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箒と塵取りを抱えたシアンが強い口調で言った。足元にはたっぷりと水の入ったバケツといくつもの雑巾が置かれている。シアンは地下室の中央の位置に立って隅から隅まで部屋の中を観察し、不満気な瞳で俺を見る。
「たまにはこの部屋もお掃除しましょう」
「言いたいことはわかるけど……」
ちらりと実験器具を見る。新しい水薬を生成しようと思い準備したものだが、掃除をするとなるとせっかく準備した器具を片付けなければならなくなる。準備には半日以上の時間が必要となるため、今は片付けをしたくはない。
「どうせまたすぐに汚れてしまうのだし、年末とかにまとめて掃除すればいいだろう。中途半端にやるよりもまとめてやったほうが効率的だと思うのだが」
掃除を避けるため、精一杯の言い訳を口にしてみる。
「駄目です! 今日は絶対に掃除をします。ご主人様はまた今度と言ってばかりで掃除を全くさせてくれません! 今日はこの部屋を掃除するって決めました!」
「そこを何とか」
「駄目です」
シアンがにっこりとほほ笑みながら首を横に振った。どうやら交渉の余地は無いらしい。それ以上の問答は無用だとばかりバケツの中に入れてあった雑巾を取出し絞り始めた。
「本当に掃除したほうがいいと思うよ。チハヤさん」
掃除を開始し始めたシアンの横で、カリンが人差し指で机の上をなぞりながらいった。カリンの指には埃がべったりと付いており、綺麗な肌色が黒くくすんでいる。姑のような所作をするカリンに対して反論しようとしたが、それよりも早くカリンが言葉を続けた。
「この部屋の環境は最悪よ。埃っぽいし、薬品とカビの匂いが混じった変な匂いがするし。よくこんな場所で寝泊まりできるわね」
「慣れたからな。多少の汚さぐらいなら我慢できるし、俺は気にならない……」
「貴方が良くても、私が気にするわよ」
カリンがわずかに表情を曇らせながらいった。悲しげ、というよりも寂しげな、謝罪の色が込められた表情であった。
どうしてと聞こうとしたが口には出さなかった。なんとなくその言葉の意味は理解できたからだ。カリンが住み込みで働くことになったため、俺の居室が地下室になってしまったということに負い目があるのだろう。
「慣れたとしても、こんな場所に籠っていたら病気になってしまいます。ご主人様が私たちの所為で病気になってしまうなんて嫌です」
雑巾を絞りながらシアンが言った。シアンは哀しそうな表情を浮かべていた。
この部屋を掃除したいという二人の申し出は全くの善意から来るものであった。頭を掻く。この好意に対して自分の都合だけで断ることが出来るような強い精神を俺は持ち合わせてはいない。
ため息を吐く。それから頬を叩いて気合を入れる。
「わかった。……たまには掃除で一日を潰すのも悪くないか」




