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13

 広場に爆発音に似た嫌な音が響く。その音に少し遅れて魔物の咆哮が追いかけるようにして響いた。この咆哮は魔物が登場したときのような威嚇のものではなく、驚愕や恐怖の感情が混じったもので、人間でいえば悲鳴に近いものであった。


 それまで弾かれていたスピカの斬撃が魔物の鱗を突き抜け、肉を断ち、骨の髄へと食い込んだのである。それは斬撃というよりも打撃。もっと、正確にいうと叩き潰すといったほうが正しいだろう。


 魔物の右腕の一部が抉れて吹き飛び、そこからどす黒い血液が噴水のように噴き出ている。


 少しだけ前に進み、地面に散らばったものを眺める。周囲には魔物の鱗や肉片、骨の欠片などが散乱していた。状態が良い物であれば鱗の何枚かは回収しようと思ったが、育ちがあまり良くないらしく、それほど価値にあるものではない。


 「どうだ! 見たか、チハヤ!」


 「ああ、見てたよ」


 スピカにいった。


 「いつのまに戦技なんか習得――」


 そこまでいいかけて、魔物の方向が俺の言葉を遮った。魔物の姿を見る。魔物の専門家ではないため、平常時との表情の違いを読み取ることはできないが、今の感情が憤怒に支配されていることはなんとなく理解できた。己よりもはるかに格下の生物に傷つけられたことがプライドに触っのかもしれない。それとも攻撃した場所が竜種の持つ特性である逆鱗と呼ばれる部位だったのか。 まぁ、なんにせよ、魔物がとる行動は一つだけである。


 「気を付けろよ。たぶん次からの攻撃はさらに激しくなるぞ」


 「わかってる」


 スピカが応じた。にやりと笑う。


 「上等だ。ミンチにしてやるぜ」


 一人と一匹の攻防が始まった。先ほどの攻防よりもさらに激しく、さらに力強い者であった。その衝撃に吹き飛ばされた小石が流れ弾のように周囲を飛び交い、ぴしぴしと音をたてる。


 「アンタら、そこに居ると危ないぞ。怪我したくなかったら俺の後ろにきてくれ」


 後ろで腰を抜かしてへたり込んでいる冒険者達に言った。


 小石程度の物体とはいえ、速いスピードを纏った状態で命中すれば、ダメージを受ける。それが頭や急所だった場合は命を落としかねない。こちらの都合で助けた命なのだ。護ってやるのは助けた側の義務といってもいい。


 「はっ、はい!」


 俺の言葉に冒険者たちは頷き、硬い表情を浮かべながらノロノロと歩いて俺の傍らにたった。


 「魔法による障壁を展開するから、安心しろ」


 視線はスピカたちに据えたまま左手を伸ばし、左手で持っていた杖で叩くようにして地面に文字を刻みこむ。刻み込んだのはルーン文字と呼ばれる音素文字の一種である。文字の一つ一つが意味を持っているため、書き込んで魔力を通せば詠唱をせずとも発動してくれる便利なものだ。物体に魔法効果を付与するという点では、普通に詠唱して発動させるよりも効果が強くなるという傾向がある。


 ルーン文字の記入が終わり、ひと呼吸おいてから魔力を通して障壁を発動させる。うすぼんやりとした光の壁が発動した。


 「すごい。なんて魔力密度……」


 女の方の冒険者が感嘆の声を上げた。魔力の流れを見ることが出来るということはこの女も何らかの魔法が使えるようだ。


 「たいした魔法じゃない。ルーンを学べば誰にでも使える程度の簡単な障壁結界さ」


 「たいした魔法じゃない……?」


 キッカは俺の書いたルーン文字をじっと睨み、それから自嘲に似た笑みを浮かべた。


 「魔術文字を使役するのがたいしたことないわけない!太古に失われた技術で、伝説の中でしか語られない代物なのよ!神域の神秘を行使できる人間がいるなんて」


 「そうか?理解すればだれでも使えるようになるけどな。適当なルーン文字の魔術書を一冊翻訳すればその辺の素人でも使えるだろうよ」


 「そんな魔術書なんて何処にあるのよ……。宮廷魔導師にでもなって、魔術院の学者になれとでもいうのかしら?」


 「いや、そんな面倒なことをしなくてもいい。魔術書なんて迷宮の深層に行けば、いくらでも落ちているし」


 俺が初めてルーン魔術書を読んだ時のことを思い出しながら答えた。誰が集めたのかは知らないが迷宮の一室に図書館のような場所が存在している。そこには古い書物がぎっしりと詰め込まれており、魔術書以外の蔵書もいくらかあった。それを外に持ち出せばひと財産になりそうだと考えたこともあったが、魔術的な意味でも、思想的な意味でも、歴史的な意味でも、一般人に見せることが出来ない本が大半を占めているため、泣く泣く諦めたということがある。最近は遠出するのが面倒ということもあって、図書館を訪れることは無くなったが、そろそろ顔を出すべきかもしれない。本を天日干ししないとかび臭くなるし、管理人はきっと埃まみれになっているだろうし。


 「吹き飛べ!モグラ野郎!!」


 広場に響き渡るスピカの声が聞こえた。

 その言葉の方に視線を移すと攻撃を外した魔物が、バランスを崩してよろけているのが見えた。雷雨のような激しい攻撃が納まり、外皮の固さに比べれば幾分か柔らかい腹が見えた。


 その隙をスピカは見逃さない。素早く大剣を上段にかまえると、戦技『縮地』を使用した高速移動を行い、間合いを一気に詰めた。


 戦技とは魔法をすることのできない職業の者たちが習得する技能の事である。魔法使いが魔力を消費して魔法を発動させるのと違い、戦技では生命力である波動を使用して発動させる。戦技では身体能力の向上や、攻撃に特定の属性を加え様々な効果を得ることや、肉体の損傷の回復などがある。魔法と大きく違うところは、生命をもつ者であれば誰にでも波動はあるため、訓練さえ積めば誰にでも使えるようになることである。


 「骨砕き!」


 スピカが戦技の名前を叫びながら大剣を魔物の腹に向かって振り下ろした。戦技を発動させるのにあたって、口に出して叫ぶ必要はないのだが、気合を入れるために叫ぶ人は少なからずいる。


 骨砕きのスキルは文字どおりに固い骨や皮等を破壊する戦技である。波動で武器の高度を強化し、武器が物体にぶつかるときのネルギーを何倍にも増加させ、爆発に似た衝撃を発生させる。


 渾身の力で振り下ろされた大剣から爆発に似た轟音が洞窟内に響いた。魔物の腹部から赤黒い血液と白いものが飛び散る。急所ではないため即死はしないだろうが、損傷の度合いからして致命傷には十分になりえるだろうと思った。


 「油断するなよ」

 スピカに声をかける。低位とはいえ竜なのだ。腹を抉られてもしばらくは戦闘を続行できる体力があるかもしれない。


 「それと血は浴びるなよ。毒性があるかもしれないから」


 「わかってる、よっと」


 悲鳴を上げる魔物から間合いを取りながらスピカは言った。竜の血液についても十分に理解しているようで、上手く立ち位置を調整したらしく、体には一滴も浴びていない。


 竜の血液には強力な魔力が宿っている場合が多い。魔法の道具の材料や薬の原材料として使用されており、稀少品として市場に出回っている。しかし強すぎる魔力の所為で血液は、有毒の液体へと変質しており、知識を持った人間が毒抜きや精製を行う必要がある。


 魔物が苦痛と怒りの混じった咆哮を上げた。しかしそれには先ほどまでの力は無く弱々しいものであった。左腕で体が倒れないように支えながら、右腕でスピカに反撃を試みる。


 「さすがはドラゴン!」

 スピカは魔物の攻撃を避けながら、うれしそうな声で言った。


 「その根性を称えて、介錯してやるぜ!」


 右腕が止まった一瞬の間に駆け出す。魔物の右腕を踏み台にして軽やかなステップで魔物の巨体を駆け上がり、頭部へと近づいた。


 「くたばれ!」


 スピカは叫んだ。そして眉間に大剣を振り下ろす。


 「すごい……。あんな化物を一人で……」


 力尽きた魔物が倒れ込む様子を見ながら、俺の後ろでへたり込んでいる冒険者が感嘆の声を上げた。低位の竜種ごときに過剰な反応だなと思ったが、ごく普通の冒険者からすればこれが当然の反応なのかもしれない。


 冒険者たちが感動していることに気が付いたらしく、スピカが得意げな笑顔を浮かべて戻ってきた。魔物に背を見せている。油断はするなと言ったのに。


 「はぁ、たいしたことなかった」


 「そうか、でも油断は禁物だな」


 「油断?」


 スピカが後ろを振り返る。そこには必死に起き上がろうとする魔物がいた。満身創痍ながらも先頭の意思は失われていないらしく、自分をこんな目に遭わせたスピカへ一矢報いようとしていた。


 スピカはあわてて武器を構えようとする。


 「安心しろ。もう死んでいるから」


 魔物は一鳴きしてから完全に動かなくなった。動けなくなるように麻痺の魔法を掛けただけであったが、それで十分であったようだ。


 魔法の発動はほとんど反射的なものだった。弱り切った一撃とはいえ、油断しきった状態ではひとたまりもないだろう。


 しかし魔法の発動すら気が付かず、言葉で指摘しなければ気が付かないなんて。


 成長したなと思っても、スピカはいまだに20にも満たない年齢。やはり戦闘の経験部分が足りていないようである。今後も迷宮に足を踏み入れるようなら、特訓してやるべきなのかもしれない。

次で第三話は完結します。

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