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「商店街の住人の役割は迷宮内の魔物が外に出ないように迷宮出入り口の封鎖を行う。そのために会長がどこに誰を配置する、といったことを計画中だ」
「それで」
暗雲が晴れたような表情を浮かべてカリンが頷く。
「だからあんなこと聞いた、と」
「あんなこと?」
シアンが首を傾げながらたずねる。カリンと会話をしていた時はシアンは着替えに奥へと行っていたので、事情を知らないのは当然であった。
「チハヤさんがわたしの冒険者としての実績を聞いてきたのよ。どのぐらい戦えるのかってね。新米の冒険者に毛が生えた程度の強さしかないって知っているのに聞いてくるなんて――嫌味かなと思ったのだけど、そういう事情があったのね」
「そんな風に思われていたのか。……聞き方が悪かったかなぁ」
自分の態度を反省する。それを見たカリンの瞳には面白がる色が浮かんだ。
「人は齢をとると嫌味や皮肉を口にしやすくなると聞いたことがあるわ。チハヤさんも気を付けないと、若者からおじさん呼ばわりされちゃうわよ」
「それは……うん、気を付けるよ」
カリンに窘められる。シアンがその様子を見てくすくすと笑った。
歳下に笑われるというのは少し気恥ずかしい。場の空気を換えようと少し強めの口調で脇にそれた話題を戻す。
「とにかく、だ! 迷宮変動が発生したときには二人にも働いてもらわなくてはいけない。近日中に全体集会で発表があると思う。住民はほとんどが駆り出されるからな。二人にも集会は参加してもらうぞ」
「仕事……ですか?」
不安そうな瞳を泳がせながらシアンが呟く。
「やっぱり私も魔物と戦う、わけですよね? 私はカリンさんと違って魔物と戦ったこともないし、武器も握ったこともないので、皆様の役に立てるかどうか――」
「シアちゃん、私だって1階層の魔物程度しか相手をしたことはないし、あなたと似たようなものよ。正直なところ戦力になるとは思わないのだけど」
「まぁ、そうだな。前線に駆り出したら何の役にも立たないのは間違いない。しかし、戦うばかりが仕事じゃないぞ」
変動はどの程度の期間が続くかはわからない。早ければ半日で収束する場合もあるし、長ければ1週間以上続く場合もある。その間に迷宮の住人はずっと対応に迫られるわけである。人間である以上、24時間ずっと戦えるような構造にはなっていない。順番で休憩し、補給を受けて、体力を回復させなければならない。
「まぁ、無理無茶無謀な仕事は与えられることはないだろると思う。ヴォルフのおっさんはそのあたりを気にしていたようだし、シアンに与えられる仕事は炊き出しとか伝令とかそんなものだと思う」
「そうなのですか?」
「たぶんな。前回は鍛冶屋や大工の末弟子が、戦力外扱いで雑用仕事を請け負っていたから」
昼間に出会った鍛冶屋の弟子の顔を思い出す。マイトは当時未成年であったため、後方に下げられていた。今は成人しているため今回はおそらく鍛冶屋の一員としてどこかに配置されるだろう。
「そうなんですね。お気遣いをしていただきありがとうございます!」
シアンがほっとしたような声で礼を述べた。
「ねぇ、あたしはどうなるの?」
「カリンは成人しているからなぁ。さすがに下層の魔物と戦えと言われることは無いと思うから……、伝令とか配達の仕事を割り振られると思う」
前線で魔物を叩く仕事に比べれば比較的危険はないだろう。本部と商店街の路地を行ったり来たりするだけの仕事だ。屋内にいることに比べたら危険はあるが、現場で働いてる住民に比べれば危険は少ない。
戦闘に参加しなくてもよい可能性をカリンに提案するといくらか不安が和らいだらしく、ほっとした表情を浮かべた。
「だけど、やっぱりちょっと不安かな」
シアンと談笑するカリンを見ながらぽつりと呟く。危険が無いわけでは無い。仮に死んだとしても蘇生はできるが、それは死体のある場合だけ。俺の見ていないところで魔物に捕食されて行方不明になってしまえば蘇生は極めて難しくなる。
危険が迫った場合は、荷物を放棄して逃げてくれればいいが、奇襲を受けた新米冒険者がとっさの判断が出来るかと言われるとおそらく無理だろう。
そんなことで従業員を失いたくはない。ならば、できる限りのことはするべきだろう。
シアンと談笑するカリンに向かって、一つのことを提案する。
「カリン、特訓するぞ! 死なないように鍛えてやる!」




