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 シアンたちと別れた後、街の中心から少し外れたところにある歓楽街へと移動する。迷宮都市は大きく分けて五つの区画に分かれている。分けられているといっても都市計画に基づいて計画的に作られたわけではなく、迷宮周辺に冒険者が集まり、冒険者たちを統制する秩序を作るために、行政庁舎が建設され、迷宮内で算出された資源を取引するための市場ができ、定住を始めた者たちの住宅が建ち始めて、といった具合に無計画に拡張された結果偶然にも区域分けされてしまったというものである。


 俺の目的地は官庁街と商業区域の間にある歓楽街である。


 表通りから少しだけ離れた裏道は、人数こそ少ないものの、独特の雰囲気があり表鳥以上に活気がある。その理由は往来を通行する人間のほとんどが景気のいい冒険者や商人たちだからである。


 人が集まればこういった場所は必然的に出現するものだ。街としての規模が大きくなればなるほど、それに比例して大きく発展する。


 行政も風俗に関する取り締まりを行っているが、市民のガス抜きの場として必要性も認識しており、法に触れるような行き過ぎた行為がなければ黙認する方向のようだ。


 まだ日も高いというのにここも大勢の人間があふれている。通りには寒くないのかと尋ねてたくなるほどに薄着で戦場的な格好をしている客引きの女性たちがいた。


 男一人で歩けば、当然ながらそれらに何度か捕まってしまう。


 「目的地がある。ベアトリクスさんの所に行かなきゃならない」


 呼び止められるたびに、そう言って断りを入れる。


 普通の断り方だと、もう少し食いつかれるのだが、この歓楽街の支配者の名前を出すとあっさりと諦めてくれる。


 しかし、ひとり断っても数歩進めばまた別の客引きに捕まってしまう。うんざりしつつも、同じやり取りを何度も繰り返す。風に歩けば数分で目的地にたどり着く距離なのに、その数倍の時間をかけることで、ようやく目的地にたどり着くことができた。


 目的地の建物は歓楽街の中心に位置する場所に存在するちょっとした屋敷である。小さく雑多な建屋が並んでいるところに一つだけ立派な建物があるとなんだかちぐはぐな感じもして違和感があるがあった。権力者が住んでいるということを誇示しなければならないという事情があるのかもしれないと勝手に予想する。


 建物の玄関の扉に立った。来客を感知する魔法が掛けられておりベルを鳴らさなくとも来客が来たことを伝えてくれる。


 扉が開くのと同時に華美な衣装に身を包んだ美しい女性たちが出迎えてくれた。


 「チェイテの館にようこそお越しくださいました。お客様」





 屋内に入ると女性たちとともに待機していた案内と警護役を兼ねた男性従業員が近づいてくる。女性たちは最初の挨拶はしてくれるが、指名が無ければ話しかけてくることは無い。


 男性従業員は無骨な強面をしており、服の上からでも分かるほどに筋肉が隆起している。お客とのトラブルに対応するため、いかにもといった外見をしているが、身だしなみは整えられて、礼節を守った応対をしてくれるため、見た目以上に恐怖感はない。


 「この店の主人に、チハヤが会いに来と伝えてくれないか」


 単刀直入に用件を伝える。


 「……失礼ですが、私の知る限りでは主人への来客の予定はありませんが」


 ジロリと睨みながら従業員の男は言った。当然の反応だとは思う。貴族や大商人ならともかくとして、誰がどう見ても一般市民にしか見えない格好をした男が、歓楽街のトップである主人がわざわざ会うとは思わないだろう。


 「うん、そうだな。確かに予約は取っていないな。・・・・・・不在であれば素直に諦めるけど」


 唐突にここを訪ねるのはいつものことであった。基本的に主人は引きこもり体質であるため、外出することは無く、訪れさえすれば大概の場合に面会することが出来る。


 「承知しました」


 従業員は頭を下げて了承し店の奥に下がった。自分では判断できないため、店の奥にいる取次の女性に確認しに行ったようだ。


 案内されるまで立って待つのも落ち着かないため、来客用のソファーに腰を下ろて待つことにする。ソファーには上質の羽毛が使われているようで、ふかふかとした柔らかさと、程よく調整された内部のスプリングのおかげで非常に座り心地が良い。ふと自分の店にあるボロソファーのことを思い出して、泣きたくなった。


 座り始めてからしばらくの間は店側も俺のことを変な客だと放置していたが、しばらくすると別の従業員がお茶やお盆いっぱいに乗ったお菓子を持って来てくれたり、娼婦が話し相手にと隣に座ってくれたりと、次第に扱いが派手になっていく。


 店の客ではないのだから構わなくていいと断るのだが、主人からもてなしを行うようにと言われたらしく、聞き入れてくれない。客ではないのにそういう扱いをされるのはどうにも心苦しい。


 「準備が出来ましので、こちらへどうぞ」


 居心地の悪さを感じていると、ようやく従業員が戻ってきてくれた。先ほどまでの対応とは違い、言葉の中には純粋な敬意が含まれているように感じられた。おそらく俺が正式に主人の客であることが分かったからだろう


 「あちらの扉から奥へどうぞ。途中までの案内はメイドが行います」


 従業員の後ろからメイド服を着た少女が姿を現す。まだあどけなさの残る少女であった。シアンに近い年齢かもしれない。


 少女は片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま、頭を下げる。


 この店には娼婦や男性従業員のほかに、雑事をこなすメイドたちが何人か働いており、目の前にいる少女もその一人である。


 「それでは、ご案内いたします」

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