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 「ただいまー!」


 「戻りました!」


 二人が隣の家から帰ってきたのは、俺がヴォルフの所で会議を終え、店に戻ってからしばらく経ってからだった。


 迷宮内の天井は朱色に染まり夕焼けを演出しており、そろそろ店を閉める頃合いだということを教えてくれる。


 天井に拭きつけられた苔がどういった仕組みで夕焼けを再現しているのかはわからないが、店を閉める時間が体感的にわかるというのは純粋に便利な機能だなと思う。


 「遅くなって申し訳ありません」


 シアンが頭を下げて謝罪する。確かに事前に聞いていた帰宅時間よりも遅くはなっている。しかし、そんなこと目くじらを立てるほど器量が狭い訳じゃない。


 「サシャさんは元気だったか?」

 そう言ってシアンの頭を撫でる。シアンはサシャさんも赤ちゃんも元気でしたと笑顔で答えた。


 サシャは子供が生まれそうということで、自宅で安静にしていることが多くなった。それに比例するようにしてうちの従業員が妊婦の様子と家事の手伝いをするという名目で出かける回数が増えた。


 それについてはむしろ積極的に行ってくればいいと思う。俺やレオポルドではサシャの暇をつぶせるような気の利いた小話はできないことを自覚しているし、店に置いといても来るか来ないかわからない客を持っているだけならそちらの方が有意義な時間と思うからだ。


 シアンの身に着けている服はいつものメイド服ではなく外出用の服だった。


 カリンと街へ買い出しに行ったときに購入したらしく、外へ出かける際は必ず着るようにしている。俺が衣類ぐらいは自由にしていいといくら言って聞かせても、頑なにメイド服しか着なかったのだが、カリンの説得で心変わりしたようであった。


 着替えるため、店の奥へと進むシアンの後姿を横目に見ながらカリンに訊ねた。


 「カリン、お前は冒険者として腕前はどのぐらいだったんだ?」


 「冒険者? ・・・・・・急にどうしてそんなことを?」


 カリンが不思議そうな表情を浮かべて言った。


 「チハヤさんなら知っているでしょう? 貴方に助けてもらわなかったら迷宮の中でとっくの昔に死んでいた。その程度の腕前だって」


 「あれは特例みたいなものだ。1階層にパンサーが出るなんて例外中の例外だからな。下層の魔物の出現に対応できる冒険者なんて数えるほどしかいない。運がなかっただけで実力とは違う」


 運も実力のうちという言葉を思い出すが、運と実力は別のものだと俺は思う。実力は当人の才能や努力が全てで、運という要素は実力以上、または以下の結果が出たとき論じるものだと思うからだ。


 カリンは首をひねって悩むような仕草をし、あいまいなような困ったような表情を浮かべた。


 「そう言われると上手く答えるのは難しいわね。1階層で採掘ばかりをしていたから、どの程度の実力あるかと聞かれても……。他人と比べたことなんてないし、評価されたこともないから……。貴方には素人同然と言われているけどね」


 「まぁ、あの時はロクな準備もせずに迷宮に突っ込む奴だとしか思えなかったからな」


 カリンと出会った時の状況を思い出す。しかし準備不足であったとしても、1階層の半ばまで探索をすることが出来たのだし、冒険者として必要な能力は彼女らにあったはずである。


 「わかった。聞き方を変えよう。パーティーでのカリンの役割は何か?」


 「ええと、前衛を務めることが多かった、かな」


 カリンがそう言いながら右腕の上腕をグッと曲げると、わずかだが力こぶのようなものが浮き出る。


 「こう見えてパーティーの中では一番腕っぷしはあったからね。盾や剣を持って前衛ばかりしていたと思う。他には採掘かな……、うん、力仕事ばかりだったと思う」


 「魔法とかは使えないのか?」


 「魔法?」


 キョトンとした表情でカリンはこちらを見た。それから苦笑いを浮かべる。


 「あはは、使えないし、使おうと思ったこともないわよ。魔道書なんて読めないし、魔術言語の発音もわからないから詠唱もできない。魔法なんて幼い時から専門の教育を受けなきゃ習得なんてできない物でしょう。孤児院出身の貧乏人にそんなことできると思うの?」


 カリンが言ったとおり、魔法を扱うには莫大な時間と金銭を使用して、勉学に精を出す必要がある。そのため裕福のある育ちをしていなければ、魔法を習得するのは不可能と言ってもいい。


 しかし、それはまっとうな方法として習得する場合に限った話である。


 「なるほどな。可能性としては考えていたほうがいいかなぁ……」

 才能にもよるが、とりあえず試してみたほうがいいだろう。


 「ねぇ、そろそろ教えてほしいのだけど」


 納得して頷くと、カリンがしびれを切らしたのか、少し強い口調で言った。


 「ねぇ、そろそろどうしてそんなことを聞いたのか理由を教えてくれない? もっとも質問の意図からすると、ろくなものじゃないと思うけどね」


 「うん。まぁ、ろくでもない案件ではあるのだが」


 カリンの言葉を素直に認める。


 「実は――」


 「お持たせしました!」


 奥にある扉の音とともに元気な声が聞こえ、それに俺の言葉が遮られる。俺とカリンが同時に声の主の方へと首を向けると、そこにはいつものメイド服に着替えたシアンがいた。


 「カリンさん、お待たせしました。食事を作る準備はばっちりです!」


 最近はカリンがシアンに料理を教えることが多くなった。料理を学ぶこと意欲を見出したことについて、理由を訊ねたことがあったが、上手くはぐらかされてしまっている。カリンからは無粋なことは聞くなと言われたが、心変わりした理由はいまいちよく分からない。


 カリンが来たことでシアンの考え方が変わっているようだ。良い方向への変化であるため、大変喜ばしいことであると思う。シアンが普通の、年頃の少女としての感覚を取り戻してほしい。


 「どうかしましたか?」


 シアンが俺の視線に気が付いて、きょとんとした表情を浮かべる。


 「何でもないよ」


 首をゆっくりと横に振る。それから壁に掛けられた時計をちらりと見る。普段であれば夕食の支度に取り掛かっている頃合いだった。先に夕食を済ませてしまおう。それほど急ぐような案件ではないのだから。

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