まで進入することは容易だろう」

 

 先日、迷宮管理局により大規模な調査が実施された。迷宮変動の発生原因と今後の変動期の予測を立てるための目的とした調査で、街を防衛する軍隊の一部を投入するほどのかつてない大規模な調査である。国で一二を争うような軍人たちが橋頭堡を築き、後発の舞台が各階層ごとに補給、連絡用の拠点を作りあげ、探査者が万全の状態で地下に進むことができる状況を整える。こうすることで未知の領域といえど着実に調査ができるはずであった。


 調査開始から二週間が経過し、行動は完全に停止している。


 行動が停止した原因は第七階層に到達した先発隊との連絡が一切取れなくなってしまったことにある。先発隊からはそれまでの階層と同じく橋頭堡を確保したため、合流を要求する伝令があった。その伝令を受けて後続部隊は進発を開始したのだが。


 「全滅?」

 

 「後続部隊は、間違いないと思う。まさしく全滅だと思うよ。ヴォルフ」

 

 道中に散らばった真新しい人間のの死骸を見つめながらヴォルフの言葉に答えた。この階層に住む魔物は設営部隊とその護衛を一人残らず殺戮し、周囲一面にすべてぶちまけてられている。真紅に染められた通路の中に見覚えのある透明なガラス瓶が散乱していることに気が付いた。それを指先で拾い上げる。軍の模様が刻まれていることから、おそらく補給物資として持ち込まれた治療の水薬のものだろう。せっかくの回復薬なのに使う暇もなく殺されたのか。


 「さすがは第七階層というべきか。どんな魔物が生息しているのやら」


 「さてね。しかし、軍隊の一個小隊を殲滅できるような魔物がいるのは、まあ違いない」


 「そうか、ならそれなりに強さには期待できそうだな。ここまでの道中対して強くもない魔物ばかり相手にしていたから、退屈で退屈で」


 大きく肩を回しながらヴォルフは笑みを浮かべて言った。


 「ちなみに他に何か気づいたことは?」


 「後続部隊を襲ったのはおそらく四つ足の獣型。、形は犬でも馬でもないタイプのもの。数はそれなりにあるからある程度チームを組んで襲ってきたものと思われる」


 「ほう、よくわかったな」

 

 「足跡があったからな。大きさは」

 

 「人間よりもでかくて、そうだな。亀のように図太くて幅広い蹄のある足をしているだろう。おまけにその魔物は毛むくじゃらで蛇の頭を持っている。まったく珍妙な魔物だな」


  よくそんなことがわかるものだと感心した表情を浮かべてヴォルフを見る。ヴォルフは迷宮の奥を見つめ、自身の得物である大ぶりの斧を構えていた。

  

  視線をヴォルフと同じように迷宮の奥へと移す。そこにはヴォルフがつぶやいたとおりの見た目をした魔物がこちらの様子をじっくりと窺っている。初めて見る種類の魔物であった。

  

 「1、2、3……ああ、くそッ!後ろにも何匹かいるな。それなりに数だが……。チハヤ、お前さんに後ろのやつを任せていいか?」


 同じ姿の魔物がいつの間にか後ろにも詰めている。予想通り集団で戦闘を仕掛けてくる魔物のようだ。


 「……後ろに控えていた連中のほうが、数が多いのだけど」


 「そうか? まぁ引き受けてくれ。ここから出たらコニャックを一杯おごるからさ」

  

 「嫌だね。せめて三杯はおごってくれないと」


 「おいおい、独身貴族のくせに妻帯者に集るとはひどい奴だ。本来であればお前さんが俺に対して、お疲れ様でしたと差し出すものなんだがなぁ」


 「それを言うなら年配者が目下の者にご苦労様と言ってねぎらうのが正しいだろう。それに家族がいるからというのはただの言い訳だ。結婚したのは自分の意思で、誰かに強要されたものではなかろうに」


 「ふん、俺は一人前の男だからな。仕方ないことなのだ。30才を超えたいい男がいつまでも一人でいるわけにはいかなかったのだよ。お前さんだって30歳になればわかるさ」


 「うへぇ、そいつは嫌な話だな。家の掃除が片付くまで帰ってくるなと女房に言われて、迷宮に送り出されるような旦那に俺も奈々らにといけないのか……」


 「それが、世間一般で言うところの正しい男の生き方だ」


 「はいはい。まぁ生き方について語るために、お互い頑張りますか! ヴォルフ、」そっちは任せた!」


  動き出した魔物と間合いを詰めるべく、武器を構えて走り出す。それに対してヴォルフは斧を上段に構えることでそれに答えた。





 「これで、最後だぁぁ!」

 

 ヴォルフが大声をあげながら斧を最後の一匹の脳天に叩き込んだ。


 魔物を殲滅できたのは、最初の一体と遭遇してから1時間ほどの時間が経過してからであった。


 先ほどまでの毛むくじゃらの魔物、名称が正式に決まっていないためヴォルフとの間で毛むくじゃら獣という名称を名付けた魔物が大量に道中を遮るように出現したため、探索は遅々として進まなかったのである。


 「一匹倒すと大量に仲間を呼ぶタイプだとはな。それほどの強さはないけどその毛髪一本一本が毒針になっているから近接させると危険だし、調査隊には荷が重かったのかもしれん」

 

 「集団で体当たりをされると処理しきれない。単純な戦法だけに防ぐのも難しい。面制圧できるような魔法が使える魔術師がいないとさばききれないと思う」


 「そうだな。管理局には高脅威の魔物として報告しとくか。肉片の一部をサンプルとして持っていく」


 ヴォルフが懐から取り出した袋に毛むくじゃら獣の死骸を詰め込んだ。迷宮内で希少品を取得できればいくらかは持って帰ろうと思い用意した袋である。素材こそ普通の麻ではあるが固定化と保存のルーン魔法がかけられており非常に頑丈である。


 そんな作業を行い、しばらく第七階層を探索して、ようやく先発隊を発見することができた。


 驚くべきことに彼らは全滅しておらず軍隊としての機能を有していると言える状態で存在していたのである。 

  

 「さすがは精鋭部隊だな。生き残りがいるとは思わなった」

  

 「我々をバカにするな! ……と、言いたいところだが、こんな状況では何を言っても強がりにしかならん」


 部隊の副隊長の男が疲れ切った表情を浮かべて言った。


 副隊長が言ったように舞台はすでに壊滅に近い損害を負っている。毛むくじゃら獣の強襲を4回に渡ってはじき返しはしたものの、隊長はすでに戦死し隊員も4割が死亡か重度の負傷をしている。食料や医薬品などもすでに底を尽きかけており、すでに限界の状態であるといっていい。こんな状況下でも失っていないことはs評価すべきだが、次の戦闘が発生すれば2分と持たずに全滅するだろう。


 「君たちが来てくれて本当に助かった。正直我々はもうだめだと思ったよ。こんな迷宮の地下深くでは救援も望めない。復活魔法を使える人間が来てくれるわけはない。我々は生き返ることもできず迷宮の土になるものだとね」


 「行政にとってもあなた方は貴重な人材ということでしょう。なにがなんでも助けたかった。だからこそ我々のような行政が絶対に認めていない海千山千のような胡散臭い不法滞在者に頼み込んだんでしょう」


 ヴォルフが笑いながら言った。今までは管理局から敵としてみなされていた我々が初めて管理局から正式な依頼を受けて仕事をしている。この仕事を無事にこなして前回に引き続き今回も管理局に有用性が証明できれば、我々の存在を認めてもらえる。そして、調査隊を一人として死なすことなく帰還させることができれば、さらなる要求を行うこともできる。


 そうでもなければ、こんな仕事など引き受けるはずがないのだ。


 「チハヤ。 復活魔法を頼む。さっきの後続部隊の連中も含めて復活させなきゃならんが、魔力は足りるか? 一応魔力回復用の水薬は持って来ているが……」

 

 「いらない。それを口に入れると数日は味覚がおかしくなる」

  

 ヴォルフの言葉に首を振って答える。魔力回復薬の主な原材料は、魔力を多く含有する薬草や小型の虫などだが、煎じた時点で多くの魔力が空気中へと失われてしまう。そのためシルフやジンといった下級精霊を生きた状態で一緒に混ぜこみ、魔力を薬液内へ留めるようにしなければならない。その後、加熱し内部の精霊を蒸し殺し、冷却してから、ようやく使用できる状態となるのだが、その過程で発酵というよりは腐敗に近い変質を起こすのである。当然そんなもの人間が飲める用のものではない。


 「たかだか数十人の復活だろう? 余裕だよ。魔力の心配をするのであれば一個大隊ぐらいの規模を受け持つことになったら心配してくれ」  

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