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 彼女が好んで使う銀杯はそれほど大きなものではない。動脈から直接絞り出しているということもあって、銀杯すぐに鮮血で満たされた。

 

 そのまま飲めばいいと思うのだが、ビアーティはそれを良しとせず、銀杯の中身を瓶の中へと移し替える。指先をひねるように動かすと銀杯の中にあった血液は空中へ浮かびあがり、テーブルの上に置かれていた瓶の口へと少しずつ移動していく。


 この光景は何度も見ているのに、どういう原理で発動しているのだろうといつも疑問に思う。


 吸血鬼の魔法は人間の使用する魔法とは大きく仕組みが違う。我々人間が使用するのは体内に存在するエネルギー体であるマナを使用した魔法であるが、吸血鬼が使用する魔法は大気中に存在するエネルギー体であるエーテルを使用した魔法である。エーテルを使用した魔法は、原初の魔法と呼ばれており、五大元素の制約に基づかない自由な魔法である。


 「そんな手間を掛けなくても、杯から直に飲めばいいのに」


 右手の傷を魔法で治癒しながらビアーティに言う。


 「嫌よ、そんな酔っぱらいみたいな飲み方。それに、味も楽しまずに飲むなんて、無粋なことをしたくないわ」


 「俺としてはじっくりと吟味されていると、健康状態を調べられているような気がして」


 「……病気の有無ぐらいはわかるけど、健康状態の診断はできないわ」


  ビアーティが苦笑しながら言った。


 「まったく、吸血鬼をなんだと思っているのかしら」


 「採血を生業にしているちょっと変わった……」


 文句に答えようと口を開いたが、急に全身の力抜けてしまい情けなくよろける。久しぶりに血を抜いたため、めまいを起こしたようだ。倒れ込む程に気分が悪くなったわけでもないが、立っているのは辛いため、ビアーティの対面におかれた椅子へと腰を下ろした。


 「あらあら、大丈夫?」


 ビアーティが申し訳なさそうに俺のことを心配する。少し休めばすぐに回復するから気にしないでくれと返事をする。


 「嘘はいけないわ。貴方が人間限界を超えた強さを持っていたとしても、血液の量は普通の人間と変わらないはず――シャルロット!」


 ビアーティの言葉に反応して先ほど案内してくれたメイドがグラスに注がれた琥珀色の液体を持ってきた。鼻腔をくすぐるいい香りがした。見た目は紅茶であるが、ほんのりとアルコールの香りがした。


 ビアーティは血が注がれたワイングラスを掲げる。それに合わせて俺もグラスを掲げ、一息に飲み干した。アルコール臭の原因はおそらくブランデーだろう。強烈な刺激がのどを焼くように通り抜ける。


 「造血作用の薬草を煎じてあるわ。飲みやすいようにお酒と混ぜて置いたけどどうかしら?」


 「うん、悪くはない。でも出来れば酒だけで飲みたかったな」


 「それは駄目。酔っぱらいとはお話ししたくないわ。……ベットの中で、というのなら少し考えるけど」


 ビアーティが面白そうに言った。


 「少し悩むな」


 首をひねって考え込む仕草をする。


 「残念なことに、今日は用事がある。友人と新しい従業員の歓迎会を開くことになっている。君の提案はとても魅力的だが、友人を裏切ることはできない」


 俺の言葉に残念だわとビアーティは言った。それから部屋の入り口で待機していたメイドにうなずいてみせる。


 メイドは空になったグラスに琥珀色の琥珀色の液体を注いだ。それからたっぷりと砂糖がまぶしてある糖蜜菓子の盛られた皿を持ってくる。一つだけ楕円形の菓子を受け取る。めったに食べられない高級品である。口の中に放り込むと強烈な甘みが広がった。


 そんなことをしながら雑談を行う。しばらくすると血液がいくら戻ったらしく、顔が少しだけ熱くなる。


 それがアルコールの所為なのか、それとも薬湯の成分のおかげなのか。判断はできないが幾分かの活力は戻ったように感じられた。


 「ずいぶんと顔色が良くなったわね」


 ワイングラスの中身を空にしながらビアーティは言った。


 「そろそろ、本題についてのお話をしようかしら。貴方の御用は何かしら?」


 「預けているものを返してほしいと思って」


 俺の言葉にビアーティは表情を曇らせた。それに気づかない振りをして言葉を続ける。


 「迷宮に変動の兆候が見られている。変動が発生してしまえば何が起こるかわからない。俺も警備のために駆り出されるだろう。だから少しでも戦力がほしい」


 「貴方が戦わなくても、他に戦える人はいるでしょう。後方で隠れているのではだめなのかしら?」


 「無理だな。自分だけが逃げるというのは性に合わない。負け犬のように怯えているのは癪に障る」


 「うーそ」


 ビアーティが唇をとがらせて、拗ねたような目つきでこちらを見ながら言った。


 「理由はそれだけじゃないでしょう。ただの魔物相手に商店街の出入り口で防衛戦をやるのであれば、今のあなたの強さでも十分」


 「実力を買ってくれるのはうれしいけど、今の俺にはそんなものはない」


 「そんなわけ、ないわ!」」


 責めるような口調でビアーティが言った。


 「私が先ほどまで貴方の血を飲んでいたことを忘れているのかしら。私の舌は莫迦じゃない。貴方の強さは初めてであった時から何も変わらない」


 ビアーティがさらにきつい目つきで俺のことを見つめる。こちらも負けじと見つめ返したがすぐに諦めた。俺は彼女に口論で勝ったことは無い。


 「今回の変動は前回よりも大きくなるかもしれない。前回以上となると下からとんでもないものが出てくるかもしれない。幻想種や竜種なら笑って過ごせるが、神獣の類に出てこられると非常に厄介だ。もちろん何が出てきたとしても、自分一人だけを守るのであれば、今の俺でも十分に対処できる自信はある。しかし誰かを守って戦うとなると万が一ということ考えられる」


 「はぁ、そう、わかったわよ」


 ビアーティため息をつきながら立ち上がる。それから部屋の奥にある壁の近くまで移動し、壁の一部をたおやかな指でやさしく押した。すると壁の一部が開き、中から頭よりも少し大きいぐらいの木箱が姿を現した。


 「結局何も学習していないじゃない。誰かを守るために戦って、後悔したのは貴方なのに」


 その言葉が俺の心に重くのしかかる。


 「ええと、なんていえばいいのか」


 「はぁ」


 ビアーティは木箱を俺に手渡して再びため息を吐く。


 「漢だから仕方ない、とでも言ってくれれば笑うこともできたのだけど。お願いだから無茶だけはしないでね。貴方は貴方の命だけを優先して頂戴」


 「わかっている。わかっているよ」


 ビアーティの真直ぐ瞳に、俺は力強く頷いた。

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