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 「ありがとうございました」


 4人組の冒険者が店から出ていく姿をシアンは律儀に頭を下げて見送った。何も買わずに出て行った時点でお客さんではないのだから、そんなことをしなくてもいいのにと思った。


 シアンはいささか真面目過ぎるところがある。お客さんには丁寧対応しろとは指示してあるものの、クレーマーのような客に対してはそれ相応の態度を取っても構わないとも支持してある。今までの経緯を考えれば、シアンが上位者に対して逆らうことが出来ないのは仕方がないと思うが、今後、独り立ちして社会に出ていかなければならないと思うと、もっと教育したほうがいいのではないかと思う。


 シアンには整った顔立ちと愛嬌もある。上手く立ち回れる経験さえあれば、人並み以上に恵まれた人生を送ることが出来るのではないかと考える。


 「遅くなってごめんな」


 登場が遅れたことを詫びる。それに対してシアンは首を横に大きく振った。


 「いえ、そんなことないです。わたしが上手くお客様対応をしていればこんなことにはならなかったのに……。わたしの方こそ、ご主人様を起こしてしまって、申し訳ありませんでした」


 こちらが謝罪したつもりだったのだが、逆に謝罪を受けてしまった。頭を掻いて、気にしなくてもいいと返事をする。その言葉にシアンは嬉しそうな表情を浮かべた。それにつられるようにして俺も口の端を上げる。


 ただでさえ景気の悪い経営状況なのだから暗い表情で仕事をするべきではない。特にシアンは可愛い顔をしているのだから常に笑顔でいてほしい。


 「ご主人様、今日は何をしましょうか?」


 「そうだな」


 シアンの質問に、今日やるべきことは何かあるのかと記憶をたどる。


 「特にはないかな。いつもどおり店舗の清掃と、商品の整理をお願いするよ」


 「わかりました」


 「悪いね、代わり映えの無い仕事ばかりで。さっきの水薬が売れていれば、帳簿の記入をお願いできたのだけど」


 「いえ、お掃除は好きですから、不満はありません」


 箒を準備しながらシアンは言った。掃除好きというのはおそらく本当だろう。シアンと暮らし始めてから、自分の生活環境内で劇的に改善されたのは事実だった。


 「それにしても、さっきのお客様たちは大丈夫なのでしょうか?」


 箒で塵を集めながらシアンが言った。


 「駆け出しの冒険者なのに回復薬が無い状態で迷宮に入るなんて危険ではないでしょうか?」


 「彼女たちの中に治癒の魔法が使える者がいるのであれば、気を付けて進めば大丈夫だと言えたけど、魔法が使えるほど魔力を持つ者はパーティー内にいないようだったから、全滅してもおかしくないぐらいには危険だね」


 「どうして、あの方々は街で買わなかったのでしょうか?」


 「検問で没収されたのだと思う。正規の認可を受けていない格安の薬を買ってしまう奴はたまにいるんだ。特に駆け出しの冒険者には非常に多い。認可品は金額が高いからね。非正規品の格安物は金の無い冒険者にとってはどうしても魅力的に見えてしまう」


 街の商店で販売が許可されている水薬は、魔術組合が製造し卸したものか、組合から許可を受けた職人が作成し販売しているものでだけである。


 正規品しか販売できないというのは、命にかかわるものであるため品質を一定にしなければならないという名目で施行された規則に基づいて行っているものだが、実際は供給過多・店舗同士の競合による値崩れを起こさせないようにするために決められた規則であった。


 その規則に従い、町の警邏部隊は非正規品の取り締まり及び回収を行っており、迷宮前に設けられている検問でも同様のことが行われる。


 先ほどの冒険者たちもその取締りに引っかかったのだろう。だから水薬を持たずに迷宮内に立ち入ることになった。


 「悪法だけどそんな規則があるおかげで、うちの水薬が売れるのだから、感謝するべきなのだろうね」


 「たまに売れる理由はそんな理由だったんですね。えっと、他の商品にも同じような法律があるのでしょうか? 照明器具もたまに売れたりしますが」


 「それについては時に規則はないよ。照明器具が売れるのは、迷宮に持ち込む前は異常がなかったけど、迷宮内に入って運悪く壊れたとか、戦闘で光源魔法専用の魔術師が再起不能になったとかそんな事情だと思う」


 大手や一流と呼ばれるギルドには必ず光源専用の役割を持った魔術師が存在する場合がほとんどである。


 白燐燈といった道具があれば魔法がなくとも暗闇でも探索できるが、一本当たりの光は弱い。そして迷宮探索のたびに買うなどしていれば、馬鹿にできない出費になる。


 また、白燐燈から発生する熱は体温よりもはるかに高く、持ち手にとっては持っているだけで体力が奪われるもので負担になる。


 以上のことから光源魔法の使用が一般的なのだが、光源魔法を使用しながら別の魔法を使用するといった魔法の同時展開できる術者などほとんどいないため、明り専用の魔法使いをパーティーにいれるか必要がある。


 その補助役が倒れたときに、代用品を買いに来てくれることがあるのだが。


 「滅多にないね」


 ため息を吐きながら帳簿を見つめる。ここ数日は何の取引履歴もない。さっきのが売れていれば共通銀貨12枚と言う数字が今日の日付のページに書き込むことが出来たのだが、やはりもっと安くしてでも売りつけるべきだったのかと後悔する。


 「あの、ご主人様?」


 不安そうな声でシアンが声をかけた。帳簿を睨みつけて唸っている俺を不審に思ったようだ。


 「何でもない。気にするな」


 自分の態度を反省する。安く売ったところで儲けが出るわけではないし、その安い儲けでは税金と町内会費でほとんどを取られて終わってしまう。それならば今月は売り上げがなく、赤字経営でしたと、行政に申告して、税金をまけてもらったほうがよっぽど黒字になる。


 出納長を閉じて引き出しにしまう。それから、机の上に出しっぱなしになっていた水薬を倉庫に仕舞うようにシアンに指示する。


 基本的に商品は店の奥にしまってあり、売買が成立した時点でその都度ごとに、倉庫から店頭に出す。


 厳重に保管してある理由は、魔物が乱入してきたときや、強盗まがいの冒険者に襲われたときに損害を出さないようにするためだ。倉庫の扉や壁は魔法で強化されているため、外壁などの構造体に比べて頑丈にできており、迷宮の上層に出現する魔物程度の力ではびくともしないようになっている。


 倉庫に水薬をしまったシアンが店内の掃除を再開する。箒をかけて、床を雑巾で拭き、陳列された商品磨く。これを一日三回ほど繰り返している。常に店をきれいに保つために必要な作業である、と言えればよいのだけど。単純に仕事がないだけだ。


 文句を言わずに仕事をこなしてくれるシアンに対して、感謝の気持ちしかない。


 「シアン。掃除はもういいよ。休憩しよう。お茶でも入れてくれ」


 「よろしいのですか?でも、まだ、掃除が終わっていません」


 「いいよ。どうせお客さんなんて来ないのだから、お茶でも飲んで談笑でもしよう。来ないお客を待ち続けるよりもそっちの方がよっぽど有意義だ」


 「わかりました。それでは準備いたします」


 自分の判断にシアンは頷いた。それから手に持っていた掃除用具をカウンターの裏に収納し店の奥へ消えていった。この建物の造りは地上二階、地下一階の三層構造になっており、一階に倉庫を含んだ店舗スペースと調理スペースが存在し、2階に生活用の居住スペースが存在する。地下室は上層よりも手狭で、本来であれば倉庫等に使用するべきなのだが、魔法薬等の作成をするための工房になっている。


 お茶や食事の準備は1階に台所で行うため、荷物の上げ下げといった手間もないからシアンの手伝いを行う必要もないだろう。


 ぼんやりとお茶を持っていると開かないと思っていた店舗の出入り口が大きく開き、扉に付けたベルが小気味よい音を立てた。

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