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迷宮管理局調査課の一室で行われた打ち合わせは、いつのまにか簡単な報告会へと様変わりしていた。
迷宮の三階層で発見したアースドラゴンは本来であればもっと深層にいる存在であり、三階層で発見されたということは過去に類を見ない事例であった。まさに異常事態と呼べる状況なので、迷宮に携わる者として話を聞きに来るのは当然の反応であり意識の高さをほめるべきだと思うが、本来は数名しか入ることのできない狭い個室に、十数人の人間が入り込むのはさすがに遠慮しろよとは思う。
そんな息苦しい状況の中、迷宮で見聞した内容についてあれこれと報告を行い、ひととおりの事柄を話したあと職員の質疑応答に答える。
質問に積極的なのはベテランの職員よりも若手の職員であった。若手からすると初めての迷宮変動であるため、いろいろと知りたいことがあるらしい。
その質問の中には若手の職員からは次回の探索が行われた場合に同行してくれるのかだとか、迷宮の変動が起きる前に行うべき対策は何が良いのかとか、スピカの活躍について教えてほしいだとか、スピカとの関係についてだとか、今回の調査とはあまり関係のない質問もいくつかあったが、仕事に熱心なのは良いことだと思い丁寧に対応した。
ちなみに最後の質問をした職員は怒りの形相を浮かべたスピカに、首根っこを掴まれて部屋の外へと連れ出されており、部屋に戻ってきたのはスピカだけだったことから考えると、おそらくロクな目にはあっていないようである。
ようやく会議から解放されたのは、定時を知らせる鐘の音が管理局内に鳴り響いたあとであった。就業時間を超えての業務は残業となる。労務規則として残業を行うことは認められているらしいが、調査課は予算が少ないため、残業代を削減する必要があることから、職員の残業は認められていない。
課長が会議の終了を宣告すると、職員たちはぞろぞろと部屋から出て行った。その中にはスピカも含まれていた。当事者なのだから待っていてくれればいいのにと思ったが、あいつも職員の一人であることは間違いないので規則には従うのは仕方がないことだ。やんちゃだったアイツも立派な公僕になったのだなと改めて実感する。
会議室には俺と調査課長だけが取り残されるようにして座っている。役職者は役職手当があるため残業代が発生しないことからこの課の中で唯一遅くまで仕事を行う人物である。彼が変えることが出来るのは、本日中に終わらせなければならない案件を済ませたあとである。
結局、俺が解放されたのは調査に対する追加報酬の話と次回調査の依頼に関わる会話を済ませたあとだった。
窓の外の風景を見る。迷宮を出たときには高い位置にあった太陽はどこかへ行ってしまい。代わりに月が浮かんでいた。どうやら今日は満月らしい。さすがにため息が出る。
早く帰ろう。労働した後であることと久しぶりの地上での夜であるため、居酒屋にでもよって一杯ひっかけて帰るのも悪くないと思ったが、家出帰りを待つ人がいるので自重しようと決意した。
課長にお先に失礼しますと、あいさつ述べてからすっかり暗くなった廊下に出た。早く帰ろうと思ったが、廊下の先に自分を待ち受けている人がいることに気づいた。
「待っていたのか? てっきりもう帰ったのかと思った」
「そんな薄情なことなんてしねぇよ」
「なら、会議室に残ってくれればよかったのに」
「できればそうしたかったけどさ、ほら、あの課長、そういうところがうるせぇからなぁ……」
「いい上司じゃないか。部下の労働時間をしっかりと管理できる上司なんてなかなかいない」
ちらりと廊下の窓から隣接する建物を見る。そこは管理課が所有する庁舎である。こちらの建物とは違い、魔法で創られた照明灯が煌々と輝き、職員が忙しそうに働いている姿が見えた。
「定時で上がれるのはいいことなんだけどさ、アタシみたいな下っ端からすると少しぐらいは残業したい思うときもあるわけよ」
ため息交じりにスピカが言った。確かにスピカはまだ若いため基本給が少ない。残業で給料を稼ぎたい気持ちもわからなくもない。
二人で適当な会話をしながら帰路につく。隣に並んで歩くと彼女の小ささを改めて実感する。町を歩く同世代の女性と比べるとなおさらであった。
しかし、小柄な体格にありがちな幼い印象というものはあまり感じられない。これはおそらく内面から出る性格の強さと、強者が持つ強さへの自信から来るものであると思う。見かけどおり女らしく生きていれば、今頃は恋人の一人でもいたのではないかと思う。
「今日はこのまま帰るのか?」
歓楽街の入り口に差し掛かったところでスピカが言った。一緒に帰り始めた時点でこうなるだろうなと予想はしていたが、今日は飲まずに帰ると決めている。断るために口を開こうとするが、それよりも早くスピカが言った。
「そういえば、いくらだった?」
唐突な物言いに困惑する。
「何が?」
「追加報酬だよ。 会議が始まる前に課長が用意していたからさ」
「ああ、そういえば冒険者の救出報酬ってことで、いくらかもらったな」
課長との打ち合わせの途中にもらったものがあることを思い出し、懐から小袋を取り出す。中身もまだ見ていないため確認しようとしたが、それよりも早くスピカはそれをひったくるようにして奪い取った。
「少ねぇな」
「石化の解除の報酬だろ。そりゃ少ないだろうさ。やったことを考えれば蘇生代以上の金額をもらうのが筋だと思うけど、まぁ、説明するのが面倒くさいし」
スピカが小袋から数枚の金貨を取り出す姿を見ながら言った。この件については魔法を発動させた時点で諦めていたことである。むしろ一銭も無いかとも思っていたので僅かとはいえ報酬が出たことは驚いた。おそらくだが、課長が頑張ってくれたのだろう。
「けちけちしないで、もっと出せばいいのに。相変わらず気が利かないよな。うちの課長」
俺とは真逆の評価をスピカは下したようだった。上司に対しても辛辣な口調である。
「まぁ、いいや。これだけありゃ足りるだろ。飲み行こうぜ」
「それが目的か」
ああやはりそうかと思う。一人残った仲間を待つなんて殊勝な真似をコイツがするはずないのだ。
「いいか、この報酬は俺が冒険者を助けてもらったものだ。俺の労働の対価だ。飲みに行くのは構わないけど、その金は自分のために使う。断じてお前には奢らない」
きっぱりと言う。スピカの事だからすぐに文句を言うのかと思ったが、何も言ってこなかった。じっと俺を見つめる。何かを言うべきかと思ったが、しばらく言葉が出ない。いつも流されてばかりなので、たまには自分の意思ぐらいはしっかりと示さないと。
しばらく続いた。沈黙を破ったのはスピカだった。わかったよと言いながら小袋をこちらへ投げて寄越す。悪態をつかれると思っていたので少しだけ驚いた。
「割り勘でいいよ。この前、安くてうまい店を課長に教えてもらった。鯉のから揚げが絶品なんだ。味付けが少し濃いけど、それがまたビールに合う。チハヤも気に入ると思うぜ」
「鯉か……、確かに地下ではあまり食べないし、興味はあるかも」
「だろ? さっさと行こうぜ。早くいかないと席が埋まっちゃう」
そういってスピカは駆け出した。あわててその後を追う。
「ちょっと待て! 飲みに行くなんて俺は一言も……」
「言っただろ? 驕りじゃなきゃ飲みに行くって」
スピカはにやりと笑った。
その顔を見るともう何も言えなかった。スピカの思惑にうまく誘導されてしまった。嬉しそうな笑顔を見るとどうしても断ることが出来ない。つくづく流されやすい性格をしているのなと心の中でため息を吐く。
「シアンに魔法で連絡するからちょっと待っていてくれ。……それと朝までは飲まないからな」
まぁ、いいか。何にせよ。仕事は終わったのだ。これからの事は明日に考えればいい。とりあえずシアンにはメッセージを送って、飲んでから帰ると言う事だけ伝えよう。怒られるかもしれないが、それもそのとき考えればいい。こういった適当な性格も、その場に流される原因の一つなのだろう。
これで第3話が完結となります。
第4話の前に短編を書いてから投稿しようと思います。
短編のテーマなどで要望があれば、可能な範囲で対応しようと思いますので、感想欄に記載をお願いします。




