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 俺が営んでいるこの雑貨屋は、世間一般の人たちから迷宮と呼ばれている場所に存在している。

 

 迷宮とは膨大な量の鉱物や魔力資源が眠る巨大な地下洞窟の総称である。地下資源が眠っているのだけの洞窟であれば鉱山と呼称するのが正しいと思われるが、この洞窟には地下資源のほかに魔物と呼ばれる獰猛な生物や、財貨を求めて侵入したものの命を奪う罠や遺物が存在している。


 普通の人間が侵入すれば、まず五体満足な状態で帰還することは不可能であり、運が悪ければ命を落とすことも十分にあり得る危険地帯である。


 しかしそんな危険地帯に夢を求める人間はそれなりの数が存在していた。迷宮内の鉱物や魔力資源は非常に高価で魅力的なものである。高級な貴金属や純度の高い魔石などを得ることができれば、一生を遊んで暮らすことが出来るかもしれない大金が手に入る可能性がある。また、危険な迷宮から一定の成果を得て帰還することができれば、それは強者として世間一般から認められることになる。立身出世を願うものであれば国や貴族などの権力者への仕官が叶うかもしれない。


 そんな欲深い人間たちは、危険を顧みず一攫千金の夢を見て今日も迷宮を探索する。そんな彼らのことを人々は冒険者と呼び、命知らずの大馬鹿野郎の代名詞としているのだ。


 そんな彼らを相手に商売しているのが俺みたいな人間である。


 冒険者になったからといって探索を一人で行うことは、まず出来ないと言っていい。迷宮に侵入するために必要な装備を整え、何日間か滞在するために必要な食料や水といった生存に必要な物資を集め、得られた戦果を運び出すために必要となる道具や人工を用意しなければならず、それらを自力で調達できる人間などほとんどいないため、商人から購入するほかない。


 また万事がうまくいき、迷宮の外へ資材を運び出したとしてもそれを金貨に替える手段が必要となる。資源を正しい価格で買い取いとり、需要がある場所へ供給することのできる商人が必要なのだ。


 冒険者と商人は切っても切れない関係であるといってもいい。この都市の存在がなによりもそれを証明している。


 迷宮の探索が始まり冒険者と呼ばれる存在が生まれたことで、それを取り巻く組織は作り上げられていった。最初はわずか数組の冒険者が建てたみすぼらしい掘立小屋は、冒険者の次第に数を増るのに合わせて数を増やし、石造りやレンガ造りの建物が増え、手に入れた鉱物の加工業者が定着し、冒険者たちの道具を新造、補修するための鍛冶師が住み着き、彼らの胃を満たすための食料品や炊飯などの多種多様な関係者が続々と集まってきた。それらは年月を追うごとに大きくなっていき、一つの洞窟しかなかった場所には、村が建ち、それが町となり、人間が数万人以上集まって市となった。


 それゆえにこの街は迷宮都市と呼ぶ呼称が定着している。一応市の正式名称は別に存在しているのだが、その名前で呼ぶ人間はこの国にはほとんどいないため、迷宮都市が市名のようになってしまっている。


 そんな都市だがここ十数年で一つの問題が発生していた。それはあまりにも急激に発展したために土地資源が枯渇しているというものである。面積あたりの人口比率は大陸内に存在するどの都市よりも高く、新たな店を出店できる土地が無いという事態になっており、商人は新しく店を開店することが大変厳しくなっている。市としても人口増加が見込まれないとなると経済発展が鈍化し停滞することはなるのではないかと懸念されている。


 経済の鈍化は街の衰退の要因になりかねない。行政としても土地問題は何としても解決したい課題であると理解しており、開拓事業などを行い一部の山を切り崩しているが、都市の周囲はすべて山岳で囲まれていることから遅々として進まないし、広げることのできる範囲の限界もすでに見え始めている。


 そういった事情を理解したうえで土地が無いことを不満に思った一部の商人と冒険者たちは上に広げることができなければ下に広げるしかないのではないかと判断した。


 その結果冒険者相手に商売をするのであれば、地下迷宮に商店を作ってしまえとして展開されたのが迷宮商店街でありこの雑貨屋であった。


 そしてこれは商人が勝手に行っていることであり、いわば闇市に近い業態のもので行政から黙認こそされてはいるものの、法的にはグレーゾーンの存在である。





 「価格が高いという、お客様方の意見はもっともだと思います」


 商品の値札に視線を落としながら言った。価格が高いのは十分に理解している。


 しかしこれには事情があるのだ。正規に認可されている店ではないため、問屋から仕入れることができず、商品原価が非常に高い。また危険地帯で商売をしているということもあって店舗の防衛や営繕費に非常に金がかかってしまっている、その結果この店の商品の価格は地上にある店の価格に比べると3倍近く高くなっている。もともと人口比率の高さによる地価の上昇で、迷宮都市で販売されている商品の価格は周辺の諸都市に比べれば倍近い価格になっている。国内の他都市における平均価格と比べてしまえば、6倍近い価格となっているのだ。


 この価格では駆け出しの冒険者にとっては1日の収入のほとんどをつぎ込んでなんとか取引ができるかなというところだろう。彼女たちが必死になるのは当然の行為であるといっていいと思う


 「わかってくれるのであれば、安くしてほしいのだけど」


 「申し訳ありません。店員が提示した金額以下に下げることはできません」


 リーダーに対して即答する。


 「この価格設定は需要のバランスを考えて決めたものです。正直なところこの金額を下回ってしまうと私どもも採算が取れません。申し訳ありませんが、ご理解のほ――」 


 「だったら、買わない」


 リーダーが俺の言葉を遮って言った。しびれを切らしたような冷めた口調ではあるものの、交渉を打ち切るつもりは無いようだ。


 「町と同じ価格で売れとは言わないけど、もう少し安くしてくれないとわたし達も手が出せない。銀貨2枚でお願いできないかしら」


 「そうですか」


 彼女の提案に対して頷く。おそらく彼女たちが提示した金額でも、駆け出しの彼女達にとっては厳しい金額であることも理解できた。


 「申し訳ありません」


 それを理解したうえで断る。こちらも商売なのだ。それにこの場所の特徴を考えれば水薬を事前に調達しなかった彼女たちが悪いということに他ならない。たとえそれが原因で命を落とすことがあっても、彼女たちの自己責任である。


 「カリン、もう行こうよ。これ以上言っても無駄だろうし。こんなところで時間を潰していたら、探索する時間無くなっちゃうよ」


 後ろに控えていた仲間の一人がリーダーに提案する。それを受けてリーダー各の少女、カリンは困ったような表情を浮かべた。回復手段がないままに突き進むことの危険性は理解しているようだ。


 「怪我しなければ問題ないよ。2階層よりも下の階層に行かなければ危険な魔物ははいないし、いざというときは走って逃げることもできるから」


 別の仲間が悩むカリンに対して追い打ちをかける。


 どうやら、仲間たちはその危険性以上に早く迷宮内へ進みたいという気持ちが強いらしく、カリンを除くほかのメンバーも先に進むことに同調した。


 しばらくの間、パーティー間で口論を続けていたが、結局カリンが折れた形となり、何も買わずに冒険者たちは出て行った。


 彼女らの背中を見送るりながら、迷宮という場所では何が起こるのかわかりはしないのだから、用心して買っておくのが正解なのに。迷宮の中で油断は己の死に直結する多いな要因となる。


 「はぁ、次回はちゃんと準備をして迷宮に入ってほしいね。……もっとも次回があればの話だけど」

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