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 昼からは魔法の訓練となる。しばらくは戦闘技術と並行して教えるつもりだが、スピカは才能が感じられないから教えても時間の無駄だと言っていたので、魔法の才能次第ではこちらのほうに注力したほうが良いのかもしれない。


 「前から言っているけど、私は魔法なんて全く使ったことなんてないし、才能があるとは思えないのだけど?」


 教本にと用意した魔道書をペラペラとめくりながらカリンが言った。魔法は座学が中心となるため、店内で店番をしつつ行う。本来の子弟関係であれば工房などの密室で秘匿しながら行うものだが、変動の兆候が始まってから冒険者たちに侵入に制限が掛っており、商店街を訪れる人の数が減っていることから、訪ねてくるものもいないだろうと判断して、店内で行うこととしたのである。


 店内には他にシアンがおり、いつものように掃除を行っている。魔法の講義には興味があるようで掃除をしながら聞いていますと言っていた。


 「使ったことが無いのと使えないのは別の問題だよ。そこに広げた魔道書を読むことが出来るだけで、魔法を扱う才能が十分にあると言える。まぁ、理解するのには膨大な時間が必要となるが」


  「読むことはできるわよ。読んでいるうちに眠くなるだろうけど、公用語で書かれてから」


 カリンは言った。


 「だけど、理解はできないわね。小難しい単語や比喩表現は意味が分からないし、詩のような文体だから、書いてあることは抽象的すぎる。それに、詠唱? と、いうのかしら? 発音できない単語がいくつも並んでいる」


 「思ったよりも理解できているな。本を読んだことが無いと言うわりには十分に理解できているじゃないか」


 「本を読んだことが無いというのは孤児院にいた頃の話。冒険者になってからは管理局の資料室で魔物や迷宮の資料を読み込んでいたから、教本の類なら多少難しくても読めるわ」


 ああ、なるほどと心の中で呟く。


 管理局には資料室という場所が存在し、冒険者になれば誰でも立ち入ることが出来る。冒険者になりたての新人を教育することが目的で設置された場所であり、迷宮の探索方法、武器の扱い方、魔物の生態、探索の心得、サバイバル術、先人たちの冒険記録等が収容されており、自由に閲覧することが出来る。


 なぜそんな場所が管理局内に存在するのかというと、冒険者という職業が極めて特殊なものだからである。


 力のある後輩を育成すれば自分たちの取り分が奪われる。そして迷宮から外に持ち出される資源が増えれば、市場の供給量が多くなり、命がけで持ち出した成果が安い価格で買い叩かれかねない。冒険者たちにとって同業他者は助け合う仲間ではなく商売敵に他ならないのだ。そのため、特殊な事情が無い限りは、冒険者はその技術を後輩に対して伝えることは無いものなのである。


 しかしそれは、冒険者たちの理屈であり、管理局の考えとは大きく違う。管理局にとって冒険者を志願する人口が減ることは自分たちの権限が低下することに他ならないのだ。少しでも冒険者を増やし、減らさない努力をする必要がある。


 冒険者と管理局は何度も折衝を行い、その結果、迷宮探索に必要な最低限の技術については伝授する施設として、資料室と呼ばれる教育施設が誕生することとなった。


 不十分で不親切な部分はあるものの、――資料室が誕生してから新人冒険者の帰還率は大幅に改善し、迷宮探索は大いに発展することとなった。


 「読むことが出来るなら、時間さえかければ魔法を習得することは十分に可能だ」


 諭すようにカリンに言った。

 「体内で魔力を練り上げ、体から放出するすべを身につければ、魔道書に書かれた術式を脳味噌の中で思い描き、発音すれば魔法は発動する。大したことは無い」


 「なるほど。なら私には無理ね」


 カリンがつまらなそうに言った。唇をへの字に曲げて不機嫌そうに喉の奥からふうと呻く。


 「魔法を発動するための魔力が無い。どうやって発動すればいいのかわからない」


 「それはたいした問題ではない」


 カリンの言葉に対して反論する。


 「魔力は誰しも必ず持っているものだ。もちろんそれを取り扱うには才能が必要なのは間違いない。しかし、それは取り扱うということに対してだ。時間を掛けて訓練すれば、いつか必ず身に付く。才能はその時間を短縮する要因にしかならない。才能が有れば幼くして扱うことが出来るし、才能が無ければ老いてからようやく扱うことが出来るというものでしかない。だからカリンだって魔法を間違いなく使うことが出来るようになるだろう。ともかく、才能が無いからと言って諦めるようなことはないようにしてほしい」


 「そう言われても信じられないけどなぁ、まぁ、すごい魔法を使えるチハヤさんがそういうなら……」


 カリンがテーブルの上に置かれた複数の魔道書を丁寧に並べる。


 「それで、どの魔道書を参考にすればいいのかしら。ここにある本はそれぞれ違う種類の魔法が書かれているみたいだけど」


 「元素魔法、信仰魔法、死霊魔法、召喚魔法……、細かく言えば他にもあるがもっとも一般的な魔法はこの四つだな。何の理論に基づいて魔法を発動させるかの違いだが、それぞれ得意とする分野は大きく違う」


 「そうなんだ」


 カリンが頷く。


 「じゃあ、私はどれを学べばいいのかな? 時間がないから、簡単に習得で来る魔法を希望したいのだけど」


 「自分に合った魔法が一番習得しやすい。宗教にどっぷりとはまっている奴なら信仰魔法だし、人の死に魅力を感じているのであれば死霊魔法を学べばいい。特に考えが無ければ元素魔法だな。これは身近な自然現象を元に理論を練り上げた魔法だから一番馴染みやすいと思う」


 俺の言葉にカリンは腕を組んで首を捻った。この世界ではいくつかの宗教が存在するが、すべての人間が何かの宗教を信仰しているというわけではない。神を信じている者もいれば信じていない者もいる。国によっては国民すべてが単一の宗教ということもあるが、この街はいろいろな場所から人が集まるため、いろいろな思想が混沌とした状態で存在している。



 「ご主人様!」


 こちらの話を聞いていたらしく、シアンが掃除の手を止めて言った。


 「どうした?」


 「私も学びたいです!」


 「……今度時間があるときに教えるよ。今はカリンを鍛えなきゃいけないから、それが終わって落ち着いてからな」


 シアンが魔法に興味を示していることに驚きながら答える。今ままではそんなそぶりはなかったのだが、どういう心境の変化だろう。まぁ、シアンも十分に大人だ。町の一員として強くなることに興味を示しても不思議ではないと思う。


 視線をカリンに戻す。相変わらず悩んでいるようで、テーブルに置かれた本を開き、どれが一番簡単なのかを調べていた。


 「カリン、君に宗教的なこだわりや禁忌が無いのであれば、最短で習得できる魔法を提案できるのだけど」


 カリンが視線を俺の方へと向ける。期待の色が瞳には浮かんでいた。


 「それは精霊魔法と呼ばれるものだ。精霊と契約し使役することで発動する魔法だ。上手く契約できないと扱うことはできないが、魔法の発動を精霊に介添えしてもらうため、契約さえできれば、術者が未熟でも強力な魔法が扱える。もっとも、現界した精霊の維持に魔力を消費する必要があるので魔力はある程度必要となるから誰しもが使えるというわけではないが」


 「そんな魔法があるんだ。でも私にそんな精霊を使役するなんてできるのかな? 魔力だってあるのかないのかわからないのに」


 「上級の精霊であれば、術者が魔法を使えなくとも潜在的の保有している魔力を糧にすることが出来る」


 精霊というのは自然に存在するものだが、現世にとどまるには依代と魔力が必要となる。依代は精霊の格にふさわしい物質で、金属や霊木などが代表的なものである。人間であれば契約する精霊に対応した属性を使役者が持っていれば問題ない。


 「精霊というのはそんなに簡単に契約してくれるものなの?」


 「個体によるな。精霊にも性格はあるから、使役されることを嫌がるものも当然いるな。あとは使役者が未熟だったりする場合や、精霊にメリットを提示できなければ契約は難しい」


 「なら、私になんて」


 カリンの瞳に不安の色が浮かぶ。


 「安心しろ。精霊だって話は聞いてくれる。誠心誠意頼み込めば、たいていの場合折れて契約してくれるさ。俺はその手法で何回も契約しているから、その点は心配しなくてもいい」


 過去の行った行為を思い出しながらカリンに言った。素直な精霊が呼び出すことができればすぐに契約できるだろう。しかしそれは全体の1割か2割程度で極めて少ない。しかし話は聞いてくれる場合が多いので、多少の無茶をすれば、大概は説得に応じてくれる。そう、多少の無茶をすれば。


 「他に質問は無いか」


 カリンに訊ねた。それに対してカリンは首を縦に振る。


 「ならさっそく始めるよう。」

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