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スピカと迷宮内部の探索を行って数日が経った頃のこと。
ヴォルフから火急の会議があると呼び出された。呼び出し先は商店街の中心部に存在する集会所であった。
集会所は3階建ての建屋であり、町内の建物では頭一つ抜けて目立つ存在である。この建物の一階にあたる部分は内壁の存在しない一つの部屋となっており、主に大人数での会議や宴会などで使用される。
普段であればヴォルフの自宅である2階部分にお邪魔するのだが、会議という用件なので久しぶりに1階にある仰々しい装飾が施された出入り口の扉に手を掛けた。
会議室の中にはヴォルフを含んだ商店街の主要な住民がすでに集まっていた。出席者は皆テーブルに書類を広げ腕を組みながら渋い表情を浮かべながらうんうんとうなり声をあげている。
どうやら一筋縄ではいかない話のようだ。来なければよかったなと心の中で舌打ちをする。
「おう、遅かったじゃないか」
ヴォルフが会議室に入ってきた俺に気が付いたらしく手を振りながら言った。それから壁に立てかけてあった折り畳み式の椅子をテーブルのそばに広げる。そこに座れと言う事らしい。
「真面目に会議をやっているとは思わなかったな。てっきり会議という名目で宴会でもするのかと思っていた」
「ははは、残念ながら今回はナシだ。町内会長としてたまには真面目に会議をやらないといけないからな」
ヴォルフがちらりと視線を壁際にある棚に向ける。普段であればそこにはいくつかの酒瓶が入っているはずなのだが、今日はそれがきれいさっぱり片付いている。
「……しかし、商店街として対応していかなければならない事案を片付けてからだな」
「変動について、か?」
俺の言葉にヴォルフが苦笑いを浮かべながら頷いた。それから一枚の紙を手渡す。役所から送られてきた通知文書の写しらしい。紙からは強い青焼きの匂いがした。顔をしかめる。昔から俺はこの匂いが嫌いだ。
「チハヤさん、あんた迷宮変動が起きそうだってこと知っていたんですか?」
若い男の声が聞こえた。鍛冶屋で下働きをしているマイトという男である。鍛冶屋に親方の下で働いている従業員が何人か存在する。マイトはその中でも一番若いため、商店街の集まりや雑用等は全て押し付けられてしまっている。
「迷宮変動が発生しそうなことは知っていたよ。この文書の添付資料を作ったのは俺とスピカだし」
紙には迷宮第3層にて変動の兆候が強く発生していることから、迷宮管理局として近日中に封鎖対応を行う必要がある旨が記載されていた。そして封鎖対応に迷宮商店街に住む住人は封鎖に協力するようにと要請するようにと書かれている。
「知っていたのなら事前に言ってほしいですよ……。炉の火を落とさなきゃいけないから、俺じゃなくて親方に直接言ってくれよ」
「あら、ひょっとして親方の機嫌が悪い?」
マイトは悲痛な表情を浮かべて頷いた。鍛冶屋の親方は良くも悪くも職人気質の強い人物である。自分の仕事をきっちりとこなすことに誇りを持っているため、それが邪魔されると手が付けられない状態になる。
「今朝がたようやく炉に火が点いたんですよ。ヒヒイロカネ用の炉なんで調整が難しくて、本当にやっとの思いで点けたのに……」
「ああ、なるほど。あれ、なかなか融けないからなぁ」
ヒヒイロカネは、極めて軽量の金属で極めて固く、熱や炎のエネルギーを吸収し、自在に放出することが出来る特徴がある。また、永久不変で絶対に錆びない性質も併せ持っているため、加工して武器や防具の材料とすることが出来れば極めて強力なものになるのだが、熱や炎を吸収する金属という性質のため加工することが困難である。加工するには吸収できる量を超えたエネルギーが必要となるのだが、並大抵に鍛冶場ではそれを作り出すのは不可能に近い。
「弟子総出で必死にサラマンドラを集めてようやくできたのに」
マイトは頭を抱えながら恨みを込めて呟いた。
「まぁ、仕方ねえよ。損失については事前に管理局に相談すれば補てんして貰えるから諦めろ」
ヴォルフが答える。
「今日の会議の趣旨はな。迷宮変動によって大きな損害が発生しそうな店に対して、事前に意見を聴取することが目的だ。損害額の程度は後日の報告でも構わないが、概算でいくらぐらい必要になるかは教えてくれ。近日中に管理局と事前の折衝を行いたい」
ヴォルフは帳簿を取り出しながら一人一人に確認していく。封鎖によって鍛冶屋のように機器が停止や、工務店や造園屋のように作業そのものが中止されることによって工期の遅延が発生する店もある。
ヴォルフの隣でそれぞれの店の事情を聞きながら、俺と違って商店街の住人はそれなりに仕事があるんだぁとうらやましく感じた。
「なぁ、ヴォルフ」
鉄筆に墨を付けているヴォルフに声をかけた。
「今日の会議で俺は出席する必要があるのかな。ここに集まってくれているみんなと違って、俺の店は閉めるだけでいいし、営業が停止したとしても大して損害があるわけでもないから、この場では俺は不要だと思うけど」
自分で言って情けない気持ちになったが事実である。損失は微々たるものなのだ。むしろ封鎖に協力した報酬の方が損害をはるかに上回る。この会議に呼び出したヴォルフの意図が分からない。
「ああ、お前さんはこの会議では不要だな。お前さんへの用事この会議とは別件だ」
ヴォルフが言った。
「お前の所で働いている二人の扱いについて意見を聞こうと思ってな」
なるほどなと思った。商店街の規約では商店街に降りかかる災厄は住民全員で立ち向かうことが決まっている。そのため、二人にも住民として仕事をしてもらう必要があるのだが、配置する部署がを決めるのに悩んでいるということなのだろう。
「安全な場所で待機はダメなのか? 正直なところ二人とも戦力にはならないと思うのだが」
「おいおい、子供であるシアンちゃんはともかくとして、新しく住民となったカリンについては現場で働いてもらう必要がある。これは住民全員が持つ義務なんだ。一人でも特例を作られてしまうと、何でもアリになっちまう。ただでさえ難しいバランスの上に成り立っている場所なんだ。それでは商店街が成り立たなくなる」
ヴォルフがため息交じりに言った。街の創設期から携わっている男のとしては譲れないものがあるのだろう。
「わかった。しかし、それならカリンとシアンを呼んで話をするぞ。下手をすれば命を落とすようなこともある危険があるからな」
久しぶりの投稿で申し訳ありません。
諸事情によりなかなか執筆作業ができませんでした。
スローペースになりますが続きは投稿しますのでこれからもよろしくお願いします。




