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 「それでは、緊急経営会議を始めるぞ」


 店の扉を閉めながらそう宣言した。


 今朝から数えて三十二人目のお客さんが水薬を購入してくれたため、一週間分の目標売上金額を達成することが出来たのはつい先ほどの話である。


 閉店時間まであと一刻以上の時間があったものの、これ以上営業しても売り上げは上がらないだろうと判断して、ここで店を閉めて反省会を行うことにした。


 「本日は来店者が三十二人もいた。これはこの店が始まって以来の快挙である。その要因はカリンが外に立って客を呼び込んでくれたからだ。有難う。心より感謝する」


 シアンがパチパチと手を叩いた。俺もそれに追従するように拍手をする。その行為に気恥ずかしかったのかカリンは頬をほんのりと赤く染めながら言った。


 「そんなに褒められることはしていないわよ。冒険者の人たちが話しかけてくるから適当に会話して、店で何か買ってくれるようにお願いしただけ」


 自分で言った言葉に何か違和感があったらしく、カリンが首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。


 「わたしのしたお客さんの呼び込みって当たり前の事……よね? お店で働いたことなんてないから勝手なイメージだけど……、今までやらなかったの?」


 「いや、やったこともあったけどさ……」


 頭を掻いて過去の行為を思い出す。確かにカリンの言うとおり一時の間は積極的に客引きをしたこともあった。その結果は散々たるもので、一時の間は商店街の中心通りに冒険者が一人も通らなくなってしまうという事態に発展したことがあった。



 そんなこともあったため、俺が店先に出て客引きをすることは商店街の総意で禁じられてしまい、商店規則に初めて個人名が記載される条文が出来てしまった。


 今ではその条文は削除されているが、正直なところそこまで過激な行為をやったわけでは無いのにこのような扱いをされたことについて俺は納得していない。


 「後は、シアンを掃除ついでに外で呼び込みをさせたことはあったなぁ……」


 シアンの方をちらりと見る。俺の視線に気がついたらしくばつの悪い表情を浮かべた。


 「カリンさんのように自分から話しかけるのはちょっと勇気が無くて……。たまに冒険者の方から話しかけられることはあったのですが、冒険者の方ってぐいぐいと来る方が多くて怖いと思うときが多かったので……」


 首元からペンダントを取り出しながら言った。女性が身に着けるには無骨で質素な造形といってもよく、円錐状になった銀に簡単な装飾と中心にくすんだ色合いの魔石が埋め込まれている質素なものだった。


 「久しぶりに見たな。それ」


 ずいぶんと懐かしいものを持っているなと思った。アレをシアンに渡したのはいつだったか忘れるぐらい前になる。最後に見たのも半年以上は遡る必要があるだろう。


 「耐えられないと思った時は、このペンダントを使ってご主人様に助けてもらっていました」


 カリンに見せつけながらシアンが言った。


 「こんなもので?」


 「こんなものじゃありません! ご主人様がわたしのために作ってくれた大切な魔法のペンダントなんです!」


 カリンの言葉に対してむくれた表情でシアンが言った。普段はあまり怒ることのないシアンが声を荒げたことにカリンは驚いた表情を浮かべた。すぐにごめんなさいと頭を下げてシアンに対して謝罪する。シアンも声を荒げたことに対して謝罪した。二人を見ると素直なのは良いことだなと思う。


 シアンに代わってペンダントの説明を行う。


 「このペンダントを製作したのは俺だ。シアンの護身用として、ちょっと作ってみた」


 そう言いながらこのペンダントに付与した魔法がなんだったのか忘れている自分がいることに気が付く。いくつかの魔法は思い出せるのだが。


 「これには複数の魔法を複合して付与してある。毒や麻痺といった状態変化に対する抵抗、簡易な魔法や呪術の打消し、着用者の回復能力の向上、後は特定の場所への転移機能があったはず……。ほかにもいくつか機能を持たせていたはずだけど……まぁ、後は忘れた」


 自分の行った行為を忘れる程、耄碌するような年齢でもないはずだけど、と心の中で思い苦笑する。


 何とか思い出そうとシアンのペンダントを手に取り彫り込まれている文様を眺めた。文様は一見すると図形のように見えるが、ルーンと呼ばれる音素文字である。一文字ずつ彫り込みを入れてそこに魔力を流し込むことで、物体に魔法を付与することが出来る。永遠に使えるわけでは無いのだが、魔力が切れるか自然消失するまではそれなりに期間を要するため、それなりに便利な技術ではあるのだ。


 しかし、高度な魔法技術を使用しているとしても、それを知らない人間から見ればただの模様である。カリンも魔法の知識は疎いらしく、ルーン文字をただの模様としか見ていないようだった。


 「魔力は切れているから、すでにただの装飾品となっているけどね」


 「へぇ、そうなんだ。これをチハヤさんが」


 「ははは、似合わないことをしていると思うか」


 「うん。思う」


 素直な言葉が心に刺さった。確かに自分でこれを作っているときは似合わないことをしたと思ったけどさ。


 「でもちょっとうらやましいかな」


 カリンが頷きながら言った。


 「大切な人からの贈り物ってあこがれる」


 「なら作ってやろうか」


 何気なくカリンの言葉に答える。手間はそれなりに係るが技術的に難しいものではない。営業中の暇つぶしには良いかもしれないし。それに商店街は安全だとはいえ、迷宮の中にいる限り万が一の危険が発生する可能性は存在する。


 転ばぬ先の杖という訳でもないが、雇用主としては危険に対していざという時の安全を確保するのは義務だと思う。


 「え、いいの!?」


 カリンがキラキラとした目を向けて言った。


 「うん。そんなに嬉しそうな表情をされると少し戸惑うが」


 やはり女の子なのだな。


 しかし、先ほどまでのうれしそうな表情はどこかに消え、顔を赤くして慌て始めた。


 「違うから! 深い意味なんてないから! あくまで大切な人からもらうのがうらやましいだけで、チハヤさんが大切な人っていうわけじゃない……ような。ある……ような」


 突然慌てふためくカリン。装飾品の一つや二つぐらいもらってもどうということは無いだろうに。


 しかし、それよりも気になるのは、カリンの後ろからじっと俺を見つめる二つの瞳だ。なんというか底が見えない深さを感じる。冷や汗が首筋から垂れる。カリンが今後ろを振り返ったらどうなるだろうか。少しだけ気にはなるものの、事はなるべく穏便に済ませよう。


 「もちろん、シアンにも新しいのを作って渡すからな。この前のやつよりも機能を増やして」


 「本当ですか?」


 シアンが嬉しそうな表情を浮かて言った。


 「でも、それでしたらこのペンダントに込められた魔法がまた使用できるようにしてください。できればもっと長持ちするように魔力を増やしてもらえたらうれしいのですが……」


 「ああ、わかった。うん、技術的には容易だからすぐにできると思う。時間のある時にでもノイマンの宝飾店で探しくるよ」


 機嫌が直ったカリンを見て胸をなでおろす。しかし話が脱線してばかりだな。そろそろ本題に入りたい。

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