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第二話で書ききれなかった隣人夫婦の話です。
3話構成の短い話になります。
とある日の午後。俺たちはサシャ夫婦が経営している精肉店の前にいた。店の前には閉店の看板が掛けられているが、客として買い物に来たわけではないので、看板のことは気にせずに扉をノックして店内に入る。
「ごめんくださーい」
シアンが店の奥に向かって元気よく挨拶をした。店内は整然としており、肉屋と言われる店にしては、比較的に綺麗であった。これは奥さんの努力の賜物だろうなと思う。
店の奥にあるカウンターにはガラスのショーケースが設けられているが、その中は空であった。営業時間中に訪ねれば何かしら置いてあるのだが、何もないということは、本日の商品は売り切ったようだ。
しばらく待っていると店の奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「あらあら、いらっしゃいませ」
店の奥から出てきたのはサシャだった。相変わらず美人である。先日に見たときよりも心なしかお腹が大きくなっているような気がした。顔色が良く元気に動き回っているところみるとお腹の中の赤ちゃんは順調の育っているようだ。
「こんにちは、サシャさん。今日はお世話になります」
「はい、こんにちは。カリンさん」
シアンに続いてカリンも挨拶をする。カリンはサシャと知り合ったばかりということもあって少し緊張しているらしく、声が少しだけ上ずっている。
「女の子二人だけだと思っていたけど、チハヤさんも一緒に来ていただけるなんて、珍しいわね」
サシャが微笑みながら言った。知らない人が聞いたら、歓迎されていないと勘違いをしてしまうような発言だがそういう訳ではない。俺がこの店に来るのは久しぶりであったため、そういった発言が出たのだと思う。
この店の主人、そしてサシャの旦那であるレオポルドとは友人であるが、最近ではこの場所に来ることはめっきりと減っていた。
理由は、いつまでも愛が冷めない夫婦の住処に足を踏み入れて、仲の良さを見せつけられるのが嫌になったからだった。
サシャとレオポルド夫婦は二人で揃っていると、周りの状況が見えていないのではないかと思えるような行動ばかりをする。一度や二度ならば我慢もできるが、四六時中その光景を見せられれば嫌にもなる。
そう言った経緯もあって、ここ最近はこの場所を訪れることは疎遠になってしまっていたのだ。
「すぐに帰りますよ。今日はうちの娘が世話になるからそのお礼を兼ねた挨拶と、レオに頼まれていた品物が出来たので届けに来ただけです」
そう言って懐から袋を取り出した。中にはサシャの旦那に頼まれて製作した乳児用の玩具が入っている。アイツは刃物を使ってきれいに解体するという行為は得意だが、何かを創るという行為は苦手としている男であった。
「あら、そういうわけだったのね。有難うございます。それならば、そのお礼も兼ねてお茶の一つでもご馳走したいのだけど」
「はは、好意だけありがたく受け取ります。いつまでもこちらの店を開けるわけにはいかないので今日の所は帰りますよ」
「ご主人様、やっぱり帰っちゃうんですか?」
シアンがさびしそうな表情で俺に言った。
その表情を見ると罪悪が浮かんでくる。しかし、ここ最近はいろんな理由あったとはいえ店を閉めていることが多くなっている。開けていたところで売り上げがあるのか問われれば、ないだろうなと言いたくなるが、それと店を閉め続けることは別問題である。
苦笑いを浮かべながらシアンの頭をなでる。
「ごめんな。さすがに定休日が営業日を上回る道楽経営はしたくないから」
シアンたちに比べて年齢が高いため、歳を取ったと思う瞬間は確かにある。しかし、それでも俺の年齢はギリギリ20代前半だ。まだまだ老け込むような年じゃない。だから老人が経営している店のような営業形態にはなるべくしたくないのだ。




