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 薬草を持って行った先は商店街の中心から外れたところにある『世界及び真理の探究及び薬物に関する独立科学研究所』という名前の建物である。この建物の家主はノイマン・リ・ダートという人物で、奇人変人が多いこの商店街の中でも一、二を争うことのできる変人である。


 大仰で長ったらしい名前を自称しているが、研究内容は人々の理解を到底得られないものである。主な研究の主題は人口精霊や人口生命体の開発なのだが、魔物の死骸を再利用するとか、古書や古物から性質を維持したまま精霊を創り出すとか、地上のしかるべき組織が聞けば蛮行とか邪法と認定されるような、そんな非合法な行為をしている施設であった。幸いなことに商店街に対して大きな被害が出るような事故は発生させていないが、このまま彼を自由にさせておくといつか取り返しのつかないような出来事が起きるのではないかと常々不安になる。


 官憲に捕まればいいのにとそんな考えが頭をよぎったが、そうなった場合に彼の作品群はどうなるのだろうと思い、自分の考えを否定するように首を横に振った。きっと、おそらくだが、預かってくれと押し付けられるような気がした。


 なぜ、こんな変人と同じ町に住んでしまっているのか、と心の中でぼやく。せめて彼に薬学の才能と知識が無ければ、追い出すことも出来ただろうに。


 この商店街には住人は迷宮内で店を経営するか従業員として労働するかしないといけないという取り決めがある。これがないと地上に住むことが事情により出来なくなった人とか、労働意欲の低さから引きこもれるような場所が欲しくて逃げ込んできた人が集まってしまうからだ。ただでさえ無法地帯に近い状況なのに、そこへ無頼漢や無法者が住み着けば、さらにこの街は混沌としてしまうだろう。


 そういうわけで、この研究所は、店の看板の後半部分に描かれているとおり薬の研究と販売も行っている。ノイマンは変人だが、薬師としての腕は超一流で、店頭に並んでいる商品も回復薬、毒消し、止血剤、再生材、魔力回復薬などの一般的な薬品ばかりだが、薬効が何倍にも高かったり、副作用が無かったりと優秀なものが多い。


 我々住民向けとにも、鎮痛剤や鎮咳剤といった病気に効く薬の販売を行っており、守るべき用法容量を見極めることができれば恐ろしいほどよく効く薬である。


 薬を作る才能については、俺よりもノイマンのほうが上だろう。この点については文句なく認める部分であった。その才能は商店街の住人にも知れ渡っており、今回の迷宮変動のような荒事があるたびに彼の店に大量の薬を発注することが慣例となっている。


 そのため、薬の製造に工房をフル回転させて薬の製造を行っているはずなのだが、店の軒先にいるというのに仕事をしている気配が全くない。昨日は発破を行う工事現場のような炸裂音や、人の甲高い叫び声のような音が昼夜絶えず鳴り響いていたはずなのだが、今日は無気味なほど静であった。


 近隣住民としては、騒音が無くなることは喜ばしいことだが、急に違う動きをされると不安で仕方なくなる。またロクでもないものを開発したのではないか。それによって商店街が騒動に巻き込まれた回数は両腕の指の数では数えることが出来ないほどだ。


 不安な思いを胸に抱きつつ、深く一呼吸して扉をノックして開ける。店の中には誰もおらず、ぼんやりとしたランプの明かりだけが客を迎えてくれた。薄暗い店内には人の気配というものを感じられない。


 「珍しいな。いつもは必ず本人かホムンクルスがいるのに」


 そうつぶやいて薬草が詰められた背嚢をカウンターの上に降ろす。誰もいないのであれば、誰かに見つかる前に置手紙でも書き残して逃げてしまおうか。


 そんな考えが頭を浮かんだが、それは甘い考えであった。


 暗闇の中にぼんやりと浮かぶ赤色の瞳がじっと俺のことを見ている。荷物を置いたカウンターの先にある長椅子に、一人の少女が侵入者を見張るようにして佇んでいる。


 その少女はシアンよりも二回りほど小柄で、外見の齢は10歳にも満たない。雪のように白い肌と灰色がかった銀髪と対比するかのように赤い帽子と赤い衣服を着込んでいる。


 初めてこの少女を見た人間は人形の類と勘違いするだろう。この美しさと外観は人間のそれとは大きくかけ離れており、人工的に創り出さなければこうはならないだろうと思わせてくれる。


 その感覚は概ね正しいと言える。実際に彼女たちはノイマンによって人工的に創られたものである。ただし、人形などと呼ばれるものではなく、自分の意思で自由に動き回る人工生命、あるいは人工精霊と呼ぶべき存在ではあるが。


 「……同志大きいの。侵入者がいる。彼は資本主義者か?」


 温かみの無い透き通った無機質な声で赤い少女は言った。


 この部屋にいるのは俺だけだが、その言葉は俺に向けて言ったものではない。彼女は二人で一組の存在で、姉妹と呼ぶべき相棒がもう一人いる。


 「同志小さいの。ここは薬屋でそこを訪れるというのは,商品を買いに来たお客様ということになる。ならば、侵入者は資本主義者だ」


 後ろから別の声が聞こえたので、そちらを振り返る。目前にいる少女と同じ外見をした女性が出入り口の扉を封鎖するように構えていた。カウンターの奥にいる少女とは違い非常に大柄で、俺との身長差はこぶし一つ分程度である。


 大きい方が姉で、小さいほうが妹。互いのことを同志と呼び、それ以外の人間を資本主義者と呼ぶ。性格は極めて短絡であり、自分たちの領域に踏みいったものは問答無用で排除しようとする困った癖がある。


 「同志大きいのもそう思うのか。わかった。ならばヴァルハラ送ろうか」


 「承知した。同志小さいの」


 そう言って二人は獲物を構えた。姉の方は人の身長ほどもある大きな槌を、妹の方は人の身長ほどもある鎌を、それぞれ握りしめた。


 「ちょっと待て! なんでお前らはとりあえず武器を構えることから始めるんだ? 初めて見る客ならともかく、何度もこの店を訪れている常連にやることじゃない!」


 ため息吐いて二人に向かって言う。このやり取りは何度目になるのか。毎度の事とはいえ訪ねるたびに攻撃されていては身が持たない。


 「お前さん達の生みの親の依頼で荷物を持ってきただけだ」


 カウンターに置いた背嚢にちらりと視線を向ける


 「同志小さいの。彼の言っていることは本当か? その袋の中にはちゃんと薬草が入っているのか? 資本主義者であれば汚い貨幣が大量に入っているはずだ。確認してほしい」


 「ダー。確認する」


 そういって妹の方は机の上に置かれた背嚢を開けて確認する。


 「……確かに草しか入っていない。この袋から資本主義の匂いはしない」


 「そうか。ならば、彼は資本主義者ではなく我々の同志ということか?」


 「ふむ、そうだな。いや、ちょっと待ってほしい。……同志大きいの。薬草ではないモノがある。これは?」


 そういって妹が取り出したのは焼き菓子の入った袋であった。買ってきた焼き菓子の袋を一つだけ護身用として持ち歩いていた。


 「それは焼き菓子だよ。甘くて美味いぞ。お前らへの土産だ。好きにしていい」


 「同志大きいの、菓子って何?」


 「同志小さいの 資本主義者が口にする悪魔的な食べ物だ」


 「資本主義者! やはりコイツは我々の敵なのか!」


 「そうだ。同志小さいの。……しかし、そうだな。何事も敵と切り捨てるのはよくない。資本主義とはどういったものなのか、我々の倒すべき敵は何かを知る必要があるとは思わないか、同志小さいのよ!」


 「なるほど、一理ある。ならばこれは回収して調査しよう」


 彼女たちの興味は完全に菓子に移ったらしく、ようやく面倒くさい問答から解放される。ノイマンの造った人工生命のほとんどは製造から1年を経過していないものが多く、精神年齢と呼ぶべきものが非常に若いものが多い。そのため、幼子をあやすような手段が非常に効果的である。


 「せっかく造ったのなら時間をかけて教育すればいいのに」


 菓子を頬張る姉妹を見ながら呟く。これはこれで幼子を見るようなほっこりした気持ちにはなるが、来店するたびに刃物をむけられている現状は何とかしてほしいと思う。


 通常の工法で人口生命体を造れば、その過程で一般常識や知識の教育をおこなうので、問題ないのだが、ノイマンの人工生命の作り方は通常の工法とは大きく違ったものである。


 彼は物体から精霊を造りだし、それに肉体を与えて生物とする。物体に魂は存在しないが、製造されてから、消失するまでの間の出来事を記憶し続ける。この記憶を知識としてそのまま転用することで、教育の過程を省略して製造することができるのだが、製造元となった品物に性格や知識が依存するため、しっかりと吟味にして創り出さないと問題のある人工生命体が誕生してしまう。


 目の前にいる姉妹も一冊の本から造りだされている。タイトルは忘れたが、階級闘争やら人類の開放といった政治的主張が書かれた胡散臭い古書だった。


 「夢中になっているところ悪いのだけど、ノイマンを呼んでもらえるかな?忙しいのであれば、雑貨屋の店長が荷物を届けたと伝えてくれればいいのだけど」


 そう二人に伝えると、店主は朝方まで実験をしていたので今は寝ているはずだと答える。


 「叩き起こすのであれば、そうするけど?」


 小さいほうが槌を大きく振りかぶって言った。この娘たちは自分の生みの親に対しても容赦がないらしい。ノイマンなら頭の一つや二つぐらい割っても大丈夫だろう。早いところ用件を済ましてしまして帰りたいものだ。

次回から迷宮変動と商店街の住人たちの戦いがメインの話になります。

書き溜めのため及びネット小説大賞に応募用の新作作成のため、更新が不定期となります。

申し訳ありませんが、引き続きよろしくお願いいたします。


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