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外出の目的をすべて完了し、シアン達と合流してから迷宮内にある自分の店へと戻る。
店に戻ると荷物の入った袋が置かれており、郵便屋がさっそく仕事をしてくれたようだ。一応中身を確認するが市場で買った品物は何一つとして欠けることなく無事に届けられていた。
それを3人で手分けして店の中に運び込む。常温で補完できるものは食料庫に、腐りやすいものについては地下室の氷室へ保管する。氷室は地上では珍しいものだが、迷宮商店街の中では珍しいものではない。商店街は地下10数mの位置にあり、年中気温が安定していることから、氷室の設置が容易なためである。これは地下暮らしの数少ない利点だと言える。
食料を収納が完了した後、少しの休憩をはさみ、夕食の支度に取り掛かかった。それを見たカリンが手伝いをしようと台所に来たが、今日は歓迎会も兼ねているため、今日は手伝わなくていいと言って追い出す。
しかし、カリンにとって居候の身で何もしないということが気に食わないようだった。しばらくの間、台所の入り口でうろうろとしていたが、諦めてくれたらしく、お礼の言葉を述べてから、シアンのいる二階へと上がっていった。
それから、一時間ほど台所に籠って黙々と鍋を振るい続ける。自分とヴォルフだけであれば酒の当てだけを作ればいいのだが、酒の飲めないシアンも宴会に参加することを考えると、普通の食事もある程度はあったほうがいい。
カリンはどうだろう、飲めるのだろうか。年齢を聞いたことは無いが、冒険者になっているということは15歳を超えているはず。この国での成人は15歳からである。冒険者になるには成人することが条件だから、冒険者登録の際に誤魔化していなければ、成人しているということになる。
しかし、世の中には体質的にアルコールを受け付けることが出来ない人もいる。そうであれば無理に飲ませるつもりはない。どちらにでも対応できることを前提にメニューを考えて方がいいだろう。
鍋のふたを開けると店の中に料理の良い香りが広がった。今日のメインとなるローストビーフが完成したのだ。鍋で肉を蒸している間にほかの料理も完成しており、後は皿の上に持ってテーブルへ運搬するだけである。
その匂いを嗅ぎつけたのか、二階からパタパタとした足音ともにシアンが台所へと降りてきた。
「ご主人様。お手伝いします!」
「うん、よろしく頼む」
テーブルへ料理を運ぶのはシアンの仕事だ。シアンは料理が全くできないため、いつの間にか料理は俺が行い、給仕はシアンが行うといった役割分担が出来てしまった。
「今日は何処で食べましょうか?」
「ヴォルフのおっさんも来るはずだから店の方で。簡易テーブルと椅子を出せば、十分スペースは足りるだろう」
「はい!わかりました!」
シアンが元気よく返事をした。それから台所に置いてある雑巾とテーブルクロスを掴むと、食卓の準備のために店の方へと向かう。
それと同時に店の扉につけられたベルが勢い良くなった。
「あ、いらっしゃいませ」
「おう、ちょうどいいタイミングだったみたいだな」
シアンのかわいらしいあいさつと野太い男の声が店の出入り口側から聞こえる。扉の陰から覗き込むようにして窺うと見慣れた男が、何本もの酒瓶を右手に抱えて立っていた。
「よう、来たぜ!」
空いている方の手を挙げながらヴォルフが言った。
「……普段なら追い返したいが、その瓶を見ると無碍にできないのが少し悲しい」
苦笑いを浮かべながらヴォルフに言う。
「準備はあらかた終わったけど、料理を並べるのはこれからだ。もう少しだけ待ってくれ」
「そうか。……そうだな、それなら先に渡しておくか」
ヴォルフが自分の懐から皮袋を取り出しながら言った。皮袋には市の紋章が描かれている。
「昨日の報酬だ」
皮袋を受け取る。皮袋を持った途端にずしりとした重みが右手に伝わる。想定よりもずっと重いものだった。
「褒めてくれよ。頑張ったんだぜ。破産しそうな仲間に1カウルでも報酬が増えればとずっと交渉していたんだ。頑張りすぎて、調査課の課長が出てきたときはさすがに焦ったが」
ヴォルフが苦笑を浮かべる。
「それでも、負けずに満足いくだけの報酬を勝ち取ることができた。見てみろよ。普段は般若みたいな顔をしているお前さんでも恵比須顔になれるから」
「それはご苦労なことで……、おお!!」
ヴォルフに促されるまま、皮袋の袋を開ける。開いた隙間から金色の輝きがこぼれる。金貨の山と言うには少し不足しているが、片手で握るとこぼれるぐらいにはぎっしりと詰め込まれている。
金貨の中に埋もれるようにして明細表も入っている。細かい内訳がずらずらと書かれており、その一番下に合計金額が書き込まれていた。
「32アウル!?」
想定外の数字に思わず大声が出た。その内訳とヴォルフを交互に見る。その数字に間違いはないとヴォルフは頷いた。
「すごいな。たいしたことをしていないのに。こんなに高額な報酬になるとは……」
「頑張ったって言っただろう。それにチハヤには普段からいろいろと迷惑をかけている。それに報いてやるのが、商店街の会長の役目だからな」
「ヴォルフ、お前……」
自信に満ちた表情を浮かべるヴォルフを見つめる。
「迷惑かけているという自覚あったのか!?」
「ぶっ殺すぞ!てめぇ!!」
先ほどまでの流れとはうってかわって俺たちは睨み合う。素直に感謝すればよかったのだが普段の所業を考えると素直になれない。
「ご主人様。準備できましたよ」
その空気を読まずにシアンが言った。いつのまにか料理を並べていたらしく、歓迎会の準備が完了していた。
「さすがシアンちゃんだな。おっさん二人が遊んでいる間に支度してくれるとは、気が利くじゃないか。おじさんの所に息子がいたらお嫁にいてほしいぐらいだよ」
ヴォルフがシアンに対して提案をする。シアンはそれに対して困ったような愛想笑いを浮かべた。
「おい、おっさん!人の家族を勝手に勧誘するんじゃない。アンタには娘が居るのだからそっちで我慢しとけよ」
「うーん。あんなガサツな娘はちょっと……」
自分の娘を大事にしてやれよと心の中で思うが、確かにあの娘ならヴォルフが気持ちは仕方ないような気もする。
真剣に自分の娘とシアンを比べて悩むおっさんを置いて、カリンを呼びに行くため階段を昇る。
「ああ、そうだ。娘で思い出したが、さっきの報酬……」
おっさんが何かを言っているようだが無視をした。ヴォルフの娘絡みの要件はろくでもない事が多いため、無視をするのに限る。




