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本日の昼食はグヤーシュという家庭料理であった。この地方では一般的な昼食のメニューで、ニンジンやジャガイモなどの根菜類とソーセージを煮込んだ簡単な料理である。野菜と肉を煮込むという以外は特に決まりはないため、料理人によってそれぞれの味や見た目に違いがあるのが特徴である。カリンの作ったグヤーシュは、ポピュラーな具材に加えてニンニクなどの香料を入れているようで、良い香りが湯気と一緒に立ち上がり食欲をそそる。
いつものように皿に盛りつけてくれれば喜んで食べただろう。おかわりだって何度もすると思う。しかし、今の状態ではとうてい口に入れる気がしない。
いい大人が駄々をこねている様は格好悪いなと思うものの、どうやっても無理なものは無理なのだ。ニンジンとザワークラフトだけは何歳になっても食べることが出来ない。
なんとかしてくれ。そんな感情を込めた目線をシアンに向ける。しかしその視線を無視するようにシアンは言った。
「どうかしましたか? せっかくカリンさんが作ってくれた料理です。味わって食べてくださいね」
「……なぁ、ひょっとして怒っている?」
「言わなきゃわかりませんか?」
にこりと微笑みながらシアンは言った。表情はいつものようにこやかではあるが、目は一切笑っていなかった。
「まぁ、早く帰ると言っておきながら朝帰りになるのは申し訳ないと思うけど、仕方ないだろう。スピカの誘いを断ると後が面倒だし……」
「いえ、そのことについては全然…… はい、全然怒っていませんよ。わたしが気にしているのはカリンさんが作ってくれた料理が無駄になってしまったということだけです。食材を無駄にする行為も褒められたものではないです」
「それについては申し訳ないと思っているよ。シアンには心配かけたし、カリンの好意をむげにしてしまったことは申し開きもできない」
カリンに視線を向けて頭を下げた。カリンが苦笑を浮かべる。
「料理についてはそんなに気にしなくてもいいわよ。帰ってくることが遅くなることを考えて日持ちする料理にしたから。今からでも食べる? それならすぐに準備するけど?」
「ああ、頼む」
ニンジンの山から解放されるのであれば何でもいい。残り物の冷たい料理でもニンジンを食べるよりはマシである。
せっかく席に着いたカリンであったが、俺の頼みを受けて再び台所の方へと向かって行った。その背中を俺とシアンが見送る。そしてぽつりとシアンが呟いた。
「……まぁ、どちらでもいいです」
「どういう意味?」
「はい、言葉どおりの意味ですよ。どちらでもご主人様にとっては変わらないですから」
随分と含みのある言い方だった。なんとなく嫌な予感がした。その予感を確認しようと口を開きかけたとき、カリンが食卓へと大皿を抱えて戻ってきた。
「チハヤさん。お待たせ。主菜は私とシアンで食べちゃったから、残ったのは付け合せのザワークラフトだけだけど、上手くできたから満足してもらえると思うわ」
そういって俺の目の間に置かれたのは、酸っぱい香りを放つキャベツの山盛りだった。キャベツとシアンとカリンを交互に見る。シアンは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、カリンは笑いをこらえるような表情をしていた。
「あはは、頑張ってね。……まぁ、私が丹精込めて作った料理だから。よく味わってね」
どうやっても逃げることはできないらしい。ため息を吐く。こうなった原因は酒の誘惑に負けて、スピカの誘いにのってしまった自分にあるのだ。逃げ道のない状況に観念し、スプーンを手に取った。
「……はい。頑張ります」
しばらくは短編を2・3話ほど投稿します。




