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 夕食を終え、一息ついたところで、2枚の紙を取り出してそれぞれ二人に渡す。昼間の会議でヴォルフから見せてもらったものの写しである。公文書なのだから簡単に複製を作るのはよいのだろうかと渡してから思ったが、それで何かあったとしても責任を追及されるのは会長なので、どうでもいいかと思うことにする。


 シアンとカリンは無言で書類に目を通した。難しい単語や文法を使用しているような書類ではないため、二人は特に戸惑うことなく視線を文字列の通りに左右に動かしている。


 地方の農村に住んでいるような文字を必要としない世帯ならともかくとして、都市部に住む人間で文字を読めないというものはほとんどいない。都市部では第二次産業、第三次産業の割合が圧倒的に高いため、最低限、読み書き計算ぐらいはできないと働くこともままならないため、大概の家庭は教育熱心となり、私塾や学校に通わせるのが常識であった。もっとも貧富の程度によって差があるのは仕方のない事なのだが。


 文章の最後まで読みきったところでカリンが視線を上げた。内容を呼んでもよくわからない、詳しく説明してほしい。そんな表情を浮かべている。


 「迷宮変動という言葉を知っているか? カリン」


 「言葉だけならね。この前、スピカさんが来たときにチハヤさんとその話をしていたのを聞いたから」


 「そうか……、元冒険者といえども知らないか。前回の発生から数年は経っているからなぁ。管理局も公表していないし、当たり前と言えば当たり前か」


 シアンの方へ視線を移す。シアンもそれに気が付き、首を横に振って知らないと意思表示をした。


 「迷宮変動っていうのは、その言葉どおりの出来事が迷宮で発生することだ。迷宮の構造が変わる。通路だった場所が壁に、部屋だった場所が通路にという具合にな。今まで記録して迷宮の探索記録が全てやり直しになる出来事さ」


 俺の言葉に2人は驚いた表情を浮かべる。二人にとって迷宮とは魔物や資源が存在する危険な場所ではあるものの、ただの洞窟であるという認識だったからだ。通路や壁の位置が変わるなどおそらく考えたこともないのだろう。


 「ご主人様。商店街は!? このお店は大丈夫なんですか!?」


 不安そうな声でシアンが言った。


 「通路が変わっちゃうなんてことが起きたら、商店街がバラバラになったりとか、お店が押しつぶされたりとか……」


 「ああ、それについては大丈夫だ。商店街を含む一階層の構造は絶対に変動しない。迷宮の出入り口の場所は変わらないという決まりがあるから、それに合わせて1階層だけは変動しないようになっている」


 「本当ですか? この場所が潰れたりしないですか?」


 「それについては絶対だ。この迷宮に詳しい奴から変動のルールはちゃんと確認している。……それに商店街が出来てからも迷宮変動は何度も発生しているけど、ちゃんと無事に残っているだろう」


 商店街の形は出来た当初からほとんど変わらずに存在しているとヴォルフに聞いたことがある。具体的に年数は聞いたことが無いので答えられないが、シアンはその言葉に安心したようで、ほっと安堵のため息をもらした。



 「それでな、姿形が変わるのに合わせて、もう一つの事象が発生する。こちらの方が俺たちにとっては大問題なのだが……。カリン、お前さんが冒険者をやっているときに、鉱石とか魔石の採掘量が減ったとか聞いたことは無いか?」


 「ええと、うん。確かにベテランの人が昔に比べて減って収入が落ちた言う話をしていた気がする。特に魔石かな。質の良い魔石が減って、市場の買い取り額が上がっているのに全然見つからないという愚痴は、酒場でよく聞いたわ」


 カリンが言った。


 「それに、リセットされると値崩れするから、その前にになんとか一稼ぎしたいって、言っていたような……」



 「うん、まぁ、冒険者からするとそういう認識だろうね。迷宮変動で発生する自称として迷宮内のリセットがある。それまで採集した各資源や討伐した魔物が全て復活し、本来あるべき迷宮の姿に戻ろうとするんだ。迷宮の持つ一種の自浄作用のようなものだね」


 この自浄作業のせいで迷宮は枯れることはない。そしてそのおかげで迷宮周囲に住む人間たちは生きていくとことが出来る。これだけ聞くとありがたいシステムだが、メリットがあるのであれば、デメリットも存在する。


 「リセットに合わせて、迷宮内ある在庫品は一斉に処分される。魔石や資源は一旦消失し、再配置されるのでこれについては特に問題はない。問題があるのは、古い魔物は全て迷宮外に吐き出されるということだ」


 「……外?」


 カリンが怪訝な表情を作る。それから少しだけ思案し、質問を口にした。


 「出口って、この商店街を通らないといけないわよね?」


 「そうだな。小さい出入り口は他にもいくつかあるが、大きいのはここだね。ほとんどの魔物はここを目指して来ると思う。」


 「それは」


 俺の言葉にカリンの表情はさらに曇る。シアンも似たような表情であった。二人がこのような反応をするのは十分に想像が出来た。なにせ地下に住む魔物が一斉にこの商店街へと押し寄せるのだ。迷宮に慣れていないシアンや住民に比べて戦闘能力が著しく低いカリンにとっては未曽有の大災害と呼ぶべき出来事なのだ。


 「ご主人様、私たちは、この街は大丈夫なのでしょうか? いいえ、この街だけではなく、上の、都市に住み人達は……」


 「ああ、それについては心配しなくてもいい」


 微笑みを浮かべて、力強くシアンの言葉に答える。


 「商店街も、街も全て守るさ。そのために皆この商店街に住んでいるのだから」

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