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 「オラァ!!」


 狭い洞窟内でスピカの怒声が響いた。その掛け声に合わせ剣を振るうと、爆風を思わせる衝撃波とともに魔物が次々と挽肉へと変わっていく。


 迷宮内に侵入して半日程度が経過している。今回の目的は調査であり、下の階層に到達することだけが目的であることから、一番効率の良いルートを進めばいい。すでに三階層の中ほどに到達している。


 今は魔物の大群に足止めされてはいるが、此処までの行程はまさに順風満帆であった。この速度が維持できるのであればこの先の広場あたりで食事のために少し長めの休憩を取っていいかもしれない。


 そう思いながら手元に広げていた地図を閉じて、視線をスピカに移した。


 「この先の広場で昼飯にしようか」


 「りょーかい!」


 自分の身長をよりも大きい剣を軽々と振り回しながら、スピカは元気な声で短く返事をした。


 暴風雨のような戦い方であると思った。スピカの戦い方には規則性と呼べるものなどない。視界に入った魔物に対して適当に剣を繰り出して切り捨てていくものである。


 相変わらず無茶な戦い方をすると思った。自身の身体能力と直感だけに頼った戦い方をするスピカに剣術や戦術といった技能を習得したほうが強くなれると勧めたことがあったが、小難しいこと言われてもアタシには無理。戦闘は考えるな!感じろ!っていうだろうと返されたことがあったことを思い出す。


 確かにこの光景を見ているとスピカの言葉が正解なのかもしれない。


 不意に洞窟の中が明るくなった。魔物の群れ中から火球が放出され、それが地面にぶつかり小さく場屈したことによって洞窟内が照らされたのだ。


 火球が飛んできた方向に視線を移す。そこには赤色に燃える炎を纏った四足で羽の生えている奇妙な形をした虫が飛んでいる。この魔物はピュラウスタと呼ばれる火の精霊に近い性質を持った魔物で、燃え盛る炎の中でしか生きることが出来ない性質を持つ。本来であれば炎の外に出た時点でたちどころに死ぶはずなのだが、迷宮内の空気に含まれる魔力は地上に比べて非常に多いため、炎の外でも活動できているというわけだ。


 この魔物は非常に厄介である。それなりの速度で空を飛ぶことが出来るため、安全な間合いを保ち続けたうえで、何度も火球を吐き出して攻撃してくる。遠距離攻撃の手段が無ければ逃げるしかない相手である。


 ピュラウスタが再び火球をスピカに繰り出した。しかしスピカはひるまない。熱をもったか火球が迫るのを待ち構え、自分の間合いに入ったところで、気合の一声とともに剣を振るった。


 剣から放たれる衝撃波が火球を吹き飛ばし、ピュラウスタまで到達した衝撃波は魔物が纏っていた炎をもかき消した。身に纏った炎は魔力であり命である。ピュラウスタは力なく落下し霧散した。


 それを見たスピカは鼻で嗤った。炎の煤でうっすらと黒く汚れているが、幼く、整った、自信に満ち溢れた表情であった。


 「しかし……」


 久しぶりの戦闘で腕がなまっていると不安になるようなことを言っていた割には、ずいぶんと余裕がありそうだ。先ほどから津波のように押し寄せてきていた魔物の大群も両手の指で数えられるぐらいには減少していた。


 俺たちの脅威と呼べるような魔物は三階層にはほとんどいないといった事情もあって、スピカは迷宮に侵入する前に剣を振るう感触とカンを取り戻したいので、迷宮上層に滞在している間はすべて自分で倒すからと宣言していた。


 もともとそうした質の人間であることは十分に理解していたが、役所勤めで満足に体を動かすことが出来なくなったことと、書類仕事しかできないことによるストレスで、余計に凶暴性がましたような気がする。


 魔物相手に暴れまわる彼女は、実に楽しげであった。魔物の体を切り裂き、骨を砕き、内臓を抉る姿は、小さな体と母親譲りの愛らしい顔つきからはまったく想像が出来ないものである。


 「よーし、そうそう! いい子だね! かかってこい!」


 スピカが大剣を生き残った魔物に向けながら、独り言のように言った。その言葉に反応するようにして、一匹の魔物が悲鳴のような蛮声を上げて突撃する。頭についている大きな角で一突きにするつもりらしく、なかなかの速さであった。


 冒険者であれば受けきれずに殺されるか、みっともなく逃げ回るか。


 しかしそれは並の冒険者の話である。スピカは大剣を右わきに構えると地面を力強く踏みしめる。決死の突撃を行った魔物に対して敬意を示したらしく、正面から受けるようだ。自分よりもはるかに大きい魔物を待ち構えるというのに、スピカは笑みを浮かべていた。その顔には恐怖という感情はなく、戦いを楽しむという喜びだけを感じているようだった。


 「いや、女の子としてはどうなんだろうなぁ」


 正直なところスピカの将来が心配でしかない。ここに来る途中でヴォルフの本音とも冗談ともつかないような言葉を聞いていたためなおさらであった。


 そんな俺たちの気持ちを知ってか知らずか、当の本人は元気に躍動している。向かってきた魔物を体験で薙ぎ払って吹き飛ばす。魔物は哀れにもばらばらの肉塊となり轟音と共に壁に叩きつけられる。


 それを見て残った魔物はたまらず戦意を失ったらしく、背中を見せて逃走を始める。


 「あ! こら!! 逃げんな!!」


 それを見たスピカは怒りの声を上げた。逃げる魔物を追撃するため走り出す。それをあわてて制止する。俺たちの仕事は魔物の殲滅ではないのだから。


 「スピカ、もう十分に戦っただろう? 戦いの感覚は取り戻せたのならさっさと先に行くぞ」


 その言葉に納得がいかないのかふてくされた表情で俺を見る。しかし、本来の目的は忘れていなかったようでしぶしぶ首を縦に振った。


 「ちぇっ。まだまだ本調子には程遠いから、もうちょっと剣を振りたかったんだけどなぁ……。ま、いっか」


 「これだけ暴れてまだ全力じゃないのかよ」


 目の前に広がる惨状を見ながら言う。言葉の端にはあきれの感情がにじんでいた。知らない間にスピカもだいぶ強くなっているようだ。父親にはまだ及ばないものの大分肉薄してきているのかもしれない。


 「それよりもさっさと飯にしようぜ。運動したら腹減っちまったよ」


 剣を勢いよくふるってこびりついた血肉を吹き飛ばしながらスピカは言った。


 「その武器を雑に扱う癖は直せよ。まったく、強くなってもそういう部分は変わらないのな」


 そう言いながら、一枚の布を背嚢から取出しスピカに投げた。見た目は何の変哲もないただの布きれであるが、汚れを落とす効果のある魔法薬がたっぷりとしみ込ませてあった。刃物は使用することで必ず血や脂が付着する。脂がべったりと付いた刃物は切れ味が格段に落ちてしまう。一度の戦闘で終わるような場所であれば、スピカのような雑な清掃でも問題はないかもしれないが、迷宮内では連戦が当たり前であるため、一回の戦闘が終わるたびに武器についた血や脂をふき取らないと足元をすくわれかねない。


 「切れないなら叩き潰せばいいだけだから、掃除なんて」


 「切れるに越したことはないだろ。今の迷宮内では何が起こるかわからないのだし、年には念を、だ」


 「はいはい」


 そう言ってスピカは刀身を布でふき始めた。口や態度は悪いが意外と素直な性格をしているのは、スピカの数少ない美点であると思う。


 「それよりもさ、さっき飯にするって言ったけど」


 「ん、ああ。……ヴォルフから預かった荷物の中に弁当があるって言っていた」


 「うーん。そうじゃなくてさ」


 スピカが期待のまなざしで俺を見る。それを見てスピカが言いたいことは、なんとなく察した。苦笑を浮かべながら自分の背嚢を叩く。スピカの期待しているものは確かにここに入っている。


 「安心しろ。ちゃんと用意してあるから。こっちはお前にやるよ。その代りにお前の弁当を分けてくれよ」


 その言葉にスピカは満面の笑みを浮かべる。


 「やった。じゃあ、こんな臭いところにいないで早くいこうぜ!」


 「わかった。わかった。 あっ、おい!走るな!置いていくな!」


 軽やかな足取りで前に走り出したスピカを、俺は苦笑いを浮かべながら追いかけるのだった。

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