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「えーと、話を元に戻すぞ。今日の話は今後の店の方針について二人の意見を聞きたいと思っている」
二人の従業員と一人の店長しかいない会議だというのになかなか話が進まないということにやきもきしながら口を開いた。
「方針について?」
「ですか?」
二人がきょとんとした表情で俺に言った。突然の話だし二人の反応が芳しくないのは仕方のない事かなとは思う。
「うん、最初は一人で始めた店だったけど、今では3人も従業員がいる。俺一人で適当な経営でも成り立つけど、二人を養うとなると、少しは性根を入れ替えて真剣に働きたい」
「そんなに人件費って厳しいのかな?」
カリンがおずおずと口を開く。
「だったら私はお給料が無くてもいいわ。もともと私は貴方に借金をしている身分だし、無給で働くのが正しい姿だと思っている。もちろんチハヤさんの好意だと理解しているし、感謝しきれないほどに感謝している」
「無給はダメだな。そんな労働意欲がわかない職場なんて作りたくない」
カリンの言葉に首を横に振る。カリンは給料の不要であると言っているが、今渡している額ですら子供の小遣いのような額なのである。これを減らしたところで収入に寄与するとは到底思えない。
「お金が足りないなら、私のために積み立てているお金を……」
「シアン、それは自分が必要な時になったら使えと言ったはずだぞ」
なるべく厳しい口調を作ってシアンに言った。
「自由になった時にやりたいことがあるのだろう? 俺はシアンにはやりたいことをやってほしいし、将来の夢があるならそれを叶えてもらいたいと思っている。だからつまらないことで消費するのではなく、そのお金は大切にしなさい」
説教臭い言い方だなと心の中で思った。シアンは何か言いたそうに口を開きかけたが、諦めたようで頭を下げながら有難うございますと言った。
「でも、3人で暮らすだけでそんなにお金が掛るのかな?」
腕組みをしながら訊ねたのはカリンだった。そういえばカリンは元冒険者だったな。冒険者と市民では支払う税金の種類が大きく違うため払う金額の実感が無いのだろう。まぁ、説明するよりも実物を見せたほうが早いか。
「……あんまり見せたくなかったんだけど」
そういってカウンターにある引出しのなかから1枚の紙切れを取り出し、机の上に置く。カリンが手をじっと見つめる。
「納税通知書?」
「うん、この町で商売をすると非常に多くの税金を納めなければならない」
書類の中ほどに書き込まれている納税額の合計部分を指で示す。カリンが目を丸くしてピャッと息を呑んだ。
「うそっ! 市民の税金ってこんなに掛かるの!? 単位が一つ間違っているとしか思えない!」
「その金額は年間で納める額だけど、それでも冒険者からすれば高く見えるだろうね。冒険者ランクによって変わるけど、カリンのような駆け出しであれば一日の収益の1分程度の額しか取られないから」
それと比較すればカリンが驚くのは無理もないなとは思う。これでも迷宮の外で生活するよりはずっと安い額である。迷宮内であれば資産に掛かる税金が免除されているからだ。
もっとも、税金が安いからといって危険な魔物と常に隣り合わせで生活する暮らしに魅力があるのかと聞かれると素直に首を縦に振る気はしない。
「まぁ、税金はこれ以外にもあるのだけど……」
カリンから納税書を受け取りながら呟いた。その詳細を言うつもりはないが、納税書はもう2通存在している。一つは俺に掛かる住民税等、もう一つはシアンに関わるもの。さすがにそれは個人情報のため見せるわけにはいかないのである。
「そういった事情もあってまじめに商売をして売り上げを増やしていかないといけない。幸いにもカリンが店先で頑張ってくれれば、お客は増える。それだけでも売り上げは十分に上がるが、いつまでも続くものではないと思うので、新商品を導入して、売り上げを改善していきたい」
「でも、ご主人様」
シアンが控えめに手を上げながら言った。
「組合長さんから、商店街は1業種1店舗までというルールがあると聞いたことがあります」
「そうなの? ああ、どおりで小さな商店街の割には多種多様なお店があるなって」
カリンが手を合わせながら言った。
「うん。そんなルールのせいで自由に商売出来やしない。売り上げが多く見込めそうなものはすでに他の人に取られているから、なんか新しい事業を探さなくては」
「新しい事業? この商店街にはあるお店ってどんなものがあるのかな?」
ぼんやりと考え込むような表情でカリンが言った。その疑問にシアンが答える。
「ええと、商店街には私たちの雑貨屋のほかに薬屋、武器屋、防具屋、革製品などを販売している店と鍛冶屋、病院、郵便、鑑定、魔法付与、乗り物貸出などのサービスを提供するお店がありますね。中には資源の売買、魔物肉の売買などを売り買いができるお店も存在します」
「他にも変な店はいくつかあるが、迷宮に住む人間や冒険者を相手にするような商売のほとんどはすでに先を越されている」
ため息を吐く。商店街で商売を始める新参者にとって不利な条件だなと改めて思い直す。
「そのため、先ほど上げた商品は売ることが出来ない」
この町のルールで店同士の販売品が競合することは禁止されている。競合店によって発生する値引き合戦や住民同士のトラブル、この場合は喧嘩だが、それを防止するために行われている。
「なによそれ!? ひどい仕組みね!」
あきれたような口調でカリンが言った。その言葉に当然だなと思う。この国に商売の独占を禁止するような法律があれば真っ先に摘発されているだろう。摘発されるとしたらヴォルフになるのだろうか、あのおっさんが大人しく縄についている姿はちょっと見てみたい気もする。
「それ以外で何かアイディアがあったら言ってくれ、些細な事とか何でもいい。思いついたことがあればとにかく頼む」
俺の言葉に二人が考え込んだ。しかし、いきなり言われてもすぐには思いつかないだろうなとは思う。
「道案内とかは、私たちみたいな初心者の冒険者を狩場へ引率するとか、迷宮に入り始めたばかりのころはよく迷子になっていたもの、そういうサービスがあれば」
「うーん。案内するのは悪くないけど……、この店を離れるのはちょっとな」
せっかくの提案だが反対させてもらう。右も左もわからない素人同然の冒険者を案内するなど、いろいろなことに気を回さなければならなくなって、絶対嫌になる。
貴族や役人等の金払いの良い連中なら考えないこともないが、そもそも案内のために迷宮に侵入するよりも、その手間で冒険者をやって採掘でもしたほうが収入的にはよっぽど儲かるのではないか。
「冒険者の方からいらない道具を買い取って、販売するのはどうでしょうか?」
今度はシアンが提案した。
「ふむ、武器や防具などの装備品を?」
「ええと、それだけではなくて全般的に何でも、ここは雑貨屋さんですのでなにを売り買いしても問題は無いと思います」
中古品の売り買いであれば競合する店舗は無いかもしれない。ヴォルフに確認してみないと何とも言えないが、悪くは無いアイディアである。しかしいくつか問題点は存在する。
「買い取るのが難しいな。買取を行うにはそれなりの資金が必要となる。それに買い取ったものを置いておくスペースがこの店にはあまりない。買い取る商品の選択肢が難しいな」
シアンが残念そうな表情を浮かべた。頭をなでて慰める。カリンもそうだがせっかくの提案をむげにするとわずかだが罪悪感が生まれるな。
「でも悪くないアイディアだ。買取についてはそれほどの問題にはならないし、ほら、迷宮内にはいろいろと落ちているからな」
迷宮内に転がっている死体を思い出す。魔物は冒険者の肉体部分を食べるため、運が良ければ装備品が良好な状態で残っている場合がある。そのような装備品は大半が冒険者の遺族に有料で返却を行うサービスを行政が行っているが、この返却行為が必ずしも望まれているわけでは無い。そういったものは共同墓地に葬られたり、市が運営する競売市場に掛けられたりする。
「ご主人様、それはダメだと思います……」
「うん、最低な犯罪行為よ、それ」
冗談のつもりで言ったのに二人からダメだしされてしまった。まぁ、確かに法律で禁止されているし、倫理観的にも死体から装備を剥がして奪い去るというのにはさすがに抵抗感がある。
「そうだな。縁起も悪いし、呪われそうだし、やめようか」
悪くない考えだなとは思ったが、二人の意見を取り入れて取り止めることにする。
「しかし、やはり新規事業というとなかなか思い浮かばないものだな」
俺の言葉に2人は苦笑いを浮かべた。少し気分転換をしようとシアンにお茶とお菓子の準備をするように言った。そういえば今日はシアンのお茶を飲んでいないことを思い出す。普段であれば1日に2回は休憩時間を入れているのだが、今日は来客が多かったため、休憩時間を上手くとることが出来なかった。
シアンが準備のため部屋を出ていくのを目で追っていると、カリンが何かを思い付いたように言った。
「今更聞くのも変な話だけど、このお店の名前って何?」
「店の名前?」
「うん。チハヤさんもシアンも雑貨屋とはいうけど、それがこのお店の名前っていう訳じゃないでしょ。ほら、何とか屋とか、何か商店とか」
「ああ、なるほど」
カリンが訊ねているのはこの店の屋号ではなく店名の事であった。確かに迷宮の外であれば店名が着いているのが一般的と言える。
「うーん、特に決めてないなぁ」
「え? そうなの?」
「うん。だって必要ないからね。迷宮内の雑貨屋はこの店だけだから、屋号と所在地だけで十分に伝わるから、決めなくてもいいかなって」
頬を掻きながらカリンに言う。この考え方は迷宮内ではさほど珍しい考え方ではない。ほとんどの店は店名を決めていないか、迷宮○○屋とかそんな名前ばかりである。下手に洒落た名前を付けるよりもそちらの方が分かりやすいし、覚えやすい。
「だったら」
「お待たせしました! お茶の準備が出来ました」
ティーセットを抱えたシアンが遮るように言った。 お茶と一緒にカリンとシアンが昨日に作ったクッキーも持ってきたらしく、皿にかわいらしく盛られている。
最近はお菓子が充実している。シアンがカリンに頼み込んで料理の手ほどきを受けているらしく、その一環としてお菓子作りにも挑戦しているようだ。こちらとしてはしっかりと味見のできる人間がそばにいてくれれば、特に言うこともないので二人の好きにさせている。
「自分で作ったものだけど、甘いものが日常的に食べることが出来るのはやっぱり幸せだと思うわね」
しみじみとした口調でカリンが言った。
「冒険者の時はあまり食べられなかったのか?」
「うん。冒険者のときというよりも、今までの人生の大半で、かな。私は孤児だったから貧乏な暮らしをしていて、高級品である砂糖なんてほとんど口に出来なかった。果物やお酒なんかを煮詰めて甘味を作ることはあったけどね」
「そうか」
苦労しているんだな、カリンも。
「迷宮を探索してへとへとに疲れちゃうと、甘い物を食べたいなっていつも思っていたなぁ」
「ははは、確かに疲れたときには甘い物、とはよく聞くな。俺は酒の方がいいけどね。……しかし、それはいい考えかもしれない」
カリンの言葉に一つの考えが思い浮かんだ。クッキーを口に入れる。サクサクとした食感と程よい甘さが疲れた体に活力を与えてくれる。




