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「これで最後かな」
店の裏口周辺の壁に本をたてかける。壁一面に本が並んでいる姿を見るとたいした作業をしていないのに掃除をした気分になる。
すべての本を外に出したつもりだったが何か残っていないかと思い、地下室へと戻るとシアンとカリンが何か話し込んでいた。シアンの腕にはぐるぐると布でまかれた長方形の物体が抱きかかえられている。
「……声が」
シアンのつぶやきが聞こえた。
「うーん、確かに聞こえるわね。……開けてみる?」
カリンがシアンにたずねる。シアンはその提案に対して渋い表情を浮かべた。
「それは……」
シアンがそこまで言いかけたとき、俺の視線に気づいたようだ。腕に抱えた本をぎゅうと抱きしめて、足早に歩み寄った。
「何かあったのか?」
「ええとですね。本棚に一冊だけこれが残っていたので、何かなと思いまして……。本だとは思うのですが」
そう言いながら腕の中の物体を俺に見せつける。布でまかれているため中身の確認はできないが、シアンの言うとおりの本だとは思う。しかし、どうして中身の分からない状態で置かれていたのだろう。
「その中から何か、声のようなものが聞こえような……」
「声?」
「はい、呟きのような、うめき声のような。……苦しそうな声が聞こえます」
本を耳に当てる。確かに何かが聞こえる。布で遮られているため聞き取りづらい。
しかし、この声はどこかで聞いたことがあるような。
「……あ!」
思い出した。
あわててシアンの腕から本をひったくる。それと同時にシアンとカリンの様子を確認する。封印は解けていないから大丈夫だと思うが、魔法抵抗力が無い者だとどんな影響を受けるか想像もできない。
「シアン、カリン。体に変調は無いか? 掃除を始めてからの記憶はちゃんとあるか?」
二人に対して言葉でも確認する。二人とも問題は無いようだ。外観の変化も精神異常も起きていないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
シアンとカリンの耳目が本に集まっていることに気が付く。騒げば興味を持つのは当然か。特に発掘した張本人であるシアンは興味深々といった表情であった。
「この本はね。ちょっとした危険物なんだ」
下手に隠すよりは、疑問を持たれないように説明を行ったほうがいいと判断する。
「強力な魔道書で、自我を持つ本なんだ。自我を持つだけの魔道書なら問題ないが、所有者に干渉したがる性格をしている。その所為で一度痛い目を見た」
放浪期間中の出来事なのでシアンと出会う前の話だ。ビアーティからの一方的に押し付けられたコイツの所為で、本当にろくでもない目にあった。
何度も廃棄しようと思ったが、巡り巡ってシアンと出会うことが出来たという良い事象もわずかに存在したことと、本人には悪気はないという事もあり、今日の今日まで処分できていない。
「そういう訳で、あまりこれには触れるな。そしてなるべく近寄らないようにしてほしい」
「わかりました」
「わかった」
二人が同時に応じた。納得したらしく二人は掃除を再開するべく動き始める。
それにして言葉を発することが出来るぐらいに回復しているとは思わなかった。掃除が終わったらもう一度封印をするべきだろう。いや、それとも対話をするべきかな。鯉血が希望すれば迷宮の図書館に納めるという手もある。
「ねぇ、チハヤさん」
カリンが箒を持ちながら言った。何だとそれに応じる。
「その本の名前って何?」
「名前?」
「うん。名前。魔道書って見るのが初めてだから、ちょっと気になって。……無理ならば別にいいけど」
「……知らないほうがいいと思う」
カリンにそう伝えると、わかったと言って掃除に戻っていった。素直に掃除に戻ったのは概要を説明したおかげだろう。
しかし、どうして魔道書の名前は変なものが多いのだろうか。他人に教えたくないようなタイトルが付けられていることが一般的だ。
「屍食教典儀」
物騒な響きの言葉を呟く。こんな標題なのだ。さすがにこれをカリンに教える気にはならない。
しかし、なんでこういう手合いの本は、直球な名前なのだろうか。
ちょっとしたトラブルはあったものの、掃除は順調に終わった。地下室もだいぶきれいになった。きれいな部屋だとゆっくりとできる。今夜はよく眠れそうだ。
番外編は以上で終了です。
次回から第4話の投稿を開始します。




