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 「ずいぶんと買い込んだわね」


 購入した品物を取りまとめ、それを配達する手続を行っている途中に、カリンがあきれたような口調でカリンが言った。配達の手続き方法は、郵便屋に魔法で申し込みを行った後、伝票を取り付けて放置するだけである。伝票には透明化と浮遊の魔法が付与されており、手続きが完了すれば、空を飛んで迷宮の近くにある郵便専用の出入り口まで飛んでいく。


 このサービスが始まった当初は透明化の魔法が付与されておらず、巨大な荷物が空中を飛び交うという悪目立ちする運搬方法だった。目立ったまま迷宮の隠し通路まで運ぶとさすがに出入り口位置がばれるということで、姿を見えなくする透明化の魔法が付与されたのだ。


 「1か月分の食料や消耗品をまとめて買ったからな。こうなるのは当然だ」


 食料品を詰め込んだ麻袋に放り込みながら答える。


 「そうだな。従業員も3人に増えたことだし、もっとこまめに買い出しをしてもいいかもしれないな」


 まとめて買い出しを始めた理由は、店にシアンを一人で留守番させたくなかったからだ。シアンが一人で店番をしているときに素行の悪い冒険者が店に訪ねてきたらと考えるとどうしても不安になる。


 不安要素は冒険者以外にもある。店の地下室には素人が取り扱いを間違えると大惨事を起こしかねない薬品やマジックアイテムが保管されている。普段から許可なく触らないようにと注意はしているものの、意図せずとも何かのはずみで触れるということは往々にしてあるものだ。


 ならば買い物時には連れ出しておけばいい。最初はそのように考えたが、そうすると今度は外出できる場所が限られてしまう。買い物だけなら連れ出すことに問題はないが、時には子供に見せられないところに行きたいときもある。


 以上のことから外出回数が極端に減ることとなった。


 しかし、今後はカリンがシアンの面倒を見てくれるのであれば、こまめ外出するのも容易になる。


 そんなことを考えながら、最後に残った干し肉やソーセージなどの加工食品を袋に収納し、これで本日の買い物作業が終了したことを確認した。念のための確認としてシアンに確認をする。


 「シアン、必要なものはこれで全部かな?」


 シアンは懐からメモ帳を開き、メモ帳に書き込まれた品物名を一つ一つ指をさして確認する。


 「はい、大丈夫です」


 大きく頷いて答えた。


 これで買い物はすべて完了した。しかし、外出の目的はすべて完了したわけではない。首を上に向けて太陽の位置を見る。市場が閉まる日没の時間まで余裕は十分にある。


 懐から財布を取り出す。わずかに存在していたなけなしの財産は、この買い物でほとんどが消失しており、わずかに数枚の貨幣が残っているのみである。


 あまりのわびしさに泣きたくなる気持ちが湧き上がるが、それをぐっとこらえて財布の中から、銀色に輝く硬貨を5枚ほど取り出す。


 「ほら、無駄遣いはするなよ」


 なけなしの財産をカリンの手のひらに握らせた。


 「必要なものをそれで購入しろ。すべて使っても構わないが、無駄遣いはするなよ。次回もお金を渡すことが出来る保証はない。いくらかはと貯金しておけ。ああ、そうだ。それにはシアンの小遣いも含まれているからな。アイツの欲しそうなものがあったら買ってやってくれ」


 「どうして?」


 唐突に渡された銀貨を見ながらカリンは戸惑いの声を上げた。


 「昨日、店に来たとき売り払えるものはすべて売り払ってきたと言ったじゃないか。お前さんのことだから、冒険者だった時の道具以外にも日用品や衣類まで、売れるものは売り切ったのだろう?」


 昨日からカリンを店に置いているが、彼女の私物を見た記憶はない。シアンのものを借りるにしても、体格が大きく違うため、着ることはできないだろう。


 「ある程度のものは俺やシアンのものを貸して生活させることはできるが、すべてがまかなえるわけではない」


 俺は男であるため、具体的に女性が生活するのに必要なものがどのようなものかはよく分かっていない。ならばお金だけ渡して本人に委ねたほうがいいと判断した。


 「……わたしの言えたことじゃないけど、貴方に借金をしている身分なのよ。それなのにお金を渡すなんて」


 カリンの言葉に苦笑する。確かに変な話である。彼女は俺に対して金貨3000枚の借金をしている。貸主が借主から取り立てることはよくあることだが、お金を渡すという話は聞いたことが無い。


 鼻の頭を掻きながらどう答えようかなと少し悩む。


 「……うちは客商売だからな。悪い印象をお客さんに持たれないためにも身ぎれいにする必要がある。特に重要なのは清潔感だ。毎日同じ衣類を着て、薄汚れた姿で接客をしてもらいたくない」


 苦しい言い訳である。そんなことを真面目に考えずに、好意には素直に甘えてくれとも思う。真面目であることは確かに美点だが、行き過ぎれば欠点にもなる。


 カリンは納得していない表情を浮かべるが、こちらの気持ちは察してくれたらしく、申し訳なさそうに頭を下げた。


 「わかりました。有難うございます。このお金はいつか必ず返済します」


 返さなくてもいいと言いかけたが口を閉じて堪えた。


 「うん。よろしく頼む」


 せっかく受け取ってくれたのだ。ならば変に突っ掛って話を混ぜ返す必要ない。


 「……でもサツキさんは店の奥から出てくるときは、いつも汚い格好をしていたような気がするけど」


 頭を上げたカリンが苦笑しながら言った。痛いところを突かれと思う。確かにこの二日間は寝ていた場所が地下室ということもあって、ひどい格好で接客をしていた。


 「あれは……。まぁ、うん。仕方のない時もある。店とシアンがピンチになっていると思えば、身だしなみなど二の次だ。本来であれば、風呂にでも入って着替えてから接客するつもりだった」


 「お風呂?」


 カリンが驚いた声を上げた。


 この国では風呂に入る文化は存在している。しかし自宅に風呂をもつ者は貴族や大商人といった金持ちだけで、庶民は街に何か所か存在する大衆浴場に利用する必要がある。


 「俺は知らないが、それ以外の風呂ってあるのか?」


 「ありますよ」


  俺の質問に答えたのはシアンだった。


 「私にとってお風呂は、熱く焼けた石の上に水をかけて蒸気を発生させ、体を温める蒸し風呂が一般的でした」


 「そういえばそうだったな」


 シアンが初めて家の風呂を利用したときを思い出す。入り方が分からないと、全裸で泣きかれたときはどうしようかと困った。


 「話がずれたな。しばらくの間自由時間とするから必要なものを自由に買いに行ってくれ」


 「自由時間ですか?何処に行ってもいいのですか?」


 シアンが興奮した声で言った。


 「行きたいところでもあるのか?」


 「はい。サシャさんが市場にある屋台店で、おいしい糖蜜菓子を売っているところがあるとおっしゃっていました。そこに行ってみたいです」


 「行っておいで、ただし一人では行くのはダメだ」


 カリンをちらりと見る。カリンがシアンを引率してくれるのであれば問題は微塵もない。


 「わかったわ。だけど洋服市場にも付き合ってもらうことになるけど、大丈夫?」


 「はい、大丈夫です。わたしもお洋服見たいです」


 カリンがシアンの面倒を見てくれることになった。これで俺はしばらくの間、自由となることが出来る。


 市場の南側へと向かう二人の背中を見送った後に、俺は地上に来たもう一つの目的を果たすべくシアンたちとは反対側の方向へ向きを変えた。

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