2
役所へ向かう組合長見送り、自分の店に戻る。報告書の作成だけだったのに思っていたよりも時間が掛かってしまったため、急ぐ気持からか強めに目の扉を押し開く。そのため、扉につけたベルがカランカランと大きな音をたてて鳴った。
「ただいま!ごめん、遅くなった」
「お帰りなさいませ。ご主人様」
ベルの音に反応したシアンが棚の陰から体を出して、笑顔を浮かべながら出迎えの挨拶をしてくれた。その手には箒が抱えられている。いつもどおりお客が来ないので掃除する必要すらないほどの整然とした店内を掃除してくれていたのだろう。
「何か変わったことは無かったか?」
何気ない口調で聞いた。おそらくいつもと何も変わらないだろうと予想しつつ、心のどこかではお客さんでも来てくれていないかなと期待して訊ねてみる。
「いえ、いつもどおりでした。違うのはカウンターところに座っていたのが、ご主人様ではなくてカリンさんだということだけです」
残念なことに予想は外れなかったようだ。心の中でため息をつく。
「そうか。カリンに苛められなかったか?」
「そんなことはありませんでしたよ」
シアンが首を横に振る。昨日に出会ったばかりなのにシアンとカリンを二人で店番をさせていたことに不安を抱いていた。客と店員と言う関係であったものの、シアンはカリンから怒鳴られているのだ。そのことが原因で微妙な雰囲気になったりしていないかと弱化胃心配していたりもした。
「楽しくいろいろなことをお話ししてくれました。家事のこととか、冒険者になる前の話とか、カリンさんは年下の子の面倒を見るのが得意なようです」
「そうか、それはよかったな」
楽しそうに話をするシアンの頭をくしゃくしゃと撫でる。シアンが恥ずかしそうな表情を浮かべるが、満更でもないようで照れた笑顔を見せてくれた。
これから昼時となるため、店の看板を閉店に切り替える。この店の営業時間は特に決めていないが、昼食等の休憩時間は店を閉めるようにしている。この取り決めは食事をしながら来客対応などやりたくないという俺の我儘から決められたものだ。
「何だ?」
台所に向かおうかと思った時、ふと、どこからか、空腹の虫を刺激するような匂いがした。嗅いだことのない料理の匂いだったため、意識して嗅いでみる。最初は近隣の住宅からかと思ったが、発生源は我家の台所だった。
「カリンは台所にいるのか?」
この部屋にいない存在を思いだしながらシアンに訊ねる。
「はい。ご主人様の帰りが遅くなりそうでしたので、お留守番の二人で準備しようとなりました。幸いなことにカリンさんは料理が得意という事でしたので、……余計な事でしたか?」
「いや、そんなことはないぞ。作ってくれるのはすごくありがたい。しかし……」
シアンを見る。ここにいるということは料理にはかかわっていないと思うけど。
「大丈夫です。わたしはお手伝いだけです。お皿の準備とか、水汲みとか。料理はすべてカリンさんが担当してくれています。情けない話ですけど……」
苦笑いを浮かべながらシアンが恥ずかしそうに言った。料理ができないことを彼女は自覚している。俺はできないことが一つぐらいあっても問題ないと思っているが、シアンはそうではないらしく、たまに謝られる時がある。彼女なりの義務感や矜持があるのかもしれない。それが奴隷としてのものなのか、メイドとしてのものなのかはわからないが。
気にするなと声をかけようとしたときに、台所と店をつなぐ扉が開き、カリンが盆の上に料理の盛られた皿を持って店内へと入ってきた。
「あ、おかえりなさい。ちょうどよかった。昼食できたから」
「お前が作ったのか?」
「そうだけど?……ああ、ごめんなさい。勝手に台所と食材を使わせてもらったわ」
「いや、それは構わないけど……」
カリンの持ってきた盆の中身を見る。ジャガイモをすりつぶして、でんぷん粉で捏ねて団子状に茹でたものが置かれていた。大きさは赤子の拳よりも一回り大きいぐらいで、中には細かく砕いたソーセージやタマネギなどの具材が入っている。団子の隣にはニンニクやハーブの香料が加えられたトマトベースのソースと溶かして柔らかくなったチーズが盛られており、良い香りが店内に広がっている。
買い出し前なのでチーズとジャガイモとその他の野菜が少々しかなかったはずである。ろくなものは作れないと思っていたのだが、予想以上にきちんとした料理で少々驚いた。
「意外だな。料理できたのか」
「まあね。数か月前まで孤児院で弟や妹たちに料理を作ってあげていたし、自慢できるような料理は無理だけど田舎料理ぐらいなら、ね」
「作れるだけですごいですよ。カリンさん」
シアンが少々ハードルの低いほめ方をした。まぁ、作れないものからすればできるだけで賞賛に値するのだろうけど。
「シアちゃん。ありがとう。さっ、二人とも席に座って。すぐに並べるから」
カリンは食事の準備をする。小さい子の世話をしていたというだけあって慣れた手つきではあった。邪魔をするわけにはいかないので、俺とシアンは椅子に座って支度が終わるのを待つ。
「さぁ、どうぞ。アタシのところの郷土料理だから、口にあえばいいのだけど」
少しだけ不安の混じった声でカリンが言った。自信があるといっても、自分の周囲の人間から得た評価が根拠になっている。先日まで他人だった人間に食べさせるとなると弱化の不安はあるようだ。
手を合わせて挨拶をしてから、料理をナイフとフォークで切り分けて口に入れた。もっちりとした食感とトマトソースが絡み合う。細かくソーセージから溶け出した油がジャガイモの生地に溶け出しているため、何もつけなくても十分な美味さがあるが、トマトソースの酸味と絡ませることでさっぱりとして食べやすい。
「どう?」
カリンが俺たちに尋ねた。
「うん。美味いと思う」
「おいしいです」
俺たちの答えに満足したようで、カリンは安堵の息を吐いて笑みを浮かべた。
「よかった。田舎料理だから馬鹿にされるかと思っていた」
「いえ、そんなことないですよ。これ、本当においしいです」
シアンが手放しに褒めるのを聞きながら、二口目を口に放り込んだ。確かに味は悪くない。素人なら十分な技量をもっているとってもいい。
さきほど組合長に新しく商売を始めたいといった言葉をぼんやりと思い出す。
このままカリンを店に置いといても、やらせることのできる仕事なんてほとんど無い。いっそのこと料理でもさせて弁当屋でもさせたほうがいいかもしれない。
そんなことを考えながら、3人に増えて賑やかになった食事を楽しむのであった。




