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 「意外だな。この場所には二度と来ないと思っていた」


 「……最底辺の身分だけど、受けた恩を忘れるほどに落ちぶれてはいないわよ」


 「そうか。そいつは立派な心がけだな」


 逃げ出さずに店に顔を出したことは本当に想定外だった。冒険者というものは俺を含めてろくでなしばかりだと思っていた。少数派になるだろうが真面目な奴もいるようだ。いや、真面目というよりも、損をする性格といったほうがいいのかもしれない。


 その性格に免じて、支払額を適正な相場に減額してやろうかとも考える。一般的な蘇生の相場は一人当たり50アウルから100アウルが基本である。


 カリンが布袋をカウンターに置いた。置いた時の衝撃で中身が崩れたのかガチャリとした金属音が室内に響く。


 袋を開けて中身を確認するとおおむね想像どおりの物が入っていた。しかし袋の中にはぎっしりと貨幣がつめこまれてはいたが、ほとんど銅色ばかりで、金色や銀色に輝く硬貨は数えることが出来る程度しかない。昨日に要求した金額は、一度で払いきれるような額ではないということは理解しているが、さすがに世間相場すら満たない額しか出せないとは思っていなかった。


 視線を袋からカリンに移す。俺の言いたいことはおおむね理解できているらしく。カリンの表情は苦虫をかみつぶしたような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。


 「足りないのは理解している、足りない分は働いて返します」


 言葉の端を震わせながらカリンは言った。


 「その言葉を信じてやりたいとは思うが、返済計画を話してくれ。返済できるあてはあるのか?その服装からすると、返済の足しにするために武器や防具等の冒険者道具を売りはらったのだろう。冒険者道具を無くしてどうやって大金を稼ぐ?」


  カリンが来ているものは市民が普段着に着るような衣類である。俺たちのように迷宮に住みついている者ならともかくとして、冒険者が迷宮に入るときの格好ではない。


 俺の質問に対してカリンは無言だった。


 ため息を吐く。冒険者の仕事以外で大金を短時間で稼ぐ方法といえば、漁船に乗るか、内臓を売るぐらいか。どちらを選択するにしても、相応の知り合いがいないと実行することはできない。カリンにそんな知り合いがいるとは思えないし、今の俺には紹介できるつてはないため、この案は難しい。


 時間を多少かければ、それ以外にも方法はあるにはあるが。


 「体を売って、何とかします」


 カリンが声を絞り出すようにして言った。


 「まぁ、そうなるな」


 女性であることを生かして大金を作るのであればそれしか方法はないだろうとは思う。


 しかし、それを容認していいのか。頭を抱えて悩む。


 借金のかたに体を売らせるなんて、絵に描いたような一昔前のチンピラの所業だ。自ら進んで善人になるつもりはないが、悪人になるつもりもない。年端もいかぬ少女に売春して借金を支払えなんて言いたくない。


 それに法律の問題もある。この国では国王が代替わりしてから売春とか奴隷売買についての法律が変わり、年々摘発が厳しくなっている。もしカリンが捕まれば芋づる式に俺も捕まることになるのではないか。


 「……そういえば、他の仲間はどうした?君だけが借金を支払うわけではないだろう。なぜここに居ない。まだ寝ているのか?」


 蘇生魔法によって復活しても、精神の回復にはそれなりの時間を必要とする。生き返ってから数時間は意識が混濁し、強烈な脱力感に全身が襲われる。復活してから10数時間は経過しているが、初めて蘇生を経験するものであれば、まだ満足に動けない場合もある。カリンの仲間がいない理由はそれなのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 カリンが首を横に振った。


 「仲間は、朝起きたら居なくなっていました。日が昇る前に、宿から出て行ったって」


 「……ああ、そうか」


  カリンから昨日に別れてからの出来事を聞く。その言葉はたどたどしく、途中で涙をこぼしながら必死に伝えようとした言葉なので、どうにも要領を得にくかったが、雰囲気でなんとなく言いたいことは理解した。


 別れた後、カリンは仲間と喧嘩をした。最初は蘇生代の支払い方法から始まって、パーティーが壊滅したことに対する責任の擦り付け合いになり、最終的に水薬の調達を忘れたカリンがすべての責任があるということになったらしい。


 その結果、他の3人は結託して、カリンにすべての責任と支払いを押し付けてどこか消えてしまった。仲間が失踪したことに気が付き、街を探し回ったものの、見つけることはできなかった。唯一の救いとしては、カリンの私物とパーティーが共有していた道具は持ち去らずに残っていた。


 困ったカリンは、ひとまず残ったものをすべて現金に換え、謝罪と支払いのために俺のところを訪ねたとのことだった。


 話を聞いたところで、ハンカチを渡して顔を拭くようにと指示をする。涙を拭うカリンを横目でじっと見ながらため息を吐いた。そんな不幸な話を聞かされたらますます見捨てられなくなってしまう。


 いっそのこと仲間たちと一緒に夜逃げをしてくれた方がどれだけ精神的に楽だったか。


 どうしたものかと悩んでいると、少しだけ落ち着きを取り戻したカリンが頭を下げた。


 「必ず蘇生代はお支払いします。ある程度まとまったお金が出来たら、また来ます」


 「お前さんは、逃げようとは思わなかったのか?」


 仲間に見捨てられたとしても、一人で逃げることはできたはずだ。それに蘇生代を支払う義務があるのは、逃げた三人の仲間でありカリンではない。


 俺の質問に対してカリンは首を傾げて、少しだけ悩んだ。


 「……思いつきませんでした。どうやって支払えばいいかで頭がいっぱいになっちゃって」


 「はは、そうか」


 彼女の回答に心の底からあきれた。本当に馬鹿が付くほど真面目で善良なのだろう。そんな感情を抱くのと同時に憐れみと彼女の誠実さに対する好感が心中で芽生えたことに気が付く。


 会話が終わったことで、カリンは店の外に出ようと背を向ける。ここまで聞かされてこのまま見送るわけにはいかないだろう。すでに同居人は一人いる。もう一人増えてもたいして変わるわけではない。


 「ちょうど人手が一人足りていない。部屋も一部屋空いている。働くあてがないのであれば、支払いが完了するまで、ここで働いていけ」

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