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 店先の掃除をやってくると箒を持ったカリンが伝えにきた。カウンターの引き出しから帳簿を取り出しながらよろしく頼むと答える。それから何も書かれていないページまで帳簿をめくると今日の日付をそこに書き込む。


 「はぁ、今日ぐらいは帳簿に何か書きたいよなぁ……」


 白紙の帳簿を見ながら呟く。帳簿をめくり日付以外の文字が最後に書き込まれたのは何時だったか確認する。6ページほど遡ったところで松明が一本売れたことが記載されていた。


 再びため息を吐こうとしたが、シアンがこちらを心配疎な表情で見つめていることに気が付き、そのまま飲み込んだ。いくら気分が陰鬱であるという理由だけで、従業員が不安を煽るわけもいかない。


 再び帳簿に視線を移す。この帳簿は1日で1ページを使用する形式となっているため、五日間で何の売り上げもないということを意味していた。明日はスピカの調査に付き合うことが決定しているため、明日は店休日になることが決定しているため、このままでは七日に渡って売り上げが全くないということになる。


 「まぁ、お金には困っていないけどさ」


 調査の前払いとして渡された金貨はまだ半分以上も残っている。当分の間は生活に困ることは無い。


 しかし、だからと言って店の売り上げがゼロで良いかと言われるとさすがにそれは否定する。適当な経営をしているとはいえ、店を構えて商売をやっている以上、それだけで食べていけるようにはなりたいという気持ちはある。


 「今日もがんばりましょう!ご主人様!」


 シアンが小さい腕でぐっと力こぶしを作る。かわいらしい応援に自然と口角が上の方へと上がった。


 「気合十分だな。うん、よろしく頼む」


 「はい、任せてください。今日も気合を入れて掃除します」


 そういって普段から愛用している叩きと雑巾を持って、シアンは店の中をふらふらと歩き始めた。


 その後ろ姿を見つめながら、ぼんやりしているのは時間の無駄だなと思い、明日の調査について少し考えることにした。


 スピカは朝食を終えると迷宮の調査は明日早朝から行うからと言い残して、手早く自分の荷物をまとめて店から出て行った。実家の方に一度顔を出すということだった。


 スピカには普段の寝泊りをしているのは地上にある官営宿舎だが、生活するには少しばかり手狭で、生活に必要な家具類を置けばほとんど寝泊まりするスペースは無いといってもいい間取りである。そのため、普段の生活に必要ないような武器防具や探索道具などは全て実家で埃をかぶっているとのことだった。


 数か月間は放置されている武器防具など整備しないと使い物にならないため、一日の準備期間というのはその整備のための期間ということなのだろうと推測する。


 「俺もたまには武器の整備ぐらいはしておこうかな」


 ちらりと地下室の扉に視線を送る。そういえばビアーティから受け取ったアレは箱から出してすらいない。剣や杖を磨くぐらいのことであれば客を待ちながらでも十分にできるしちょうど良い暇つぶしにはなるかな。


 そう思って席を立とうとした瞬間に、玄関のベルが小気味よい音をたてて勢いよく鳴った。


 「いらっしゃいませ!」


 お客さんが来たことに気が付いたシアンが元気な声で挨拶をした。お客さんはがっちりとした体格で口髭を蓄えた戦士風の男だった。ぺこりと頭を下げて店内の中を物珍しそうにきょろきょろと見渡した。


 初めて見る顔だな。それに佇まいからするとそれなりにベテランの冒険者のようだ。この店に初級冒険者以外が入ってくるなんて珍しいこともあるのだなと思う。


 この店の商品は低位の回復水薬などの救急治療用具、松明や皮袋といった探索用の消耗品などで初級冒険者が必要とする道具ばかりである。


 この商店街の位置は、迷宮の出入り口から一本道を少し歩いたところにあって、運が悪いとそこで魔物と遭遇してしまう場合がある。初級冒険者であればその遭遇で持ち込んだ道具を消耗してしまい、失った道具を商店街で補充するということがたまにあったりもするが、ベテランの冒険者がそんな状況になるということはまずありえない。


 必要なものなんてこの店にはないはずだから、おおかた冷やかしにでも来たのだろう。しかし、それでも珍しいな。まぁ、何年も店をやっていればこういうこともあるのかなと思う。


 お客さんはしばらくの間必要なものはないかと探すために店の中を何週も見て回っていたが、買いたいものが無かったためか、申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭を下げて店の外へと出て行った。


 冷やかしだろうなという予想をしていたため、冷やかしに対する悪感情は湧いてこない。むしろ客がいなくなってようやく武器を磨くことが出来るようになったなと安堵する。


 しかし、その安堵も束の間の事であった。先ほどの男と入れ替わるようにして新しい冒険者が二人で入ってくる。先ほどの冒険者に比べて年齢は大分若いのだが、やはり初級冒険者という訳ではない。


 「いらっしゃいませ!」


 再びシアンが元気よくあいさつした。しかしその表情には驚きの感情が混じっている。やはりシアンも驚くか。お客さんが二組も立て続けに入ったことなの一度もないのだから当然といえば当然である。


 二人組の冒険者は俺の姿を見かけると気まずそうな表情を浮かべた。困ったように頭を掻くと一礼して店の外へと出ていく。お客さんの不審な態度を見たシアンが俺に訊ねる。


 「お知り合いでしたか?」


 それに対して首を横に振りながら答えた。


 「いや、全然知らない人だよ。狭い町だから出歩いているときにすれ違ったという事ならあったかもしれない。俺はその程度だよ。相手は何かで俺のことを知ってたという可能性はあるけどね」


 迷宮商店街の中であれば、俺はちょっとした有名人だと思う。しかし上層であれば俺の存在を認知している人はごく僅かだ。この街に根付いてから、常になるべく目立たないように心がけてきた。有名になってよいことなんて何一つないからだ。


 「なら、さっきの人たち態度は何だったのでしょうか? 何かを気まずそうにしていたような」


 「そうだな。出会いたくない人と出会ったような雰囲気だったな。浮気デート中に恋人とばったり出くわすとか、風俗で知り合いに出会ったときとか、そんな邪なことを考えているのがばれたときのような……」


 そこまで言ってシアンの視線が冷たくなっていることに気が付く。なんでそんなことを知っているのかと問いかけているよう視線だった。


 「ははは、例えだよ。例え」


 あわてて誤魔化す。年頃の娘に言うような言葉ではなかったと反省する。


 「ともかく何か事情があるのは間違いないだろう。それが何かはわからないけど、あまり気にするようなことでもないだろう。店を開いている以上冷やかしは仕方ないさ」


 シアンにはそう言ったが、半分は自分に言い聞かせるつもりで言った言葉である。


 その後も客の出入りは繰り返された。一応、六組目の客が入ったところで回復の水薬が一つ売れたたため一日の売り上げノルマは達成したが、その後も客足が途絶えることはなくお昼前までその流れは続いた。


 さすがに二刻間以上この状況が続くのは異常である。客がいないタイミングを見つけ、外で何が起こっているのかを確かめるために、店の外へと出た。


 店先はいつもどおりの商店街であった。閑散としたとおりに僅かな冒険者が往来するのんびりとした風景である。しかし、一つだけ、いつもところがある。それは、往来する冒険者に愛想よく挨拶をする美人が店先にいることである。


 カリンの様子を観察見ていると往来する冒険者にいちいち挨拶をしているようで、簡単な雑談などを行っているらしい。その姿を見て疑問は一瞬で氷解した。


 「ああ、なるほど。そういうことか」


 カリンは俺の呟きが聞こえたようで、こちらに視線を向けると、話し込んでいた冒険者に頭を下げて、小走りでこちらに近づいてきた。


 「どうかしたの?」


 キョトンとした表情でカリンが言った。どうやら客の誘導は無自覚で行っていた行動だったようだ。


 どうしようかと少し悩む。このままここに立たせて誘導を任せるか、今日のノルマは達成したため店内に戻すべきか。


 いろいろと言いたいことはあるものの、店の売り上げに貢献してくれていることは褒めるべきだろう。


 「ありがとう。カリン」


 唐突に言われたお礼の言葉にカリンはいぶかしげな表情を浮かべ首を傾げた。

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