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 「外に出るのは久しぶりです!」


 店の戸締りをしていると。カリンと楽しそうに会話をするシアンのはしゃいだ声が聞こえる。シアンの言葉にそういえば最近は連れ出していなかったなと反省する。魔法の力で外になるべく近い環境を創り出してはいるが、この場所は四方を土壁に囲まれた洞窟の中だ。解放感は全くといっていいほどに無く、気が滅入りがちになる。


 シアンの外出を禁じているわけではないが、一人で外に出かけるとなると躊躇う部分もあるのだろう。積極的に連れ出してあげなければならないということに気が回らなかったことを心の中で反省する。


 「でも、本当にいいの?わたしも一緒に行っちゃって。一人で店番ぐらいできるのに」


 店をちらちらと見ながらカリンは言った。平日の昼間に店を閉めて遊びに行くということに抵抗を感じているらしい。まぁ確かに勤務初日に店長の唐突な思いつきで休みになれば、店の倫理観とかいろいろ不安に思うのは当然だとは思うが。


 「別にいいよ。冒険者が迷宮に向かう午前中ならともかく、昼過ぎに来るお客さんなんてほとんどいない。」


 カリンの質問に答える。


 「それに、商店街から地上への出る方法も教えるつもりだから」


 戸締りを確認し、侵入者撃退用の警備魔法が発動していることを確認してから、出発する。商店街の大通りを三人で並んで歩く。


 「あれ、迷宮の出口って、こっちじゃないの?」


 大通りを中ほどまで進んだところで、遠くに見える大きな門扉を指でさしながらカリンが言った。


 「ああ、冒険者たちの出入り口はそうだな。商店街の住人はこっちにある」


 カリンが言っている出入口とは冒険者用の入口等の商店街の中央通りに直結している出入口のことだ。こちらには行政が管理する関所と、迷宮の奥から湧き出した魔物を駆除する一個中隊規模の警備兵の詰所が置かれている。規模も大きく人の出入りも多いことから、こちらが正式な迷宮で入口だというのは間違いない。


 「俺たちは搬入口……、というか迷宮の裏口から出入りすることがほとんどだな」


 「裏口?そんなものがあったの?」


 「はい、ありますよ。商店に住む皆様は、みんな裏口から出入りします。もちろん、わたしも何度も利用しています。逆に正規の入り口からは出入りしたことが無いですね」


 「あれ?正門を通過したことは無かったかな?」


 シアンの言葉に驚いて訊ねる。


 「無いですよ。だからわたしは正門がどんなところなのか知りません」


 シアンが首を横に振りながら言った。


 「迷宮に住んでいるのに、出入り口を知らないってどういうことなのよ……」


 カリンがシアンの言葉に苦笑いを浮かべながら言った。


 迷宮商店街の住人なのに正門を知らないのは確かにまずいかもしれない。というよりも、正門に限らず、世間一般を常識が無いのはまずいだろう。そのうち社会見学ということで正門とか役所とか連れて行くべきかもしれない。


 そのことを伝えようとした時に、ふいに後ろから別の声が聞こえた。


 「あらあら、こんにちは。シアちゃんが外に出るなんて、珍しいわね」


 声の主を確かめようと振り向く。カリンもシアンもそれぞれ視線を向けた。


 声の主は箒をもって掃除をしている女性だった。言葉は凛として透き通っているが、やさしい声だった。声の主は隣に店を構える肉屋の奥さんである。腰まで届く長い黒髪を後ろで一本に束ね、頭には三角巾をまいている。顔のパーツは整っており、たれ目気味の瞳が声からイメージするものと同じような優しさを持っていた。


 しかし、今の彼女で一番目立つのは、美人であるということよりも体系に似つかわしくない不自然に大きく張出したお腹だろう。


 「こんにちは。サシャさん」


 「はい。こんにちは。シアちゃん。お久しぶりね。最近はあなたのお店に遊びに行かなくなってしまったから、会えなくてさびしかったわ」


 にこにこと微笑みながら女性は言った。彼女も迷宮商店街の住人で、シアンや俺とは既知の中である。


 女性の名前はサシャという。俺の店の近所で特殊食材の卸売りをする店の従業員だ。従業員というよりも女将さんというべきだろう。その店の店長はサシャの夫であり、夫婦で経営している。旦那との仲は近所でも評判になるほど良く。俺も夫婦で楽しそうに店番をしている姿をなんか見たことがあった。


 そして、サシャはシアンが珍しくなついている人間の一人である。この街に連れてきたときに女の子の扱い方がわからない俺に代わって、いろいろな面倒を見てくれていた。その結果、サシャとシアンは歳の離れた姉妹のように仲良くなった。


 他にもサシャ夫婦には、様々なことで面倒を見てもらっており、この街では一番世話になっているといっても過言ではない存在である。


 しかし、最近は少し疎遠気味となっていた。原因はサシャが妊娠したからだ。あまり悪い影響を与えない方が無事に出産できるだろうと考えて、大した用事もなく遊びに行かないように心掛けていたのだ。


 「こんなところで掃除なんかしていて危なくないですか?無理をして動いたりするとお腹の中の赤ちゃんに良くないんじゃ……」


 心配のつもりで投げた言葉だったが、サシャは少しだけむっとしたような表情を浮かべた。


 「チハヤさんも旦那様と同じことを言うのですね。男の人ってみんなこうなのかしら?多少の運動をして体力を付けないとお産のときに体力が無くなって逆に危なくなるのよ。それにまったく運動しないのは健康に良くないし、何よりも太っちゃう」


 サシャの言葉に出産のためにいろいろと考えているということはわかった。


 「はぁ、そういうものですか」


 「はい、そういうものです」


 サシャのような美人が、子供のように頬を膨らませて、文句を仕草は普段と違うギャップがあってかわいいと思った。結婚していなければ惚れていたかもしれないと思う時がたまにある。人妻だし友人の妻だから手を出したりはしないが。


 そんな邪なことを考えているということを察したのか、隣にいるシアンが冷たい目で俺を見ている。シアンの視線が怖い。


 「ええと、そちらの方は?」


 サシャがカリンをちらりと見ながら言った。そういえばカリンの紹介をまだしていなかったことを思い出す。カリンの自己紹介は定期的に開催される集会の場で行おうと考えていた。しかし、ご近所さんぐらいには自己紹介を兼ねたあいさつ回りをしておけばよかったかもしれない。


 「昨日からうちに入った新しい従業員で、名前はカリンです」


 サシャにカリンの紹介をする。


 「カリンと申します。これからよろしくお願いします」


 カリンが頭を下げて挨拶をする。それに合わせてこちらこそよろしくとサシャも頭を下げた。


 「新しい従業員さんね。……うふふ、なるほどね」


 サシャはにこやかに笑いながら、シアンとカリンを交互に見詰める。それからシアンに足しいてウインクをして、がんばってねと唐突に応援した。


 急にどうしたのだろうと思いシアンを見るが、シアンは固まった表情しているばかりだった。ただ、顔は真っ赤になっており、サシャの言葉は理解しているようだったが。


 「さてと、お邪魔しちゃったわね。私もそろそろ戻らないと、旦那様が心配しちゃう」


 笑いながらサシャは言った。


 「……ああ、そうだ。もしよかったら、今度私の家に来ないかしら?カリンさんの歓迎会ということでお茶会を開きたいわ」


 サシャがカリン達に提案した。提案の中に俺は含まれていないだろう。お茶会というのは、商店街に住む女性たちの集まりのことであり、男子禁制となっている。


 「はい。もちろんです。ご主人様の許可がもらえれば、何時でも行きます」


 「わたしも、行きたいな」


 二人が参加を了承する返事をした。それから、二人が俺のほうに顔を向けて許可を求める。


 二人も従業員が必要な時などあまりないのだし、ただ遊ばせているよりは妊婦の話し相手でもさせて、ストレス解消の手伝いをさせたほうが有意義だろう。


 「いいよ。暇なときを見つけて行っておいで」


 二人に許可を出す。


 「それじゃあ、開催日は改めて連絡するわ。ごめんなさいね。皆さんのお出掛けを邪魔してしまって」


 別れのあいさつを送り、最後まで微笑みを絶やさなかったサシャを三人で見送った。


 「素敵な人ね」


 サシャの背中を見送りながらカリンが呟いた。


 その言葉に頷いて同意する。女性として見ても、人間としてみてもあそこまで見た目と性格が完璧な人間はそういないだろう。あれよりも完璧な人間がいるとすれば、それは聖人や聖女と呼ばれる人間を超越した存在ぐらいだ。ちょっとした欠点がなければサシャもそういった存在に祀り上げられていたかもしれない。


 「あの人の旦那さんってどんな人なのかな。やっぱり同じぐらい素敵な人なのかな」


 「ああ、うん。いい人……ではあるな」


 「はい。たぶん、いい人ですね」


 カリンの言葉に苦笑いを浮かべながら俺とシアンは答えた。悪い奴ではない問うことは間違いない。


 「え?何その言い方」


 「いい人だよ。気が利くし、付き合いもいい。ただ、ちょっと。いや、大分か。恥ずかしがり屋だ。周りの人が少し驚くぐらいに。まぁ、会えば分るよ」


 俺の言葉にカリンが不思議そうな表情を浮かべた。

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